第289話◇叱責




 帰ったらめちゃくちゃ叱られた。


 ミヤビはそのほとんどを聞き流す。何度同じ状況になっても自分は同じ判断を下しただろう。それを咎める声なんて聞いたところで無駄だ。役に立たないのだから。


 とはいえ、叱責されること自体は受け入れる。自分はルールを破った。ルールは守る為にあるのだから、破ったら怒られるのは当たり前。罰があるのは当然。その仕組みを否定はしまい。


 やったことだけ抜き出すならば、捕らえた魔人二体の脱走幇助。片方は脱走に成功。

 首が何回飛んでもおかしくない失態だが、そうはならない理由が幾つかある。


 ミヤビ組が人類の希望である《黎明騎士デイブレイカー》であること。

 『看破』持ち複数による聴取によって、ミヤビの行動が都市の為であったと判明したこと。

 そしてこれが一番大きいのだが、セレナが一時的に無力化した全裸の女魔人から記憶を抜き、魔王が移動も困難な程に弱ってるとの情報を入手したこと。


 ランタンの知っている魔王の居場所と、全裸女が把握してる魔王の居場所は一致。

 ビスマスら帰還後の《耀却夜行グリームフォーラー》の判断にもよるが、魔王を無理やり動かさない限り奴らの居城は今回判明した地点に限られるわけだ。


 全人類の敵が何処にいるかを、セレナが確定させた。


 ミヤビが悠長にタワーの者に相談し、《耀却夜行グリームフォーラー》がランタンを取り戻すべく襲撃すると言ったところで、今回のような結果は得られなかっただろう。


 全裸魔人らが擬態していた『白』の隊員の遺体が壁外で見つかったこともあり、ミヤビの判断がなければ壁内でセレナ襲撃事件以来の悲劇が起こった可能性が高い。

 ミヤビのやったこと単体は違反行為だが、そのことによって守られた平和と得られた情報がある。


 功罪相半ばするという言葉があるが、この場合は功績が罪過を上回る。


 そもそも罰則には以降の違反を抑止する目的がある。違反者を見せしめとすることで、他の者に規則を守らねばという意識を持たせる意図があるわけだ。


 ミヤビの件の事実を知るのは限られた極一部の人間のみ。《黎明騎士デイブレイカー》を公に罰することよりも、秘匿した方がいいとの政治的判断が働きやすい状況。


 魔王を殺せるかもしれないという時に、《黎明騎士デイブレイカー》の不祥事を世間に流布しようと考える者は少ない。魔王討伐反対派だって、ミヤビを罰することによって出奔などされたら堪らないとの考えは働く。


「だが、危険ではないのか。これでいよいよ《耀却夜行グリームフォーラー》とやらの怒りを買った」


 会議室だ。各組織の上層部が詰めている。


「ランタンを運び込んだ時点でもう遅いだろ」


 ミヤビは平然と言う。


「儂はそもそもその点からして間違っていたのではと言っておるのだ」


「過ぎたことを話してどうなるんだ?」


「き、貴様ッ! 己と弟子のしでかしたことの重大さを理解しておらんのか!」


「何言ってんだジジイ。時を巻いて戻せるってんなら、正しい判断とやらについて話し合えばいいが、違うだろ。少なくとも今考えるべきは、魔王討伐に関することだけだ」


「ぐっ……!」


 顔を真っ赤にした名も知らぬ中年男性が何か言おうとするのを、『白』の総司令アノーソが手で制する。


「そこまで。ミヤビ、貴方の口の悪さは要らぬ諍いを招くわ。急ぎたいなら、足止めを食わぬよう動きなさい」


 妙齢のこの女は、他とは違う視点からミヤビに接する。これが結構やりにくい。


「アノーソ様の仰る通りです」


 妹のチヨがぼそりと言う。グサッときた。


「わーったよ」


 降参するように諸手を挙げると、アノーソが柔らかく微笑んだ。


「魔王討伐も重要だけれど、都市の存続はそれ以上に重要なことです。今この街で懸命に生きている人の未来を犠牲にしてまで、魔王殺しをさせるわけにはいかないわ」


 尤もな意見だ。

 ミヤビとてこの街を捨てて単身魔王を殺しに行こうなどとは思っていない。


「そりゃそうだな。そんじゃまぁ、話し合いとやらをしようじゃねぇか」



 ◇


「一体救い出す為に七の戦力を投じ、二を失うか」


 闇の中だ。

 巨大な土の塊が空中を移動している。

 その上には魔人と人間が乗っていた。


「助かったよビスマス。元々救出組じゃないお前の力を借りることになって申し訳ない」


 にこやかに応じるのはヤマトの青年――アカツキだ。


「……アカツキが《黎明騎士デイブレイカー》と相打ちに持ち込んだというのに、貴様は何をやっている――エル」


 エルと呼ばれた魔人は身体をすっぽりと覆う外套を身に着けている。肌を晒すことに羞恥は感じないが、常に全裸でいるわけではない。


「っ……! あそこにあの女がいるなんて聞いてない!」


 あの女とは、セレナのことだ。


「人類が言うところの特級に相当する十年級トドルが《カナン》に協力している可能性については、情報を共有した筈だ」


「いいえ! 聞いたのは違うファームで見たって話だけ!」


「くだらん。己の非を認めることも出来ぬとは」


「……ッ! アタシは! ……いえ、そうね。アンタの言う通りよ」


 感情に任せて反発しかけた魔人エルだったが、すんでのところで自制が働いた。


「いやいや、それを言うなら湖の乙女を連れ帰ることも出来ずランタンを奪われたオレが悪い」


「違う。あの状況で囚われた私が悪いのだ。その弱さの所為で貴様らに迷惑を掛けた……」


 アカツキとランタンの言葉に何を思ったか、ビスマスは鼻を鳴らして追及をやめた。


「セレナは貴様の記憶を覗いた。そうだなエル」


「えぇ……そうよ」


 相手の技量にもよるが、セレナ程ともなるとどの記憶を抜かれたかさえ気づかせない。

 だが十中八九、魔王に関連する情報だろう。


「あの女……人間なんかに協力してなんのつもりなのよ!」


 脅されて従うような魔人ではない。


「危険な都市だ。私が視た限り《黎明騎士デイブレイカー》相当の戦力が二組いた。《黎き士》を除いて、だ」


「片方はヤマトのハーフの子のペアかな。オレも見たよ。銘は聞いてないけど黒点化してた」


 グラヴェル・ツキヒペアだ。


「もう片方は知らないな。ヤクモとアサヒではないだろうし」


 ビスマスは模擬太陽より高い位置から、魔力によって《カナン》の戦力を確認していた。


「ヤクモ、か。カエシウスを討伐した戦士にも同じ名があった。魔力はないが、強者なのだろう」


「多分同一人物だね。ヤマトのサムライだ。出来れば仲間にしたいんだけど」


「無理だろうな」


「だろうね」


「帰還次第、プリマ様に進言する」


「何を?」



「――プリマ様を殺めようとする不届き者の殲滅。さしあたり――|黎明騎士《デイブレイカー》を始末すべきだと」



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