第七話

 その後、リリア率いる竜騎士隊は、捕縛ほばくしたロドルフを王城に連れ帰った。

 ロドルフは、国に仇成あだな謀反むほん人として、即座に投獄。

 王や要職たちの会議を待って、罰を与えられることとなった。


 それはロドルフの母であるブルネラや、マテスタ家の当主、そしてエドも同様だ。

 今回の事件に関わった者たちはすべて捕らえられ、事件はひとまずの解決をみたのだ。



「そなたたち竜騎士隊のおかげで、我がヴィステスタ王国は守られた」


 国を揺るがす大事件が起きてから、三日後のこと。

 竜騎士隊の演習場には、ヴィステスタ王がねぎらいの言葉をかけにやってきていた。


「申し分のない、素晴らしい働きだった。礼を言うぞ」


 王が相好を崩せば、その前に整列した三十二人の隊員たちが、「はっ」と返事をしながら敬礼をする。

 隊員たちの隣には、それぞれの竜が。

 隊員たちも、竜たちも、皆、どこか誇らしげな表情をしていた。


「この調子で、これからも訓練に励むように。私は君たちに大いに期待する。――以上!」


 王から合図が出された途端、隊員たちは竜を連れ、一斉に演習場から去っていった。

 その場に残されたのは、騎士団長かつ竜騎士隊の隊長であるリリアと、副隊長のシリル、そしてそれぞれの竜たちだけ。

 急にあたりが静まりかえって、リリアはそわそわと落ち着かない心地になる。


「さて、君たちには残ってもらったわけだが」

 王は右肩にかけた長いマントを引きずりながら、二人の眼前まで歩いてきた。


「もう報告を受けたか? 新しい宰相には、クラウ家の当主であるアンドレアに就いてもらうことになった」


 クラウ家の当主。つまりシリルの父のことだ。

 ちなみに前宰相は、王弟であるキリル。

 有能な男であったが、彼はロドルフの父であり、ブルネラの夫でもある。身内の罪の責任を負い、辞任する運びとなったらしい。


「アンドレアの補佐には、ジョルジュをつける。二、三年のうちには、私は玉座を降りるだろう。どうか君たちも、心してジョルジュを補助してやってくれ」

「承知いたしました」


 リリアとシリルは揃って返事をした。

 と、そこでシリルが、「陛下」と、声を上げる。


僭越せんえつながら、今ここで、陛下に聞いていただきたいことがあるのです。私、シリル・クラウと、王女殿下に関することで」

「シリル様……!」


 何を、と視線を向ければ、揺るぎのない眼差しがこちらに返ってきた。

 彼は無言のまま、ひとつ、うなずく。

 それで察しがついた。

 様々なことが片付いた今、シリルはいよいよ王に願うつもりなのだ、と。


 ――わたくしとの、結婚を。


 そうと認識すれば口から心臓が飛び出してしまいそうに緊張して、明らかに挙動がおかしくなった。


「そなたとリリアに関して? ――許す。申してみよ」


 いったい何事か、と、王は怪訝そうに眉をひそめている。


「一度、身勝手な理由で破棄しておきながら、このようなことを願うのは厚かましいと重々承知しているのですが……しかしどうしても、どうしてもお願い申し上げたくて」


 王の前にひざまずいたシリルは、ひとつ、深呼吸。

 その横顔はいつになく緊張している。


「陛下、あなたの姫を――リリア王女を、このシリルの妻にください」

「……? なんだと?」

「このシリルと王女殿下を、やはり結婚させていただきたいのです!」


 ――言った……!


