第二話
聖堂の大きな扉が開かれれば、パイプオルガンの特徴的な音色が迫るように響いてきた。
膝を曲げて一礼し、ゆっくりと顔を上げる。
するとリリアの視界に真っ先に飛び込んでくるのは、円形の大きなステンドグラスの前に立つシリルの姿だ。
竜騎士隊の隊服の、正礼装版に身を包んだ彼。
ステンドグラスから差し込む柔らかな陽光が、彼の立つ場所を神々しく照らしていた。
――シリル様。
その姿があまりにまぶしくて、リリアはつい目を細めた。
「さあ、いくぞ」
父である王に
両側に整列する参列者たちは、色とりどりの装いで、誰も彼も華やかだ。
父の腕に手を回して一歩、また一歩と歩を進めれば、絹とレースで仕立てられたドレスの裾とヴェールが、ふわりとゆれる。
本当に嫁ぐのだ、彼のもとへ。
あらためてそう認識した途端に心臓が高鳴り出し、まるで夢の中にいるような心地になった。
「私の大切な娘だ。どうか幸せにしてやってくれ」
「――ええ。このシリルが、必ずや幸せにいたします」
絹の手袋をはめたリリアの手が、父からシリルへと渡される。
布越しに感じる彼の体温に緊張しながら、寄り添うように、一歩、足を進めた。
すると頭の上から、ささやかな溜息が落ちてきた。
なぜ? 不思議に思って彼をのぞき見れば、思いの外ばっちりと目が合ってしまう。
「シリル様……?」
リリアは小声で彼の名を呼んだ。
なぜならシリルが、ひどく苦しそうな表情をしていたからだ。
「どうかされたの? 体調でも悪い?」
「いや、苦しくて……」
「なぜ?」
「あんたが綺麗すぎて、苦しい」
シリルは至極真面目な面持ちでそう言った。
――な、なにをおかしなことを……。
予想の斜め上を行く返答に、リリアはたちまち赤面した。
そして嬉しくも思ったのだ。彼が自分の花嫁姿を綺麗だと思ってくれているのだ、と。
「こんなに綺麗なあんたが俺の妻になってくれるのか、と考えたら、どうにかなってしまいそうに嬉しい。――が、あんたが綺麗すぎて、つらくもある。あんたを誰かに奪われやしないかと、俺はこれからひやひやしながら生きていくのか、と」
「式の最中に、何をおかしなことを言っているの」
リリアは小声で諫めた。
「俺にしてみれば大問題だ」
シリルはまたしても溜息を吐く。
「……だったら、離れなければいいわ」
「ん?」
「奪われるのが心配なら、そうされないようあなたの側に置けばいいのよ。朝も昼も夜も、いつだって」
現実的にそうすることは不可能だと、もちろんわかってはいるけれど。
「ははっ、なるほど」
シリルが不謹慎な笑声を上げれば、近くに座っていた参列者が目を丸くした。
祭壇の前に立つ司教も、ごほんっと咳払いをする。
「違いない。あんたの言うとおりだ」
シリルはふいに、リリアの耳元に唇を寄せてきた。
ヴェール越しにふれるのは、彼の呼気だ。それを耳にくすぐったく感じ、リリアはついびくりとする。
「とりあえず五日、休みをとった。これでしばらくあんたと二人きりでいられるな」
「え? 五日も?」
今、初めて耳にする情報に、リリアは慌てた。
「聞いていないわ。いったいどういうこと?」
「楽しみだな。朝も、昼も、夜も……あんたの言うとおり、飽きるほど一緒にいられる」
「ちょ、ちょっと待って。あなたはたくさん休みをとったのかもしれないけれど、わたくしは――」
「あんたがいやだと言ってもベッドから出す気はないからな、覚悟しておいてくれ」
まるで獲物を狙う獣のように、シリルは目を眇める。
「べ、ベッドって……」
あからさまな言葉につい顔を背けたが、それでもシリルの不適な笑みは視界の端に入っていた。
この結婚式が終われば、自分はいったいどうなってしまうのだろう?
不安にいくばくかの期待が入り交じり、頬に朱が昇る。いてもたってもいられないような心地に陥り、つい視線を泳がせる。
「……残念だけれど、わたくしは二日しか休みをとっていないの。あなたとそこまで一緒に過ごすことはできないわ」
するとシリルは、あっけらかんと言った。
「安心しろ。あんたの公休申請も、二日から五日に変更しておいてやったぞ」
「勝手に……! 嘘でしょう?」
「俺の積年の想いを遂げるのに、たった二日じゃ時間が足りなさすぎるからな」
シリルはまたしても至極真面目な面持ちをしていた。
と、その時、聖堂の中庭に集まっていた参列者たちから、わっと歓声が上がった。
「え、なに……?」
どうやら聖堂の上空を、ラヴェリタが駆けたらしい。
それは彼女からリリアに向けて贈られた加護――祝福なのだろう。
彼女の力強い羽音と、声高らかに鳴く声が、聖堂の中にいるリリアの耳にまで届いてきた。
「なんて美しい竜なんだ……! まるで宝石のようだ!」
「聖竜、バンザイ! 騎士団長、バンザイ! ヴィステスタ王国、バンザイ!」
中庭に歓喜の声があふれかえる。
雲ひとつない青空の下、太陽の光を浴びながら、悠々と羽ばたく聖竜はどんなにか美しいだろう。
想像して、リリアはほうっと幸せに満ちた息を吐いた。
手の中には幸せで彩られた未来を――シリルの大きな手を、しっかりと握りしめていた。
終わり
悪役王女の竜騎士団生活 〜婚約破棄後に溺愛されても困ります!〜 新奈シオ @shinkawa
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