格ゲーが好きな僕は、投げキャラの良さがわからない。
早川
僕はバールズの良さがわからない。
2013年、小学校三年の夏休み、僕と
ここで攻撃を途切れさせると昴から差し込まれて投げに持っていかれる。そうなると僕のキャラクターの残りの体力じゃ持ちそうにないな。それなら割は小さくとも
そんなことを考えながら懸命にレバーを動かし、ボタンを叩く。画面の中のレイジは、そんな想いに呼応するかのように僕の思い描いたように動いて相手、バールズに着実に攻撃を当てていく。
しかし、チュイン!という何かを打ち消すような
結局その後も
僕、
ゲーム筐体の端から、昴がヒョコっと顔を出す。その顔に向かって僕は文句を言う。
「……何であのタイミングでJG決めれるんだよ」
「せこい悠馬のことだからあのタイミングで
「いや、読めてたからってそれに合わせて都合よくJGなんて出来るもんじゃないだろう……」
「見えたからそれに合わせてガードをしただけ。大体そこから一方的にやられたのは悠馬の精進不足」
「うぐっ……それは、まぁ……否定しないが……」
ゲーム筐体越しに話すのもしんどくなってきたので、席を立って近くのベンチに腰掛ける。昴がその隣に腰を下ろした。その距離の近さに僕は何だかソワソワする。
いつもダボっとしたシャツに黒のスキニー、肩口に切り揃えられた金髪を
「大体、悠馬の戦い方はつまらない。確かに上手くはなったけど、いつも同じことをしているから対策されて負ける。相手の意表をつくのも、立派な戦略」
「いや、言ってることはわかるけど昴みたいな戦い方は僕にはできないぞ?」
「やってみなきゃわからない。悠馬もバールズを使ってみれば良さがわかる。さぁレッツプレイ」
無感情な顔でそういう事を言われても何も響いてこない……。
「いやいや、使ったことはあるけどさ……僕のプレイにはどうしても合わないんだって。動き遅いし、レイジみたいに格好よくないし…」
「バールズの良さがわからないとは悠馬はまだまだおこちゃま」
その言葉にムッとしながら席を立つ。
「帰るの?」
「うん、そろそろ帰って宿題やらないといけないから」
「……そっか。じゃあ、また明日」
何か言いたい顔をしながらも、昴は手を振って”ReiseOver”をまたやり始めた。僕は昴のその態度が気になりつつも、宿題を早く終わらせてこれからの昴との時間をいっぱい作るために僕は家へ帰った。
次の日、いつものようにゲームセンターへ行くと、いつものように”ReiseOver”に座る昴を見つけてホッとした。1クレジット終わらせて席を立って僕の方へ歩いてくる。
「何か昨日言いたそうにしてたけど、何かあった?」
「……ううん、大丈夫。それよりも早くやるよ」
何か言おうとした言葉を飲み込んで、僕の手を引いてゲーム筐体へと引っ張っていった。その様子が引っかかりながらも僕は促されるままに席へ着いた。その日の昴は何だか動きがぎこちなくて、けど僕は昴に勝てたことが嬉しくてそんなことには気が付かずにはしゃいでいた。
それから何日か過ぎ、夏休みの宿題が終わる頃。
相変わらず僕はゲームセンターへ通っていたが、昴を見かけることはなかった。
§
「えー、突然だが篠宮はご両親の仕事の関係で別の学校へと転校することになった。本人が皆には内緒にしてくれと強く希望していたので、このタイミングで知らせることになってしまったが、何か別れの言葉があるものは後で個別で構わないから手紙を持ってきなさい。それと水無月、あとで先生のところへ来なさい」
僕がその話を聞かされたのは夏休み明けの最初の登校日、その
学校を休むことのなかった昴が来ていなかったことに胸騒ぎがしていた僕は、担任のその知らせに腑が落ちた。そのままHRは終わり、担任に言われたとおり僕は半ば機械的に職員室へ向かった。
「篠宮がな、これを水無月に渡しといてくれって。お前らそんな仲良かったのか?」
担任から手紙を受け取りながら、その言葉に僕は少しだけ頷く。
「……そうか。いつでもいいから、水無月も返事書いてやれよ。ほら、これ篠宮の新しい家の住所だから」
そう言って小さな紙片に”東京都○○区○○町○-○-○”という住所を書いて渡してくれた。
「ありがとう……ございます」
それだけなんとか担任に伝えて僕は家路に着いた。そこからどう帰ったかは覚えていない。
