第4話蒸気の都

軍専用のナイトクラブ<サルーン>は、今宵も賑わっていた。

広々としたフロアでは、若い男女がスイングダンスを楽しんでいる。

脚を交互に交差させて、リズムとともにステップを踏む二等兵の青年とぎこちない化粧をした少女──カラフルな色合いの照明が、ダンスフロアを照らしていた。


恰幅の良いカイゼル髭の将校が、給仕に運ばせてきた上等なシャンパンのグラスを片手に赤ら顔を浮かべ、

半世紀近くは離れているであろう年齢の若いふくよかな体型の踊り子を口説いている。


ステージでは、雇われバンドがサックスを吹かし、続いてトランペットとトロンボーンが、フロア内に陽気に鳴り響いた。

「それでどうですかな、アザゼル殿、このクラブは」


山盛りのフルーツを黙々と食べていたアザゼルに声を掛けるレックス。


「ああ、悪くねえ、気に入ったよ」

黒革のソファーに座り、ダンスもスイングジャズの演奏もどこ吹く風でリンゴに齧りつきながら、アザゼルが答える。


「ほほ、それはよかった」


コーンパイプの煙をくゆらせながら、レックスが微笑む。


「それにしてもレックス博士も隅に置けませんね。これほどの麗人をどこからお連れに?」


額の部分に髑髏の紋章を付けた黒い軍帽を被った男が、気さくな口調でレックスに話しかける。

ウール製の上質なスーツ仕立ての黒い軍服、男の胸にはいくつもの勲章が見える。


顔は凛々しいハンサムで、年齢は二十代も半ば辺りか。


長身で、がっしりとした肩幅をしている。

女泣かせの伊達男と言った風情だ。


「これはこれはモッズ少佐殿」


レックスが軽く会釈する。

アザゼルはモッズの事など気にするそぶりも見せず、バナナを皮ごと食べている。


モッズはアザゼルの横顔を眺めながら近づくと、隣のソファーに腰を下ろした。

さも当然と言いたげに。


「やあ、私はモッズ、軍の佐官をしている。君のような美しい人は生まれて初めてみるよ。どうだろう、良ければ私と踊ってはいただけないだろうか、麗しの美姫よ」


キザったらしいが、実に様になる仕草でモッズがアザゼルの前に掌を差しだす。


これまでに何人の女たちをこうやって、篭絡してきたのだろうか。

自信に満ち溢れた表情を満面に浮かべている。



「食事の邪魔だっ、あっちにいきなっ」

モッズの手を払いのけると、次にアザゼルは、キャビアとブルーチーズを添えたカナッペを食べ始めた。

これには伊達男も形無しだ。


「おや、まさか少佐殿がフラれてしまうとは」

アルマニャックの注がれたグラスを片手で揺らしながら、レックスがおどけた口調で言う。


それに対し、動じた素振りを見せず、苦笑するとモッズは、レックスに肩をすくめて見せた。


「色気より食い気とは、これは飛んだじゃじゃ馬だったかな」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



蒸気の煙が立ち昇る皇都の上空を飛行船が通過した。

メインストリートを行き交う蒸気自動車を眺めながら、アザゼルは童のようにはしゃいだ。


「すげえっ、すげえっ、生の人間がこれだけいるなんてよっ」


廃墟に残された記録映像の中でしか知らなかった世界が、そこに広がっていた。

ミュータントではない、純粋な人間達の集まった巨大都市っ!


それから一時間ほどして高級住宅街に到着した。


広い敷地を赤い煉瓦で囲った屋敷だ。


アザゼルはレックスとともにアーチ状の門を潜り、観音開きの木製扉に足を踏み入れた。


「今戻ったぞ」


レックスが使用人たちに声を掛ける。


「お帰りなさいませ、旦那様。いま、お客人を書斎のほうにお通ししておりますが」


使用人の一人がそう告げると、レックスがわかったと答えてから、二階にある書斎へとあがっていく。


その間中、手持ち無沙汰になったアザゼルは、緑豊かな庭園に出て、転がりまわって遊び始めた。

ビニールハウス内で育てられた新鮮な草木に色鮮やかな花々を眺め、そして味わう。


「僕が大事に育てた花を食べないでよっ」


突然背後から声を掛けられたので、アザゼルは振り返った。


そこに立っていたのは、仕立ての良いYシャツに蝶ネクタイを付けた十代半ばほどの少年だった。


少年の言葉を無視するようにアザゼルは花を食い千切ると、ムシャムシャ食べた。

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これは文明崩壊後と崩壊前の世界を行き来しながら文明復興をさせていくスプラッターチェーンソーパンク物語 @yuyuyu3

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