第12話 その力

 僕は自覚を持って夢の世界へと入る。

 誘うは“カラス;モリガン”。サキュバスの姿で現れた“モリガン”は何を話すの

 だろう。


 ~〇~

 「主

 あるじ

 よ、両手の掌を見せて頂けますか」


 サキュバス嬢の前に掌を突き出す。


「なるほど、右手の過去。左手の未来。が、くっきりと出ています!」

「手相自体の造形は、その宿主の通りし人生の道が刻まれるもの。

 占いは、それを読み解くだけにしか過ぎません」

「主の場合は、あり得ないことに右手の掌には何度も何度も過去を往き来した後

 が刻まれています」

「一言で言えば、過去を往き来する能力“時渡り”の能力を持っている印が出てい

 る事になります!」


「主、手を引っ込めてイイですよ。一つ目の試練は完了しました」

「この試練は、時間の扉を開く能力を得る試練です、能力を秘めたもので最低でも

 数百年はかかる修行です」

 その完了の言葉と同時に頭の中に閃光が煌めき、瞼の裏に文字が浮かぶ。


 〈次元の扉を会得しモノよ、理ことわりを授ける。存分に刻を駆けよ!〉


「では、二つ目に進もうか」

 サキュバス嬢の眼差しが気のせいか熱く感じる。


「では主様」と、サキュバス嬢が、尻尾の矢印をフリフリしながら顔を近づけて

 くる。

 唇が合わされると思える程に接近し、その寸前でゴツンと額に衝撃。

 〈キュキュキュ〉と、額を密着させてまるで鍵を合わせるように額を左右に摺

 り合わせる。

 眼前にはサキュバス嬢の顔が、自販機の下に滑り込んだ硬貨を手探りしている

 ような表情が左右上下に動いている。

 暫くすると、〈ミュ〜ン〉と額がサキュバス嬢の額にドッキングした感覚が

 来た!

 目頭が熱くなるほどに、物凄い勢いで七色の光が流入してくる。

 お返しに、こちらの頭からも黒い細い糸のような線が送り出される。

 黒い線はその濃密さを物語る深く何処までも漆黒な色合い。

 黒い線が届いた瞬間、サキュバス嬢が苦悶の表情をする。

 これ以上は耐えられないであろうと思い。。。黒い線の流入を止める。


 途端、合わさった額が〈がぱっと〉引き剥がされる。


「主様、二つ目終わりました」

 息を切らしながらサキュバス嬢が言葉を続ける。

「この試練は能力の多用さとその許容量を測るもの」

「今私は、古代に滅びしムー大陸を統べし、レムリア人の全ての智恵を送り込み

 ました。」


「これに対し、主様が返してきたのは、ムー大陸に存在した全てのモノの命の

 記憶。

 その中には、私の知り合い、両親、そして王族方々の記憶もありました。

 ある種族の記憶とは途方もない容量。

 あなたは、一体何者なんですか?

 私はあなたを知っている気がします」

「もう遠い遠い記憶、今となってはそれが本当にあった事なのか?それすらも朧

 ですが。」


「モリガン、あなた達は魔法と誇り高き心を持ち尽きる事なき美徳への憧れを持つ

 好ましい存在」

「覚醒は、好ましい存在に共鳴するようだね」

「まだまだ、確然とした覚醒には程遠いですが目覚めてしまったようだよ僕は。」

「これから長い付き合いとなりそうだから、追々で教えてあげるよ。

  僕の正体は悠久の揺り篭で戯れしモノとだけ明かしておくよ」


 また頭の中に閃光が煌めき、瞼の裏に文字が浮かぶ。

 

