アナモグラシ

きいろ。

地底

地底1

————暗い暗い世界に小さな光が灯される。それはガラスの中に灯る火というものであり、詳しくは少女の手元にぶら下がったランタンであった。ランタンの光に灯された少女の髪は薄暗く揺れているが、それは綺麗な青だと分かる。加えて艶やかさを備えたそれは、かの広大な海のように透き通ったライトブルーを帯びていた。


「全く何処に行ったんだよ。」


 溜息混じりの呟きは、両脇から頭上、そして足元を一周して覆う土の壁に吸い込まれた。所謂洞窟である。しかしながら綺麗に掘られているそれは、簡単に崩れる様子は無く、軽くつついてやってもビクともしないであろう。問題は彼女の溜息の根源となっている目的が見当たらない事である。幾らランタンで前方を照らしても見えるのは暗い穴のみで、影一つ通る事も無かった。


「このままじゃ大穴に着いちゃうんだよぉ。」


 項垂れながら進んだ先、足を止めると再び溜息を吐いた。目の前に広がる光景に嫌気が差したからである。

 それは今までの窮屈な空間を取っ払うかのように存在する。突如として現れるそれは、この世界、彼女達の住まう地底から別世界へと繋がると言われる大穴であった。しかしそれは幾ら見上げようと暗闇であり、光の一つさえも見当たらない。本当にこれは上に繋がっているのかさえ不明である。事実は途中で塞がっているのではと言う者もいた。ただ、それに確証が持てないのは、極稀に暗闇から落ちてくる存在があるからだ。そう、それは良く分からない金属の塊であったり、巨大な岩であったり、もちろん生物も然りである。


「人が、落ちて来たんだよ……。」


 暗闇の底、巨大な穴と同じように開かれた広場の中心。見掛けない姿をした少女がそこに眠っていた。


「死んでる? い、いや生きてるんだよ! ねえ、大丈夫なんだよ?! ねえ!」


 ライトブルーの髪を揺らして駆け寄った少女は、見知らぬ姿に戸惑うもそれが人間で生きている事を確認した。しかし少女の意識は無く、医療の知識など持ち合わせていない二十歳にも満たない少女には必死に肩を揺らす事しか出来ないでいた。


「あわわわわ、こんな時にアルムは何処に行ったんだよぉ!」


 手助けも無く嘆きを叫んだその時、うっと微かな音を耳が拾った。少女が目を覚ましたのである。


「目が覚めたんだよ!」


「あの……気持ち悪いから……。」


「あ……ごめんなんだよ。」


 喜びに口元を緩ませるが、目覚めた彼女の顔は歪んでいた。必死に肩を揺らし過ぎたようで、少女にとっては最悪の目覚めになってしまったらしい。


「いったぁ、てかここは……。」


「ここは大穴なんだよ。多分君は上から落ちて来たんだよ。」


 上と言われて見上げた先に広がる巨大な穴と暗闇に、あからさまに少女の口は引き攣った。特に裏も無く教えてくれた少女の笑顔を見てからなため尚更だろう。


「私、良く生きてたね。」


「頑丈なんだよ!」


 屈託の無い笑顔を向ける少女はライトブルーの綺麗なツインテールである。服装は少し薄汚れた緑のオーバーオールのようであるが、何処か土木作業員を想像させられた。花があるとすれば、綺麗に染色された赤いスカーフであろうか。

 ふいに注目していた赤いスカーフが揺れた。少女が振り返ったのだ。視線の先にいたのは、同じ服装をした少年であった。少女と違うとすれば、それは一人違う姿をした少女を睨むような視線を向けていたという事だ。


「やっと見付けたんだよ!」


「こっちの台詞だ。香花こうかを焚きすぎて鼻が利かなかったんだろ。」


「うっ、その通りなんだよ……。」


 少年は呆れたように頭に手をやり、持っていたスコップを担ぎながら二人に近付いた。そしてまだ起き上がる事無く唖然としている黒髪の少女を見下ろすと、また鋭い眼差しを向けた。


「お前、上から来たんだろ。」


「上……そう、なのかな。」


「曖昧な返答はいらねぇ。上には何がある、お前は上に住んでたのか。」


「曖昧って! 良く思い出せないのよ……てか、初対面で威圧的だし、印象最悪なんだけど!」


「わわわっ、ちょっとアルムはコミュニケーションが苦手なんだよ! 本当は優しい優しい性格なんだけど、ちょっと面倒な性格というか……。」


「モグ!」


 少年が現れて早々に険悪な雰囲気が漂う。モグと呼ばれたツインテールの少女は慌てて仲裁に入ろうとするも、どうやら失敗し墓穴まで掘ってしまったらしい。一方の上から来たとされる少女も負けん気が強いのか引く気配も見受けられず、少年と睨み合っている。


「あーもう! 生きてる地上人は貴重なんだよ! アルムだって分かってるんだよ?!」


「……ちっ、重要参考人には間違いないか。」


「なによそれ?」


「とりあえず穴暮あなぐらに帰るぞ。お前も来い。」


 モグの一言でとりあえず少年は納得したようであるが、少女の方は機嫌が収まらないようである。歩き出した少年の背中に睨みを利かせていたが、予想以上に強かった少女の力に引っ張られ、文句を言いながらも着いて行く事となった————。

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アナモグラシ きいろ。 @n_kumakuma

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