第2話

 ……何が起こったんだ……!?

眼を開けてみるとここは荒野、風邪が吹きすさぶ何もない真っ平らな大地であった……そしてゆっくりとさっきまで何をしていたかを脳が思い出し整理していった。そうだ、たしか俺は放課後に学校の部室で手品、コインマジックのフラリッシュ……だったかな、それを女の先輩から教わっていたんだ。それがなぜこんなところにいるんだろうか?

これは夢なのか、いやまだ夕方だし先輩から教えてもらってるときにいきなり眠りこけるようなことになるか、そんなわけはない! そういえばあのとき確か後者が突然地響きとともに揺れて崩れていったな、ということは後者が完全に倒壊してこんな様に……いや、それもおかしいそれならあたり一面に残骸が残っているはずだ。けれど、ここはどう見ても何もない荒野……ということはもうこれはあれだ。異世界に転移したのだ……ってどういうことだよ!?


そういえばほかの人たちはどうなったのだろうか、あの事実が現実に起こったことであるならば先輩たちも悲鳴を上げていたわけだし当然巻き込まれているはずである。じゃあ、この世界のどこかに……いやもしかすると時限の狭間に巻き込まれていったので全員別世界に分断されたとか?

まあ、あの糞ウザイカード当ての糞ゴミナメクジはそうなってくれた方が良いのだが、女の方、市之瀬先輩は心配である。彼女はいったいどこへ……?


「おーいたいた、後輩君、大丈夫~?」


「あ、俺はなんともなってないっすよ、先輩こそ大丈夫っすか?」


「うん、どっこも怪我してないよぅ~♡」


よかった、どうやら市之瀬先輩は俺と同じ世界に転移できていたようである。しばらく家には帰れそうにはないがこの先輩と一緒にいられるのであれば異世界も悪くないかも、なんて思えてきた。


「もう一人の先輩はどこいったんすかねー?」


「うーん、私も探してるんだけどどこにも見当たらないよ、もちろんほかの人も全然いないみたい……」


「ほんと、なんでこんなことになったんすかねぇ~?」


「ほんとだねー、でも君のマッスルパスはすごかったよー」


マッスルパス? そういえば教えてもらったマジックだかフラリッシュだか言ってたやつか、あんなことができて何の意味があるのかまったくわからんがとりあえず可愛くて巨乳な先輩に褒められて悪い気はしない。


「いやー、別に大したことないっすよ。」


「大したことあるよ!!」


え……!? いつも飄々としている先輩が突然まじめなトーンで言った。


「マッスルパスっていうのはね、誰でもあんなに飛ばせるものじゃないんだからね、マジックの団体によってはマッスルパスの大会も開催していてそれの最高記録者はギネスにも認定されてる。手の大きさや、形、握力といったものがたくさんミックスされていて単純な動作だけど極めるのはとても難しいの、それらに恵まれていなければどんなに練習しても数十センチしか飛ばせずに人生を終える人だっている、それを一度やっただけで上向きにあれだけの飛距離を出した君はすごいんだよ!」


「あ、あざっす……」


そんなすごいものなのか、先輩がこんなに熱く語るとは思ってもいなかった……


「な、なにアレ……!?」


先輩が指さす方を見ると遠くから土煙が立ち込めている……何かが近づいてきているんじゃ……!?


***

……確実に何かが俺たちに向かって迫ってきていた……ここは異世界、だとすれば俺たちは異端者である。そんなよそ者をこの世界の人間が受け入れてくれるだろうか?

世の中そんなに甘くはない、とはいえ何も持たずにこんなところに飛ばされた俺たちに何ができるのだろう、しかもここは何もない荒野である。武器にできそうなものはなさそうだし作れそうなものもなければ作っている暇もない。どうすれば良いのだ……?


「後輩君、このままじゃ私たち絶対やられちゃうよ!」


「わかってます、でも今の俺たちには何もできないっすよ……」


「そんなことないよ!!」


そう言って先輩はスカートのポケットの中からコインを取り出した。


「後輩君、これを使って! マッスルパスをするんだよ!」


え、どういうことだろうか、なぜ敵に襲われそうになっているときにマジックだかジャグリングだかフラリッシュなんぞやれというのだ……?


「後輩君、君のマッスルパスは髪から授けられたいわばギフトだよ、このコインをマッスルパスであいつらに向けて撃って!!」


「そんなことして追い払うことなんてできるんすか!?」


「大丈夫! 君のマッスルパスの威力は私が保証する、お願い私を守って!!」


ドクン……


そこまで言われちゃもうやるしかねぇ、俺は先輩からコインを受け取るとクラシックパームだかの位置に右手でセットした。奴らの方に向かって狙いを定めた……撃てば良いんだろ、撃てば……


ピィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

ドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドド

ドドドドドドドドド

ドドドドドドドドド

!!



荒野に鋭い閃光が走った。そしてそれは土煙を巻き込みながら奴らの方へすさまじいスピードで流れていく……


ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


土煙はそこで大きく弾けた。どうやら命中したらしい……


「よし!!」


「やったね! やっぱり君はすごいんだよ、マッスルパスをするために生まれてきた男だと誇って良いくらい!!」


「…………」


はたしてこれは俺のことを褒めていると受け取って良いのだろうか……?


だがそのどさくさで先輩が俺の手を強く握ってくれた。これはたしかにやったぜ。


***


「なんだあの光は……!?」


「ほう……」


「うぬ、今の光は!?」


「ククク、ついにはじまるぜ、面白ぇええええ……」


そう、これはこの異世界で後に起きる大きな戦いの幕開けを告げる狼煙、そう、それだけのことでしかなかったのである……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マッスルパスからはじまる異世界奇譚 ニート @pointinline

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