終章 幸せが降り注ぐ結婚式(最後はやはりハッピーエンドで)

第一話

 秋の初めの、ある晴れた日。

 ヴィステスタ王国は、祝福と歓喜に包まれていた。


 まるで今日という日を祝福するかのごとく澄み切った青空に、嬉々ききとして響く鳥の声。

 近くの庭園から飛んできたのだろう。風に乗ってあたりを舞う桃色の小さな花はかぐわしく、まさに結婚式のフラワーシャワーのようだ。


 王城内の尖塔せんとうには緑と白で彩られた国旗がはためき、城内や聖堂の至る所には純白の花が飾られている。

 聖堂前の石畳には真っ赤な絨毯じゅうたんがふんだんに敷かれ、その上を歩く人々も、皆、色とりどりの装いをしていた。



「やあ、姉上、機嫌はどう?」


 花嫁の控え室に、朗々とした声が響いた。

 ひょいと姿を現したのは、リリアと同じ亜麻色の髪と紫色の瞳を持つ、愛らしい顔立ちの少年だ。

 名をジョルジュ・アンセルム・ヴィステスタ。

 次代の王と定められた、十三歳の王太子である。


「ジョルジュ、来てくれたのね」


 リリアは腰掛けていた椅子からすっくと立ち上がった。

 拍子に、純白のドレスの長い裾が、ふわりと動く。


「ああ、綺麗だね。とてもよく似合ってる」

「ありがとう。あなたも正装、とてもよく似合っているわ」


 ふたりは顔を見合わせ、微笑んだ。


「ああ、そうそう。このおめでたい席で言うことじゃないかもしれないけど、姉上がずいぶん気にしていたみたいだからさ」

 ジョルジュはリリアの前に置かれた椅子に座った。


「まさか、ロドルフのこと?」

「うん。ようやく処遇しょぐうが決まったよ。王族としての権利を剥奪はくだつの上、西のリクラの街に幽閉だってさ」

「そう、なの……」

「処刑、という案も出たみたいだけど、まだ幽閉ですんでよかったよね」


 たしかに、とリリアは納得した。

 テシレイアに国を売ろうとした罪は、とにかく重い。世が世なら即刻処刑台に送られていた可能性だってあるのだ。


「処刑にならなかったのは、テシレイアとの関係性に考慮こうりょして、という部分も大きいみたい。ロドルフとテシレイアがどこまで親密な関係性を築いていたのか、正直なところわからない。わからないからこそ、彼を生かしておいたほうがいいと、陛下は判断したらしいよ」


 リリアは無言のままうなずいた。

 拍子に、首や耳を彩る真珠の装飾品が揺れる。

 それらを身に着けたときは、幸せで、嬉しくて、心が弾むようだった。

 けれど今この時だけは、おもりのように、かせのように、とても重く感じられる。


「そんな顔しないでよ。せっかくの結婚式なんだからさ」

 ジョルジュが気を取り直すかのように声を明るくした。


 いけない。年若い彼に、気を遣わせてしまっている。

 リリアは「ええ」と、どうにか微笑んでみせる。


「でも、本当に良かったね。シリルのこと、ずっと好きだったんでしょう?」


 問われて、あらためて考えた。

 もう七年以上前、彼の存在を初めて知った時から。

 そして彼と初めて顔を合わせたあの日も。


 ――婚約を一方的に破棄され、悪役王女と噂されながら過ごしてきたこの二年間だって、きっと。


 リリアは彼に、恋をしていた。

 どきどきして、嬉しくて、恋しくて。

 時には苦しくて、憎らしく思えることもあったけれども。

 それでもリリアは、ずっとずっと、彼に恋をし続けてきたのだ。


「……ええ、そうね。だからこそ彼と未来を誓い合えることが、とても嬉しいの」


 するとジョルジュは、満面の笑みを浮かべた。


「だったら本当によかったよ。姉上を騎士団長に推薦したかいがあったな」

「え……?」

 どういうこと? と、リリアは眉根を寄せる。


「あれ、父上から聞いてない? 僕が願ったんだよね、姉上の騎士団入り」

「あなたが、って……どうして?」

「だってロドルフが何かたくらんでることは見え見えだったし、ブルネラ様の行動だってあからさまだったからさ。何を仕掛けられるかはわからなかったけれど、とりあえずクラウ家からの支援は手に入れておきたいじゃない? 姉上もシリルも、互いに気持ちが残っていることは明白だったから、姉上を竜騎士隊に入れれば、彼が食いついてくるんじゃないかと思って」

「食いついて、って……」


 リリアがえさで、シリルが魚。

 そして釣り人であるジョルジュは、見事クラウ家という大きな獲物を手に入れたことになる。


「あなた、どうしてロドルフの企みがわかったの?」


 不思議に思って問うてみれば、「なんとなく」と曖昧な答えを返された。


「まあ、異常だったでしょ。あんなに頻繁ひんぱんにテシレイアに行くのもさ」

「それは、今思えばそうかもしれないけれど……」

 なんとなく、でリリアの騎士団入りが決まったのかと思うと、複雑な心境だ。


「ああ、もうこんな時間だ。僕がいつまでもここにいてはまずいよね」

 じゃあお幸せに! そう言い置いて、ジョルジュはリリアの控え室から去っていった。


「――王女殿下、そろそろお時間です」


 式を取り仕切るのは、父の腹心の部下だ。


「……ええ。今、行くわ」


 リリアは深呼吸を何度か繰り返し、幸せな未来へとつながる一歩を踏み出した。

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