第4話『月琴弾き』

それからおしず孫四郎まごしろう故郷こきょうである神戸こうべのがれてらしていた。

今では二人の子供に恵まれ、裕福ゆうふくとはいかないまでも

幸せな生活を送っている。


ある日神戸の街を歩きながら、お静は埠頭ふとうを眺めて

対馬小路つましょうじに売られてきた日の事を思い出していた。


『かんかんのう きうれんす』

そう何気なにげに口ずさむお静を物珍ものめずらしそうな目でこちらを見る月琴弾げっきんひきがいた。


御姐おあねえさんなつかかしい歌じゃありやせんか。そいつぁ九連環きゅうれんかんでございやすね」

「さあそれは・・・あたしくわしくは知らなくて。何ですのその九連環きゅうれんかんてのは」

「へえ・・・支那しなの歌で九連環きゅうれんかん、つまりは9つの輪で出来た知恵ちえの歌なんで

ございやすが、その歌詞かし九連環きゅうれんかんけた人とあたし九連環きゅうれんかんのように

ずっとつながりたいって色恋いろこいの歌なんでえございやすよ」

「へえ、それはぞんじませんでしたよ。どれ一曲お願いしようか知らん」


お静が欠け茶碗じゃわんに硬貨を投げ入れると、月琴弾きは深々と頭を下げて

「それではまこと不調法ぶちょうほうながら御姐おあねえさんに一曲失礼致しやす」


看看奴カンカンヌウ 九連子キウレンス 九呀九連環キュウヤキュウレンクワン 双手拿来シャンシュナアライ


月琴弾きの歌声に耳を傾けながら目を閉じると

お静の脳裏に、あの日見た着流しのからそでが優しげに棚引たなびいていた。


(終幕)

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『かんかんのう』 あん @josuian

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