第六話

「殿下、受け取れ!」


 さっそく攻撃をしかけてきたテシレイアの騎士たち。

 その一人から剣を奪ったシリルは、それをリリアに投げてよこした。


 ――これでいけるわ!


 外から弓矢で狙われてはたまらない。

 リリアとシリルはとにかく部屋の中へ! と、騎士たちと斬り結びながらバルコニーから脱出する。


 テシレイアの騎士たちは、たしかに強かった。

 よく訓練されているのだろう。入れ替わり立ち替わり斬りかかってきたり、同時攻撃を繰り出してみたりと、その戦い方は変化に富んでいる。


 しかしリリアとシリルもまた強かった。

 どうしてこんなにも息が合うのだろう?

 彼が次にどのような行動に出るのか、不思議と予測ができるのだ。


 ――シリル様はきっと、次は右後方のふたりを相手にするわ。ならばわたくしは左前方のひとりを倒す!


 リリアとシリルは流れるような動きで、テシレイアの騎士たちを次から次へと戦闘不能に陥らせていった。


 けれど。


「やはり君たち二人には叶わない、か。ならば次はこの手かな」


 部屋の隅で暢気のんきに戦況を見守っていたロドルフが、出入り口付近に移動した。

 そこからなだれ込んでくるのは、弓矢を手にした七人の男たちだ。

 剣を手にしての立ち合いでは勝てないとふんだのか、部屋の隅にいるリリアとシリルを、七本の矢が狙う。


 これではおいそれと動くことはできない。


「殿下は下がっていてくれ」

 シリルは自分の背後にリリアを押し隠そうとした。


「だめよ。わたくしを射ることはしないでしょうけれど、あなたは即座に射られるわ」

 彼をみすみすまとにするわけにはいかない。

 リリアはすぐさまシリルの前に立つ。


「だめだ。いいから後ろにいてくれ」

「だから、それこそだめよ。あなたこそわたくしのうしろに下がっていてちょうだい」

「万が一があっては困る。どう考えても俺が前だろうが!」

「わたくしだってあなたに万が一があったら困るわ!」


 と、シリルが突如、「ああもう……!」と、リリアの両頬を両手で包むようにしてきた。


「――頼むから……! 言うことを聞いてくれ! 本当はこんなところに一秒だってあんたを置いておきたくはないんだ……!」

「で、でも……」

「本来ならば、ラヴェリタの背に乗せ、あんただけでもここから去らせたい。だが奴のたくらみを、俺は理解しきれていない。あんたの指示が必要になる可能性が高い!」

「嫌よ、わたくしだけ去るなんて!」

「だったらおとなしく俺に守られていてくれ!」


 蒼玉の瞳が、切羽詰まったように揺れている。


「頼むから……!」


 そこまで言われてしまえば、もうリリアは反論することなどできなかった。


「……わかったわ。あなたに、従う」


 けれど、リリアだっておとなしくしているつもりはない。

 絶対に彼を守ってみせる。

 胸中でそう決意し、彼の両手に自分の両手をそえる。


「この状況でいちゃつくのはやめてもらえるかな。リリアもシリルも、あまりに危機感がなさすぎないかい?」

 ロドルフが呆れたように溜息を吐いた。


「……ああ、そうだな。この程度の状況は、どうってことないと思っているからな」

 リリアから手を離したシリルは、ロドルフがいる方角に向き直る。


「シリル、やせ我慢はやめてくれ。君は僕の合図ひとつで死ぬことになるんだよ」

「あんたを信用していた。手詰まりの俺に手を差し伸ばしてくれたこと、感謝していたさ」


 気づけば剣を握るシリルの手が、怒りに震えている。


「まさかあんたが国を裏切るとはな」

「すべてはこの国のためだ」


 ロドルフは揺らぎのない眼差しをしていた。


「この国のため、か……。しかし、テシレイアとの国境沿いにこれほどの私邸をかまえるとは、あんたのテシレイアびいきも病的だな」

「一度でもの国に行けば、その魅力を理解できるさ。民たちの上に立つ王族であるからこそ、僕はテシレイアにかれた。あの国に生きる民たちは、さぞかし幸せだろう、と」

「たしかに、政治や武力等、ヴィステスタより優れている面も多々あるんだろう。――が、この国にしかないものもたくさんある」

「たとえばそれは何だい?」


 その時、リリアははっとした。

 耳に届くかすかな羽音。夜陰を切り裂くような、伸びやかな鳴き声。

 それに気づいた刹那、心臓が爆発しそうに高鳴った。


 そしてわけもわからず、叫びだしたいような衝動に駆られたのだ。


 ――ああ……! 来てくれたわ!


