『午前三時の小さな冒険』文芸部

八重垣ケイシ

『午前三時の小さな冒険』


「おーい、新しいお題が出たぞー」

「あのな、俺は文芸部じゃ無いんだよ」

「そんなこと言わずにネタ出し手伝ってくれよ。今回のお題は『午前三時の小さな冒険』だ」

「午前三時、時間指定か、チッ」

「なんで舌打ち?」

「時間を指定される状況ってのは、時間が重要になる状況だ。つまり時間を気にする人の話になる」

「ま、そうだな。時間を気にしない人には、午前三時なんて言われてもってなるか」

「そうなると無人島ネタが使い難い。文芸部の先輩、無人島ネタを潰しに来たな」

「なんでそんなに無人島に拘るんだ、お前は?」

「だが、無人島でも時計は使える。アナログ時計の短針を太陽に向けると、短針と文字盤の12時を二等分したところが南だ。これで方位が解る」

「そういう使い方ができるのか?」

「北半球ならな。一応言っておくと完全に真南とは一致しない。方位磁石と並べて見れば解る」

「いや、方位磁石があればアナログ時計で方角は見ない」

「磁場がおかしくて方位磁石が使えないところでも使えるぞ」

「それで、何で真南からズレるんだ?」

「時計の時間ってのは日本なら北海道も沖縄も同じだろ。だけど、北海道も沖縄も緯度と経度は違う。そのズレの分、真南からはズレることになるからさ。それでもだいたい南って方向が解る」

「そっか標準時の問題か。ま、アナログ時計の蘊蓄うんちくはともかく、お題だよ、『午前三時の小さな冒険』どうだ?」

「時間が指定されている、ということはその時間に何かが起きる訳だ」

「午前三時、丑三つ時に何が起きる?」

「その時間に合わせ鏡を覗くとだな」

「冒険じゃねえ、オカルトホラーだ」

「冒険ってのがな。午前三時なんて寝てる人ばかりだろ。その時間に冒険する奴なんて泥棒とかじゃないか?」

「泥棒が夜中に冒険って」

「下着ドロとか」

「夜中に下着を外に干さないように」

「これは女体の神秘を求める冒険かもしれない」

「そっち方面の冒険? 怪談じゃなくて、大人の階段?」

「午前三時に人に見つからないように、エロ本を買いに行く未成年の少年の冒険」

「うん、その少年にはドキドキの冒険譚かもしれんが、先輩に殴られそうなネタはヤメロ」

「午前三時ねえ、その時間になると何かが起きる、とかだよな?」

「時限爆弾かよ」

「アリだな、もしくは予告される。午前三時、だれかが、死ぬ」

「どっかで聞いたことあるぞ、そのキャッチフレーズ」

「とりあえず、午前三時に人が死ぬとしよう」

「とりあえずで人を殺すのかよ」

「その理由がお話になるんだろ。えーと、例えばだな、ある女に好きな人がいる、としよう」

「ふむふむ」

「で、そのある女は告白する勇気が無い。相談された友達がやきもきする。で、その女の後押しをするんだ」

「それがどうして殺人に繋がる?」

「その恋する女の子に毒を飲ませる」

「友達に毒を飲ませる時点でアグレッシブなサイコさんだ。なんでそんなことを?」

「そして、その子は、ある女の子が恋している男にリップクリームを渡してある。このリップクリームに毒の解毒薬が入っている」

「それって、つまり」

「午前三時までにキスしないと、毒で死ぬ」

「片想いの相談したら、いきなり生命の危機が」

「なんとかキスしないと死んでしまうので、冒険になるだろうか」

「毒を飲ませたその友達がヤバイだろ。でも面白いは面白いか? いけるか?」

「というわけで、これがそのリップクリームだ。ほい」

「は?」

「お前のとこの文芸部に新人が入ったろ? なんだか思い込みの激しそうな子。あの子にもお題の相談をされてな」

「お前、あいつの知り合いだったのか?」

「で、ネタ作りに言ったんだ。毒を飲ませたって。なのでこれからあの新人がお前の唇を狙ってくる」

「お前なあ! 何やってんだよ!」

「午前三時までにお前がキスしてやればいいんだよ」

「ちょっと待てよ? ということは、あの新人は俺に片想いしてるっていうのか?」

「いいや。ぜんぜん。欠片も」

「なんだそりゃあ!」

「ま、恋心なんざ無いけれど、今日の午前三時まで必死になってお前の唇を狙ってくる訳だ。あの新人の冒険はもう始まってるぞ?」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『午前三時の小さな冒険』文芸部 八重垣ケイシ @NOMAR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