忠臣蔵といえば、江戸時代以来、日本人の文化史、精神史のなかで重要な地位を占めてきた古典ですが、価値観の変化にともない、ここ10数年あまりで急速に忘れられつつあるようにも思います。忠臣蔵の世界の価値観や美意識は、現代のわたしたちのものからあまりにも遠くなり、次第に理解困難なものになりつつあるようです。
それぞれの時代を背景にして、この忠臣蔵を再解釈した小説や映像作品は、これまでに何度も試みられてきましたが、それも近年やや下火になってきたのではないでしょうか。
が、博元裕央さんのこの「中心蔵」は、短い断章によるシンプルな構成ながら、わたしたちの時代の人間像に引き寄せて、登場人物たちに独白させ、忠臣蔵を愛してきた過去の日本人の心性だけでなく、2020年のネット社会に生きるわたしたちの姿をもあぶりだしています。
力強い構造をもった古典の物語は、やはりなかなかしぶとく、料理次第で何度でもよみがえるのだなと思わされました。
わたしも、なにか新しい料理法を考えて、他の古典を小説にしてみたいなと思ってしまいますが、これは教養と技術が要りますよ…。