第290話◇夜の明けない朝はないと信じる者達と常闇の住人
複数都市によって正式に認められた《
太陽が失われる前の世界では遠く距離の隔たる相手と情報をやり取りする手段があったというが、現在は失われている。そういった技術は
都市ABCが認定した《
だが実際には都市Aが交流のあるDに伝え、都市Bは交流のあるEに……という風に遅れはあるものの情報は広がっていく。
都市にとって《
とにかく、都市単位で伝言ゲームを行うようにして、《
その所属都市も。
それは人類にとって希望である。
だがだからこそ、魔人にも彼らの人数とおよその強さと所在が知られることになった。
適当に捕まえた領域守護者の記憶を覗けばその程度の情報は手に入る。
◇
《
ザシキと呼ばれる、タタミなる床材が敷き詰められた空間。
魔王の御座す空間とは別。
そこに《
明かりなき暗闇の中で、それは行われていた。
長い説得の末に、魔王・プリマより作戦の許可が下りたのだった。
その内容とは――。
「《アヴァロン》所属・第一格《騎士王》アークトゥルス=レア
《エデン》所属・第二格《朧鋒鋩》ダモクレス
《カナン》所属・第三格《黎き士》ミヤビ=アカザ
《ユートピア》所属・第四格《熾天使》ミカエル
《アルカディア》所属・第五格《夜叉姫》リティ=ハガラ
《ベンサレム》所属・第六格《道化》オーギュスト
《カナン》所属・第七格《地神》ヘリオドール=スマクラグドス
また……この者達は認定を受けていないが《
《カナン》所属《
同じく《カナン》所属《
以上九名及びその《
これまで人類が生き残ってこれた理由は単純。
弱いからだ。
魔人のほとんどは強さにしか興味がない。
人類領域に手を出すのは三種類の魔人。
殺した者の魔力炉性能分進化出来るという能力を、魔人同士の殺し合いではなく人類虐殺によって加速させようとする弱者。
そういった魔人でも人類にとっては脅威。
ただし長い時の中で見抜かれているのか、奴らは人類にさえ半魔人などと呼ばれる。
もう一種類は、退屈した者。
魔人には個体ごとに成長限界があり、それを越えて強くなることは出来ない。強くなる為に、強者と戦う為に生きる魔人だというのに、無限には進化出来ないのだ。そういった者のほとんどは他の魔人との戦闘で命を落とすが、あまりに強くなり過ぎた者は対等な敵さえ失ってしまう。
敵を求め闇の世界を歩くことさえ無意味と悟った魔人は、人類領域に根を下ろす。野ざらしよりは快適というただそれだけの理由で都市を支配する。
クリードなどが該当する。
最後は、いかれた者。
戦い以外を求め、都市を支配する魔人は稀にだが存在する。
不滅を求めたカエシウス、美なるものに価値を見出すセレナなどが該当する。
いや、《
集団としてだが、魔王が休める場所としてこの都市を前支配者である魔人から奪った。
とにかく半魔人を除けば、人類領域を積極的に襲う魔人など滅多にいない。
それでも人類領域は緩やかに数を減らし、魔人の支配下である《ファーム》へと形態を変えていた。
太陽と暗闇が交互に訪れていた時代ならまだしも、闇一色の現状では人類に勝ち目などない。
「黎明を望まれた騎士、その刃全てを破壊するのだ」
魔王麾下の魔人は百を越え、特級相当だけでも十二体が揃っていた。
人類は《ファーム・タカマガハラ》に辿り着くこともなく、希望を絶望によって押し潰されるだろう。
◇
それはヤクモが《アヴァロン》を後にしてから、魔王討伐へと向かうまでの間に起こった話。
真なる楽園とも呼ばれる第七人類領域《エデン》に、来訪者がいた。
「久しいな、ダモクレス老」
「……まさか本当にお主が来るとはな、アークトゥルス王」
そう、修練場と思しき空間に立っている二人は、どちらも《
アークトゥルスはヤクモらが《アヴァロン》を去ってから、旅に出た。
目的は――《
《
とても当年とって七十の老人とは思えぬ引き締まった身体に、決して歪まぬ芯が通っているかのようにピンと伸びた背。
白に染まった髪は後ろに撫で付けられ、皺の刻まれた皮膚だけが彼の重ねた年を物語る。
赤い眼光に貫かれた童女――アークトゥルスは楽しげに唇を歪める。
アークトゥルスは事情をざっと説明してから、言う。
「魔王を殺すぞ、余についてまいれ」
ダモクレスは悲しげに目を伏せ、肩を震わせる。
喉を震わせ声となったのは、返答ではない。
「アカツキ……何故魔人になどついた」
ダモクレスは、ミヤビとアカツキの師だ。
彼はこの世界では珍しくヤマトへの差別意識がない人間で、かつては様々な都市を訪問しては才能のある者に戦う術を教えていた。彼の言う才能は魔力ではなく『生き残る力』だといい、実際彼の弟子達はみな素晴らしい功績を挙げている。
ただし、確認出来る限り現在生きているのはミヤビ組とアカツキのみだ。
彼の弟子はみな強く、しぶとく、そして――優しかった。
自分とパートナーだけならば生き残れる。でも人を助けようとした。
自分とパートナーだけならば逃げられる。でも人を助けようとした。
能力は確かだったが、その性格や信念が死地へと身を留め、命を失う結果となった。
《
「聞きたければ自分で聞くことだ」