家に着いてからすぐ自室に籠もり僕は受け取った手紙の封を切り、真っ白な便箋を取り出す。
広げると女の子らしい小さく綺麗な字で短く、
”言えなくてごめん。 待ってる。”
とだけ書かれていた。
「……ど、どんだけ……言うの、遅いんだよ……」
昴らしいな、そんな事を考えながら僕はその時初めて昴が遠くへ行ってしまったことを理解して、涙を流した。
§
2020年、高校一年の夏休み。
このままコンボを繋ぎきっても体力少し残るな。そう判断した僕は焦らず、けれど素早くレバーを動かし、ボタンを叩く。画面の中のレイジがそれに呼応するように相手へ攻撃を叩きつけ、コンボを終える。
そのタイミングを待ってましたとばかりに相手のキャラクターが投げ技を仕掛けようとこちらへ掴みかかってくる。まさかこんなわかりやすい隙に食いついてくれるなんて思わず、ついにやけてしまう。バックステップを挟み相手の掴みを躱し、無防備になっている相手へ対して僕は技ゲージ全てを消費してレイジの必殺技を放った。当然回避も防御もできずに相手はその必殺技をモロに喰らい、地面に
「ふぅ……」
数クレジットプレイをし、一度休憩の為に席を立って自販機で飲み物を買う。
あれから僕は親元を離れ、東京の高校へ進学した。母から反対されるが、意外にも父が僕の味方に回ってくれたことによりどうにか母は納得してくれた。
そして東京でも変わらずに”ReiseOver”をやり続けている。
昴が引っ越していった夏休み明け当初は、昴との思い出が詰まったゲームセンターは居るだけで辛かったが、”待ってる”と言われたんだ、繋がりを自分から断ち切るわけにはいかなかった。結局僕と昴の繋がりはこれしかなかったから。相変わらずずっとレイジを使っているし、バールズの良さは高校生になった今少しだけわかった気もするが、使う気にはなれない。
手紙は毎日書いているが、送れずにずっと机の中に溜まっていっている。昴が勇気を出して手紙をくれたのになんて弱いんだろうと、いつも苛まされている。けど怖いのだ、送ったのに返事が来なかったらどうしようとか、変なことを書いていて嫌われたらどうしようとか、今となっては出した手紙がそのまま送れずに返ってくるんじゃないかとまで考えている。
ベンチへ座って、
顔を向けると結構な人数のギャラリーができていた。一番外側に着いて人垣の間から前を伺うと、ここの常連プレイヤーが必死に手を動かしていた。けれど、無情にも体力ゲージは削りきられ、ゲームセットの音が聞こえてくる。画面の中には倒れ伏すレイジと、勝利ポーズを決めるバールズが映っていた。
(まさかな……)
そんなことを思いながらも「もしかして」なんて思いが頭をもたげ、気づけば僕は人垣を押し退け、筐体の前へと座っていた。幸い、誰も挑もうとするプレイヤーは居なかったみたいで、誰にも止められること無く僕はクレジットを投入する。
慣れた手付きでレイジを選択し、ゲームが始まる。そこからは既視感の連続だった。
ここでレイジのコンボが途切れる。バールズがその繋ぎ目を狙って掴みかかってくる。それをバックステップで躱して技ゲージを消費し、連打を叩き込む技を相手へ放つ。それが全て見えているのか、全て適切にガードされる。技後の硬直を狙われ、掴まれて投げ飛ばされる。それだけでレイジの体力が必死に削ったバールズの体力と同程度まで減らされる。全く本当に理不尽だ、なんて憤慨しながらもそこから追撃されないよう距離を取って仕切り直す。
互いに互いの体力を削りきろうと懸命に手を動かす。そうしていると、レイジの小パンチがバールズへ刺さる。そこから一連のコンボを叩き込み、ダウンしたバールズが起きてきたタイミングで再度小パンチを入れようとしてふと思い出す。
僕は咄嗟に投げのコマンドを入れ、レイジはガードをしていたバールズをそのまま投げ飛ばした。
§
結果的にあの後2ラウンド取られ負けてしまったが、今の僕にはそんなことはどうでもよかった。椅子を倒す勢いで立ち上がり、筐体の向こう側を見る。確信とも言っていいこの気持を晴らすために。
筐体の向こう、そこに居たのは――
格ゲーが好きな僕は、投げキャラの良さがわからない。 早川 @casketstar
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