終章 石を彫る者の想い


「孫が本当に世話になったねぇ」

「いいえ、私の方こそお世話になりました」


 麗らかな小春日和。

 黒尾家の縁側には座布団に座って庭を眺めるふみえと白杜の姿があった。


「優志さんのお陰で、楽器を作る機会に巡り合いました。私ひとりだったら、秀吉に依頼をされても断っていたでしょうから」

「少しでも孫が役にたったなら、いいんだけどねぇ」


 ふみえは言いながら、淹れたばかりの緑茶を口にする。


「優志とは連絡をとっているのかい?」

「はい、昨晩もメールが来ました。今は新しい撮影で沖縄に行っているそうです」

「そうかい」


 ほっと息を吐くふみえ。

 様子を見かねた白杜は、恐る恐るといった様子でふみえに尋ねた。


「あの、ふみえちゃん。どうして私の店で優志さんを働かせようと思ったんですか?」

「どうしてって……ねぇ」


 ふみえは首を僅かに傾けると、整えられた松や紅葉、芝が輝く庭を見つめた。


「単純に新しいことに触れるのが、あの子の為になると思った。……長い人生、何度か失敗したっていいじゃないか。大事なのは、失敗したあとにどう進むか、なんだから」

  

 ふみえは、穏やかに言ってから「それに面白いとも思った」と言葉を続ける。


「面白い?」

「石一筋の綾音ちゃんが、役者一筋だった孫と会ったら、きっと面白くなると思ったんだよ」

 

 にこにこと笑いながら言うふみえに、白杜は肩透かしを食らった気分になる。


「そんなことですか」

「実際、楽しかっただろう?」

「確かに充実した日々ではありました」


 頷いた白杜は庭を見つめる。


「『櫻の中で』を観た時から、私は黒尾優志という役者が好きになりました。彼の役に少しでも立てるのなら、嬉しかった。彼と話をするのも楽しかった」

「そうかい。でも、色々と迷惑もかけただろう?」


 ふみえが伺うように言えば「いいえ」と白杜は首を横に振る。


「迷惑だと思ったことはありませんでした」

「けれど、孫の為にお気に入りだった眼鏡を外す羽目になっただろう?」

「あぁ、それは確かにそうですね」


 白杜は鞄の中から、ずっと掛けていなかった伊達メガネを取り出した。

 白杜が優志と会って最初についた嘘。

 眼鏡を外そうが外すまいが、視力に関係はなかった。しかし、眼鏡を外すことで優志の気持ちが少しでも落ち着くならと思って、気に入っていた眼鏡を取ったのだ。


「でも、いいんですよ。その程度のことは」


 白杜はそこまで言ってから、ふみえに向き直った。


「さて、黒尾ふみえ様。改めてお聞きしますが、今日はどのようなご依頼でしょうか」


 白杜が問うと、ふみえは笑って言う。


「そうだねぇ、孫の誕生日にプレゼントする石を見繕ってくれるかい」

「はい。喜んでご依頼、お受けいたします」



 彫石師の白杜綾音は、今日もまた、石を扱う。

 

 歌を奏でる石を。


 どこかの誰かの為に。


 石の唄を求める誰かの為に。


 そして、今日、この時も。

 遠い地で、ひたすらに努力する彼の為に、美しい石の唄を作り上げるのだ――。




                     スランプ役者には、石の唄を。(完)




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スランプ役者には、石の唄を。 アオミユキ @aomiyuki1

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