次の火曜日(2)

 三年ぶりに降りた駅は、少し綺麗になっていた。

 ペンキが塗り直されたベンチに座ってスマホを見ると、紗香から「会えた?」とメッセージが来ていた。


 写真展での話をすると、紗香はすぐに教室から私を連れ出して、柚月と絵美を呼び出して、私が二人に話す間、合コンの幹事の服部くんに電話をかけた。私の話が終わると、柚月は林田さんに連絡を入れてくれた。


 晴彦くんは、七瀬晴彦という名前だそうだ。

 私が合コンでトイレに立った時、七瀬くんは「名字だと花宮さんと混ざるから晴彦って呼んで」と言ったらしい。

 自己紹介もちゃんと聞いてなくて人の名前を覚えるのが苦手な私は、彼を"晴彦くん"としか認識していなかった。


 七瀬くんはあの合コンの幹事の服部くんと同じ授業を取っていて、服部くんは今日、七瀬くんにバイトで授業に出れないから今日提出する課題を一緒に出しといてと頼まれたらしい。


 七瀬くんは写真や映像を撮るのが好きで、写真研究会に入っていて、バイトも映像を作るお手伝いをしているらしい。


 七瀬くんは犬が好きで、京都の実家で飼ってる犬の写真をしょっちゅう見せてくるらしい。


 七瀬くんは、私が昔住んでいたこの駅が最寄り駅らしい。


 七瀬くんは日曜日の午後、林田さんに写真展に出した写真のことで呼び出しを受けたらしい。


 一通り話を聞いてから、服部くん経由で今日の帰る時間を聞いてもらった。

 先を越されないようにバイトが終わってからダッシュで電車に乗った。


 聞かなくちゃと思うことがたくさんある。

 なぜ写真を撮って飾っていたのか、苗字を言わなかったのは理由があるのか、SNSの友達申請はどういうつもりだったのか、私への告白は本気なのかどうか。


 時計を見ると23:24。

 たぶんまだ来ないだろうと思って、近くの自販機でお茶を買う。

 梅雨入り前は蒸すから嫌いだ。七瀬くんも雨の日は頭が痛くなるから嫌だと言っていた。


 みんなから聞く七瀬くんの話は、知らないことばかりで少し悔しかった。

 犬が好きなのも写真が上手なことも、彼から直接聞きたかった。好きなものも趣味も、定番の話題なのにどうして自分から質問しなかったのかと後悔している。


 あの日一緒に合コンにいたからという理由だけで呼び出された絵美に数日間の経緯を話すと「その人のことめっちゃ好きじゃん」と言われた。


 改札から人が出てくる。住宅地の駅なのでこの時間だと人はまばらだ。

 急に、七瀬くんを見つけられるかと不安になってきた。


 ちゃんと会ったのは二回だけ。そのどちらも、話しかけてくれたのは七瀬くんだった。しかも赤いパーカーが目を引いて、他の服がどんなだったか覚えていない。人の顔を覚えることにも自信がない。


 今日は全然違う恰好だったら?髪の毛を切ってしまっていたら?あの大きなリュックを持っていなかったら?私は七瀬くんを見つけられる?

 そもそも、もう帰ってしまっていたら。今日は終電を逃して、別の場所で泊っていたら。

 あらゆるネガティブなが頭をよぎる。


 落ち着かなくなって、いつの間にか飲み干していたお茶のペットボトルを捨てるために立ち上がる。自販機の横に置いてあるゴミ箱に入れて時計を見ると23:46。


 そろそろ来るだろうかと思いながら振り返ると、赤いパーカーを手に持ち、大きなリュックを背負っている七瀬くんと目が合った。

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