 〈全ての理を無尽蔵に吸い尽くす智恵の乾きを会得しモノよ、理を授ける。

   全ての理を喰らい尽くせ!〉


 〝さて、最後の試練は何だろう?〟


 モリガンは、両手を突き出し掌を上に向ける。

 紫色の煙がもわもわと昇り始める。

 煙がふーっと消えると、そこには人の頭程の釜が現れる。


「この魔釜は、黄泉の世界にある、ありとあらゆる邪悪なる混沌の坩堝。

  手を釜に浸して無事であれば、混沌を凌駕する証。

  骨と溶けたら、其処までだったということになります。

  これは急がずとも時間をかけて準備。。。っ」

  「主様、待って〜待って」

 とサキュバス嬢コスのモリガンが叫ぶ。


 〈タポン〉と、僕は無造作に手を釜に浸す。

 液体ではない何かが纏わり付いてくる。

 ぞわぞわと、群衆の雄叫びのような波が暴風雨のように飛び掛かってくる。


 むず痒い、くすぐったいぞわぞわ感の後に、

 魔釜からどす黒い煙が出て来て、雲海のように地面を覆い尽くす。

 瘴気、これは極めて濃い瘴気の海。

 触れる命あるモノは死滅するのみ。


 〝主様。。。〟と、モリガンが悲嘆気味に震えながら僕の手を魔釜から引っ張

 り上げる。

 魔釜の中、僕の腕周りに纏わり付いた混沌に小さな渦が〈クルクル〉と生まれ

 ている。

 渦の中、小さな稲妻が走りまるで失われた聖櫃の中を覗いているようだ。

 聖櫃では、ありとあらゆる世の因果が飛び出し、最後に希望だけが残ったとい

 うが、果たしてこの魔釜の中はどうなるのだろう。

 先ずは、骨だけになった僕の手が出てくるのか?


 魔釜の中、そこには青白く光る私の腕のみ。

 湧き出ていた混沌も全て消えている。

 青白く光る二本の腕の肘それぞれから、〈チロチロ〉と二股の舌が出て

 いる。。。


 サキュバス嬢ことモリガンの声が聞こえてくる。

 〝混沌を消し去る、いや、食い尽くす存在は唯一、ウロノボスのみ。

  ウロノボスが喰らった後は。。。虚無が生まれる

  虚無は、神々さえも創造される前の遙かな存在〟


 強い興味に駆られたのか…。

 魔釜の中を覗き見るモリガン。

 その瞬間、モリガンは消えた。

 そして、蛍光灯の明滅のようにパチパチパチンと、モリガンが現れた。

 仄かに電影の如くに明滅するモリガン。


 〝私は私は、どうなりましたの?身体の重みも思考する重みも感じません〟


 〝モリガン、君はね、進化したんだよ。

 それも一足跳びに細胞レベルではなく、分子レベルでね。

 知ってるかい。

 虚無は全ての始まりでもあるんだよ。

 神々が産まれたように新たなモノとしての進化をもたらすんだよ。

 これからは、モルガン君を統べるモノと呼ぼう〟

 そして在りし日の君の呼び名でまた呼ばせて貰うよ!

 “ちるな”が、君がかって名乗っていた名前だよ。

 多分名を授かれば、悠久の記憶が蘇るだろうよ。


 〝僕が、これから悠久に戯れる旅の傍かたわらに出来たらまた居て欲しいな。


 また頭の中に閃光が煌めき、瞼の裏に文字が浮かぶ。


 〈我を生み出しし遙かなるモノよ。おこがましくもダーナ神族の秘術の最終

  奥儀を授けます。

  混沌をも撥ね除ける全能なる耐性、如何なる存在も侵すこと皆無の千代に

  八千代に永らえる無尽の依り代よりしろを解放する。

  数多の混沌をも突き抜け、消し飛ばし、霧散と化せ!〉


 しばし静寂の後に、

 また頭の中に閃光が煌めき、瞼の裏に文字が浮かぶ。

 

〈最終奥義を得たモノよ。汝、道誤れば全ての生きとし生けるものの滅するは

 必定。

 孫悟空の戒めの輪の如き戒めとして清廉の眼差しを植え付ける也。

 如何なる時も清廉なる行いから逃れられぬ。汝、清き清流の如き、夜空の綺羅

 星の輝きの如く、静かに吹き渡せ清きモノの奏かなでる心音!〉


 試練はクリアしたようだね。

 僕には当面やるべき事が出来たようだね。


「モリガンいや、統べるモノかな。いいいや、“ちるな!”、一緒にやるかい?」


「はい!私に流れる血が歌い奏でています。在りし日の日々を思い返し共に歩めと。

 そして遠い記憶がこの身が霧散せし後も御身の傍にて歩む決意を促しています!」

「“尊きお方よ” やっと戻ってきて下さいましたね。万年の月日ずっとずっと待っておりましたよ。」


 ちるな、またよろしくね。


 ~〇~

 長い眠りだった。

 さて僕が行うべきこととは?

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真昼の限界と深夜の無限〜Infinite garden of mind. ふぁーぷる @s_araking

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