マッスルパスからはじまる異世界奇譚

ニート

第1話

 ……あーつまんね、最初から何の期待もしていなかった高校生活。はっきり言ってこんな糞高校に入りたくなんてなかった。俺の学力はそもそもこんなところに合うはずもない、俺の偏差値は70あった。しかしこの学校の偏差値は45……そして家から自転車で50分、電車やバスを使えば1時間以上はかかるという距離。なぜそんなバカ高校に俺が居るのかというと一重に中学時代の糞教師がゴミだったからだ。それも一匹残らず。生まれつき目つきが悪く愛想のない顔だったからか俺は初対面ですべての教師に嫌われまくり、体育や家庭科、音楽などの副教科と呼ばれるものは基本ペーパー試験がないため毎回まじめにやっているつもりでも10段階評価で1、たまに定期テストがあるときでそれで90点以上取っても10段階評価で2がやっと、無遅刻無欠席で授業中騒がず提出物を全部出してもそれが関の山だったのである。これはもうどうしよもない……そして俺の住んでいる学区には内申点というものの比重がペーパーテストよりはるかに大きいため、県立高校に進学するにはそれをどうにかしなければならないのである。正直そこまでして県立高校にこだわる理由など俺にはなかったのだが親はそうはいかないらしい。そこまで金に困っている過程ではなかったはずなのだが地元の強い県立高校進学思想というものに強く染まっていたためだ、そしてそれにより俺にとっては何のメリットもないただ通いにくくて頭の合わない動物園に収容されることになったのである。しかし、本当にここで起きるすべてがくだらない、もちろんここで行われる授業や生徒の会話もそうなのであるが今その対象なのは……


シュッシュッシュシュシュシュシュシュシュッ……


「さあどれでもこのデックの中からカードを一枚引いてくれ!」

ヒョイッ! パクー


「じゃあそのカードの数字とスートを覚えて絶対忘れないようにしてね、あ、本当はそのカードにサインペンでしるしをつけても良いんだけどカードも少ない部費で買ってるものだから傷物にはしたくないんだ。だからちゃんと君の頭の中で覚えてね、そしたらデックの真ん中に戻してくれ」


シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ……

パラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラパラ……

シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……


「さあ、君の引いたカードが一番上に上がってきます」

シュパッ!

「ほら! 君の選んだカードはこれだろ(ドヤァアアアアアアアアアアアアア!!」


…………あーもう一刻も早く帰りたくてたまらん、底辺高校のくせに、というかだから無駄に熱心になるのか毎日毎日7時間も授業を受させられた後にこれである……そう、この高校は部活強制なのである。生徒は全員どこかの部活に所属しなければいけないのだ。だからどれも朝練必須できつそうな運動部などではなく少しでも楽そうな文化部に入るつもりだった。しかしどれもだるそうなのには変わりない、そして最後に体験入部したのがこの奇術部である……


「あーすごいっすねー」


ドン!


俺がこの上ないほどがんばって褒めたにも関わらず先輩は胸倉を掴んできやがった。


「てめぇ、俺のこと馬鹿にしてんのかコラ!?」


そりゃそうだろ今時カード当てなんか幼稚園児ですら驚かないだろ、そもそもこんな底辺校でマジックとか知性の欠片もないことどや顔でやってんじゃねーよ。

そう思いながらも必死で我慢して拍手してやった。


「もーやめなよ、工藤君。せっかく入ってくれた数少ない後輩くんを追い出す気?」


「ちっ、うるせーな黙ってろ市之瀬。こいつ俺をなめてやがるんだぜ」


まあこの工藤とかいう先輩はゴミだが市之瀬さんはなかなかの美人である。声優の山上七海に似ていて胸も制服の上からはっきりわかるほどのボリュームだ。知性は最初から期待していないもののこのゴミ収容所唯一の良心と言って良いだろう。


「ごめんね、銀太郎くん、カードマジックばっかりじゃ退屈に感じるのも無理ないよね、もう終わりにするから。」


やったぜ。やっとこの糞みてぇな肥溜めから解き放たれる、この可愛くて巨乳な先輩を見てるのは悪くないがそれ以上にここはゴミすぎるのである。一秒でも早く帰れること以上に幸せなことはない。


「じゃあ、今度はコインマジックを教えたげるね♡」


「…………」


***


もう早く帰らせてくれよ、さっさと家に帰ってアニメ見たい。〇ちゃんで煽りたい、というか寝たいんだが……

市之瀬先輩は外国の銀貨のようなものを持ってくるとそれをわかりやすいように目の前で見せた。もっとも俺が見てしまうのは別のところなのだが……


「これハーフダラーって言うの!」


「これをね、こうやって……フッ!」


あー、息を吹きかけると先輩が持ってたであろうコインが消えた……まあそんなことはどうでも良い、ちゃんと見てるわけでもないし。


「う~ん、これもイマイチかなあ? そうだ! こういうのはどうかな?」


先輩は右手で持っていたコインを左手に落とした。するとそのコインはすぐに左手から右手に上って行ったのである。まるでビデオの逆再生シーンを見ているようだった。


「へーすごいっすね」


「ありがとう♡」


そうは言っても左手に落としたコインを右手に投げ上げただけだろうどうせ、まあかわいいから許すけど。


「ちぇっ、俺様の美しいパスには目もくれなかったくせによ、こんなジャグリング崩れのしょうもねぇフラリッシュには食いつのかよこの無能野郎は。」


「ちょっとそんな言い方しなくても良いでしょ!」


「あー、良いっすよ俺全然気にしてないんで」


マジでこの工藤とかいうやつぶっ殺してぇええええええええええええええええええええええええ……。


で、そのフラリッシュってなんだっけ?


「これはね、マッスルパスって言ってマジックってよりはさっき工藤君が言ってたフラリッシュっていう、いわゆる格好良く見せる芸みたいなもので元々大道芸人がジャグリングとして見せてたものらしんだけど、やり方によってはマジックの中に取り入れたりさっきみたいにマジックとして見せることもあるの。」


へー、そんなものがあったのか。


「やり方知りたくなった♡?」


「あ、はい……」


「じゃあ教えてあげるね!」


本当はもっと別のことを教えてほしいのだがそんなこと言えるわけもなく、俺は先輩に言われるがままにコインを手に持たされることになったのだった。


「じゃあ私のやり方真似してみてね、まずこうやってクラシックパームって言うんだけどこうやって手のひらの真ん中あたりでコインを軽く挟むかんじ、力は入れ過ぎないで、最小限でね?」


言われた通りに手のひらにコインを置く。そして手を返しても落ちないことを確認すると先輩はさらに続けた。


「うーん、ちょっとまだ手に力が入りすぎちゃってるのかぎこちない感じはあるけどはじめてならこんなもんかな

、じゃあ今その手の両側で挟んでる力を解放してあげよっか、力をためたあと親指側を離すの、こうやって」


またさっきと同じようにコインが高く舞い上がった。


「イメージとしてはこうやって指でコインを挟んで持って両側の指で挟んだ力でコインを弾く、これを手のひらでやるだけなの、さっきのクラシックパームの位置から少しずらしてもかまわないからやりやすい位置でやってみて!」


なんだかよくわからないが適当にやってみることにする。ちょっと痛いなあ……


パァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!


コインは……!?


ドォオオオオオオオオオン!! ミシミシシ……


部室の天井がはじける音がした。そしてそのまま建物が崩れるような……まさか地震でも来たのか……!?


「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


後者が崩れ始めた……こんなところで俺はこのまま死んでしまうのだろうか……!?

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