ダモクレスは《エデン》に来てから弟子をとらなくなった。
これ以上我が子同然の弟子を失いたくなかったからだ。
最後に残った三人の弟子。ミヤビ、チヨ、アカツキ。
ミヤビとチヨは魔王を殺しに。
アカツキはそれを阻もうとし。
殺し合うのだという。
無視することは、出来ない。
それに、どうやら自分には孫弟子がいるようなのだ。
ヤクモとアサヒ。その兄妹もまた、魔王討伐に参加する程の強者なのだとか。
「……よかろう。我が子に先立たれる苦しみは、もう沢山だ」
涙を止め、アークトゥルスを見据える。
彼は気づいているだろうか。
彼の弟子は一人の例外もなく、技だけでなく――師の優しさを継いだのだと。
◇
アークトゥルスはその人間離れした無限に近い魔力によって都市間に広がる距離を走って飛ばす。
湖の乙女に愛された彼女にだけ出来る離れ業であった。
そうして彼女は、《
「……申し訳ありません。わたしはこの都市から離れるわけにはいかないのです」
第一人類領域《ユートピア》にて、第四格《熾天使》ミカエルの勧誘に失敗。
「ふぅん、いいわね。殺しましょう」
第二人類領域《アルカディア》にて、第五格《夜叉姫》リティ=ハガラの勧誘に成功。
「魔王殺し? 無理だね」
第五人類領域《ベンサレム》にて、第六格《道化》オーギュストの勧誘に失敗。
ヤクモ組を含めた八組中、参加は六組。
これまでのことを思えば、多すぎるくらいだ。
アークトゥルスを含め、都市の防衛、つまり現状維持が最優先だった。
「……アークトゥルス様ですか?」
「確か貴様は……」
とある都市でアークトゥルスが再会したのは、元《
「魔王殺し、ですか……。素晴らしい、是非私も協力させて頂きたく」
「ふむ……。だが貴様は確か……」
《
生きている以上、彼女は後者。
「いいえ、アークトゥルス様。今の私は確かに《
彼女を見て、アークトゥルスは顔を顰める。
彼女は長い襟巻きを、巻くことなく首から垂らしていた。
それは彼女の相棒が武器化した時の姿によく似ていた。ふわふわと神秘的に浮遊してもいないし、透き通る水のような青でもない。亀裂のようなものが無数に走った、錆色の襟巻き。
死んだ《
例えば、壊れた武器として死ぬようなことは有り得ない――否。
正確には、これまで確認されたことがない。
「私は必ず彼女を取り戻します。ですからどうか、魔王殺しへの参加をご許可願いたい」
◇
《カナン》で年に一回開催される大会があった。
四つの領域守護者組織の育成機関から選りすぐられた合計百六十名で予選を行い、それぞれ上位四名が本戦へと駒を進める。
純粋に強さのみを競う大会。
優勝者は学年を問わず即時正隊員となる。
予選は終わり、ついに本戦が始まろうとしていた。
通過者と第一回戦の組み合わせは以下の通り。
《
対
《
《皓き牙》学内ランク四位《雲耀》ユークレース=ブレイク
対
《蒼の翼》学内ランク一位《地祇》エメラルド=スマクラグドス
《燈の燿》学内ランク四十位《
対
《紅の瞳》学内ランク三位《人形師》コース=オブシディアン
《蒼の翼》学内ランク六位《
対
《燈の燿》学内ランク二位《銀雪》クリストバル=オブシディアン
《皓き牙》学内ランク一位《
対
《燈の光》学内ランク四位《夢想》ターフェアイト=ストーレ
《皓き牙》学内ランク九位《氷獄》ラピスラズリ=アウェイン
対
《蒼の翼》学内ランク十七位《蒼炎》シベラ=インディゴライト
《紅の瞳》学内ランク一位《抹消域》ネイル=サードニクス
対
《蒼の翼》学内ランク二位《狂飆》ユレーアイト=ジェイド
《紅の瞳》学内ランク五位《現在視》ルチル=ティタニア
対
《紅の瞳》学内ランク八位《断罪者》ロード=クロサイト
「じゃあ、行こうか」
「はいっ」
朝食を済ませたヤクモ、アサヒ、モカ。
「行ってらっしゃいませ。頑張って応援させてもらいますっ!」
モカが見送ってくれる。ぐっ、と両拳を胸まで上げていた。
ヤクモとアサヒが身に纏うのは『白』の訓練生の制服だ。
戦いへの不安は、昨日の夜に払拭済み。
本戦に限り、通常の訓練は無し。
「ふっ、誰が相手だろうと、兄さんとわたしの前に敗北はないのです!」
「……そうだね」
少なくとも、それぐらいの気概で挑まねば。
努力を怠らぬ天才達の中で、ただ一組無才の二人なのだから。
《
格上に臨むつもりで、格上に勝つつもりで戦う。
「勝ちに行こう」
自分達以外の本戦出場者は誰もが秀絶な才能と魔法を有する。
ヤクモとアサヒの相手は、『耀』の第一位アルマース組。
彼女達とは《エリュシオン》奪還で共に戦った仲間でもある。
太陽を強く求める彼女の想いは尊く、ヤクモ個人としては応援もしている。
だが、勝負は勝負。
負けるつもりはない。
ただ一組を除き全員を敗者とする大会本戦が、始まろうとしていた。
たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル・幾億もの剣戟が黎明を告げる) 御鷹穂積@書籍7シリーズ&漫画5シリーズ @hozumitaka
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