 リリアは思わず自分の口元を両手で覆っていた。

 心臓がばくばくと暴れ出して、もう今にも壊れてしまいそうだった。 


「もう決してくつがえしません。必ず幸せにいたします。ですからこのシリルに、どうか王女殿下を任せていただきたいのです!」

「それは……いったいどういうことだ?」


 王は驚きに目を瞬いている。


 無理もない。王にしてみれば、思いも寄らない、かつ理解しがたい話だ。

 相手は一度、リリアとの婚約破棄を願ってきた男。それなのにもう一度、リリアとの結婚を望むというのだから。


「父さま、わたくしからもお願いいたします。わたくしはやはりこの方と結婚したいのです……!」

 リリアはシリルの隣で跪いた。


「いや、それはもちろん考えないこともないが……」

「お願いいたします! 今度こそ、必ず……必ずや王女殿下を幸せにいたします!」

 シリルはこうべをたれたまま、必死に願う。


 やがて王は、自身を落ち着かせるかのように、深い呼吸を繰り返した。


「そなたたちの気持ちはわかった。王妃や新宰相にも相談の上、善処ぜんしょしよう。しかしいったいなぜそうなったのか……まったく、若者の考えは、私にはよくわからぬ」


 ぶつぶつ呟く王の前で、リリアとシリルは控えめに視線を合わせる。

 ばつが悪そうに顔をしかめるシリルに対して、リリアはにこりと笑ってみせた。


 やがて王は、どことなく上機嫌で演習場から去っていった。


「……善処、だと? つまりどういうことだ?」


 シリルがすっくと立ち上がる。


「了承してくれるのか否か、早くはっきりしてくれ……!」

 でないと落ち着かない、と、彼は頭を抱え始めた。

「といっても、否、と言われればもうどうしたらいいのか……くそっ、もっと額を地面にこすりつける勢いで願うべきだったか? いや、なんなら泣き落としで……」

「大丈夫よ、きっと」


 リリアはすがすがしい思いで、王が去った方角を眺めていた。


「きっと大丈夫。父さまは認めてくださるわ」

 なぜならクラウ家からの支援を、誰よりも欲しているのは王自身だからだ。


「だから……」

 言いながら、リリアはシリルに向き直った。

 そして彼めがけて、自身の右手を差し出す。


「だからわたくしを幸せにしてくださると、父さまではなく、わたくし自身に誓ってください。わたくしもあなたを幸せにできるよう、努力を重ねると誓いますから」


 シリルは少し驚いたような顔をして、そして迷いなくリリアの手をとった。


「もちろん、今ここであんたに誓おう。俺の妻となるあんたを、誰よりも大切にすると」

「……っ!」


 それは七年前、初めて彼と出会った日に送られた、誓いの言葉。


「今度こそ、必ず。どちらかの命がちるその時まで、俺の全身全霊をかけて、あんたを愛すると誓うよ」


 跪いた彼は、リリアの手の甲に誓いのキスを落とした。

 肌にふれる、しっとりとした感触。

 そこから甘やかな刺激がリリアの全身に広がっていって、恋に溺れてしまいそうな錯覚に陥った。


 愛おしくて、けれどどこか少し切なくて、わずかに不安もあって。

 新たに生まれたこの感情を、持てあましてしまいそうだ。


 ――本当に、彼の花嫁になれるのね。


 その幸せが夢ではなく現実のものであるとようやく実感すれば、胸にこみ上げてくるたくさんの想いがあった。


 と、その時、二人の間に割って入る声がある。


「おい、シリル・クラウ!」


 声の主はラヴェリタだ。

 ふと首を巡らせれば、リリアとシリルと共に演習場に残っていたラヴェリタが、うなり声を上げていた。


「何を浮かれているのか知らんが、わらわとの約束を忘れたわけではあるまい?」

「シリル様、約束って……?」

  リリアが問えば、シリルは「ちっ」と舌打ちをした。


「まずい。水花百個の期限が、今日だった」

「えっ……!?」


 シリルはリリアの手を握ったまま、立ち上がる。


「ラヴェリタ! あと二日後まで、というのはどうだ?」

阿呆あほうが、却下じゃ!」

「ならば明日までだ」

「その頭、わらわに食われたいのか!?」


 ラヴェリタは威嚇いかくするように口を開け、鋭い牙を見せつける。


「しかたない、隊員たちに頼んで、手分けして探すか」

「ええ、もちろんわたくしも手伝うわ」


 さきほどの誓いの余韻よいんはどこへやら、リリアとシリルはうんざりしながら互いの竜へと歩み寄った。

 そして十数分後には隊員たちを引き連れ、大聖堂前の湖へと向かったのだ。



 その数日後、王はリリアとシリルのふたたびの婚約を認めた。

 そして一か月後には国内に向けて正式発表。

 さらにその四か月後、ふたりは結婚をする運びとなったのだ。

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