 シリルはリリアを壁際に押しやる。

 そしてにやりと笑った。


「この国にしかないもの――それは、竜の加護だ」


 直後、ラヴェリタの特徴的な鳴き声がサワバの夜に響いた。


 ――勝ったわ!


 確信を抱きながらバルコニーに視線をやれば、そこに突如、空から振ってくるような形で姿を現す数人の男たちがいた。

 身に着けているのは、コート風の漆黒の隊服。

 竜騎士隊の隊員たちが、竜に乗って空からやってきたのだ。


「全員、戦闘開始! 相手はテシレイアの騎士よ!」


 リリアは即座に命じた。


「弓矢を封じるため、至近距離で戦え!」


 シリルが追加で指示を出す。

 部屋の中になだれこんできたのは総勢八名。

 そのうちの一人が、驚くことにエドだった。


「シリル様、ご命令どおり馳せ参じました! 他の者たちは別の階から侵入し、こちらに向かっております! 途中、敵を見つければ攻撃してよしと命じてあります!」

「エド、あなた……!」

「エド……! おまえ、寝返ったのか!?」


 リリア以上にロドルフが目を丸くしている。


「ロドルフ様……申し訳ございません。しかし私の主は、やはりシリル様ただおひとりなのです……!」

「だがおまえは罪を犯した! それらは無かったことにはできないぞ!」

「もちろん理解しております。この件が片付きましたら、私はどのような罰も甘んじて受けましょう」


 言い終わるなりエドは、テシレイアの騎士目指して駆けだしていった。


「くっ……なぜ皆、わからない? なぜ邪魔をするんだ。僕のこの行動は、ヴィステスタのためを思ってのことなのに……!」


 ひとりごとのように言いながら、ロドルフは部屋から出て行こうとした。

 いけない。彼を逃がしてしまえば、テシレイアと戦になる。


「待ちなさい!」


 リリアはそのあとを追い、必死に彼の袖をつかんだ。


 ――さようなら、ロドルフ。わたくしの従兄弟であり、兄代わりであり、大好きだった人。


「離せ!」


 リリアの腕をはらいのけるように振り返った彼と、一瞬だけ見つめ合った。

 苦しくて、切なくて、心が引きちぎれてしまいそうだ。

 しかしいつまでも感傷に浸ってはいられない。

 リリアは彼の首もとめがけて飛び上がり、渾身の回し蹴りを食らわせる。


「ロドルフ、ここまでよ!」

「――まだだ! まだ甘い!」


 仰向けに倒れ込んだロドルフの肩口のあたりに、シリルが剣を突き刺した。

 ロドルフが着ている近衛隊の隊服を、床に縫い止めるようにしたのだろう。じたばたと抵抗したロドルフだったが、もはや逃げ出すことは不可能だと悟ったのか、すぐに静かになった。


「くそっ……!」

 まるで泣いているかののように、自分の腕で目元を覆い隠す彼。

 その様を見て怖じ気づいたのか、テシレイアの騎士たちは慌てて逃げ出していく。


「団長、指示を!」

 エドが叫んだ。


「逃げる者はそのままに! いまだ立ち向かってくる者には、この国の竜騎士隊の強さを思い知らせてやりなさい! 怪我人はこの部屋ですぐさま手当を。近衛隊隊長を捕縛し、王城に連れ帰るわ!」

「承知しました!」


 リリアに向けて敬礼し、すぐさま仕事にとりかかる隊員たち。


 ――竜たちは……?


 リリアはバルコニーから空を仰いだ。

 するとラヴェリタを先頭に、周囲を旋回する竜騎士隊所属の竜たちの姿を見て取れた。


「竜たちは無事に戻ったようだな」


 いつの間にか隣に並んでいたシリルが、安堵したようにつぶやいた。

 その横顔をぼんやりと見ていたリリアだったが、いつしか自分の視界が揺れていることに気づく。


「おい、どうした……? どこか痛いのか!?」


 問われて、ようやく認識した。

 自分が泣いているということに。


 ――いけない。今は団長としての仕事中なのに。


「いいえ、なんでもないわ。……お願い、見なかったふりをしてちょうだい」


 ほかの隊員たちに気づかれないよう、リリアはただただ空を見つめ続けた。


「……身内相手によくやった。これで隊員たちは心底、あんたを騎士団長として信頼するだろう」


 頭の上に、シリルの大きな手がぽんと乗る。

 その刹那、ロドルフのまぶしい笑みが脳裏に浮かんだ。

 彼はいつも、こうしてリリアのことを落ち着かせてくれていたっけ。


「……あなたも、ありがとう」


 消え入りそうな声は、シリルの耳に届いただろうか。

 リリアは空を駆けるラヴェリタの姿を目で追いながら、唇をきつく噛みしめた。

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