次の火曜日(3)

「花宮さん……?」


 晴彦くんは、幽霊でも見たような顔で呟いた。

 私も口を開こうとしたけど、頭が真っ白になって出て来なかった。


 しばらく二人で突っ立っていると、踏切の音が鳴り始めて肩がビクッと震えた。

 驚いてしまったことが恥ずかしくて視線を逸らすと、晴彦くんが近づいてくる。

 何もされていないのに顔が熱くなって、更に恥ずかしい。


 晴彦くんは私の横に立って、自販機で私がさっき買ったお茶を買うと、私の肩を叩く。


「行こう」


 私が頷くと、晴彦くんは駅のそばの商店街の方へ歩き始めた。

 数歩遅れて着いて行く。


 こんな時間にこの商店街を歩くのは初めてだった。

 中学生の時は遅い時間まで外を出歩くことは無かったし、用事が無かったのでこの三年間は訪れていない。もし頻繁に訪れていたら、晴彦くんとすれ違っていたのかもしれない。


 斜め後ろからだと晴彦くんの表情は見えないけど、私が着いて来ているか確認するようにこっちに時折視線を向けているみたいで、目が合ったら気まずいなと思って少し俯きながら歩いた。


 晴彦くんが商店街の真ん中にある広場で足を止め、私も立ち止まる。

 私に背を向けたまま黙っている晴彦くんに焦れて、自分から口を開いた。


「懐かしいなー、ここ。お祭りの時、いっつもここにステージ組まれてて、地元の人が踊ったり歌ったりするんだよ。友達出てるとみんなで茶化しに行くの。私もよく茶化されてたの。七瀬くんも、見たことあるよね?」


 喋りながら晴彦くんへ近づいて横に立つ。

 身長差が二十センチくらいあるから、見上げれば晴彦くんの顔が見えるんだろうけどいまいち勇気が出なかった。


 さっきから頭は真っ白なままなのに、一度開いてしまった口は勝手に動く。


「私、小さい頃からずっと琴やってて、大会に出たりもしたんだけど、正直そこまで本気じゃなかったの。他に興味が湧くものが無かったからやってただけで。でも周りから見たら、プロ目指してるようにしか見えないでしょ?進路希望でも担任の先生が、琴の教室の開き方とか調べてくれてて、良い先生すぎて笑っちゃったんだけどさ。でも、私には琴しか無いって言われてるような気がしたのね。実際そうなんだけどさ」


 急に語り始めちゃって、晴彦くんは引いていないかどうか気になった。

 でもここで黙ったら更に変かもと思って、口が閉じれない。


「曖昧な気持ちで続けてるのに、技術はどんどん上がっていくの。そのうち琴に触るのが苦しくなってきて、見かねた琴の先生に止められて、親にも話して、他の人には怪我したことにしてやめたの。今はたまーに家で弾くだけ。何日空けても、いつもちゃんと弾けるんだよ、凄いでしょ。本当、私、琴だけが取り柄で」


 目頭が熱くなる。泣くつもりじゃないし、悲しい話でも無いのに。

 声が震えるのが嫌で、無理やり口を噤むと喉が鳴って恥ずかしい。

 恥ずかしくて余計に泣けてくる。


 最悪。晴彦くんはきっとドン引きだ。

 待ち伏せして、自分語りして、そして泣く。涙のせいで化粧はぐしゃぐしゃになってるはずだ。こんなの千年の恋だって冷める。

 そんな風に思っていると更に泣けてきて、もうどうすれば良いのかわからない。


 ティッシュを取り出そうとしたら、晴彦くんの手が私の目元を優しく拭った。

 その手にマスカラが付いているのが見えて、羞恥心で体が熱くなる。

 晴彦くんはもう片方の手で、私の背中をさすった。


「ごめん、花宮さん、ごめんね」


「……晴彦くんって、ごめんが口癖?」


 ようやく取り出したティッシュを目元に当てながら顔を上げると、晴彦くんが困ったような顔で笑った。


「ごめん」


「やっぱり口癖だ」


「あー……ごめん」


 あ、と口を抑える姿を見て、思わず笑ってしまった。

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恋は盲目 PPP @myp_p

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