第3話覚悟完了!
遺跡の調査にやってきた老学者のレックスは、
自分の部下である兵士たちを皆殺しにした怪物──全長十二メートルに達する食肉花<マンイータークイーン>に追い回されていた。
びっしりと棘の突き出た蠢く無数のツタ、伸びた茎の上に咲いた紫色の花弁の中心には、変な汁を滴らせた白い歯列が並んでいる。
控えめに見ても醜悪、かなりエグいビジュアルだ。
「人間の肉なんて久しぶりィ、食べ食べしなくっちゃァ」
語尾を伸ばした間の抜けたイントネーション、だが、喋るくらいの知能は有している。
それがマンイータークイーンという魔物だ。
「な、何でもするからわしを食べないでくれっ」
石畳の床を走りながら説得するレックス。
「ん、今何でもするって言ったわねェ、じゃあ、あたしのお肉になってちょうだいィ、そしたらふたりは一つになれるのよォ」
「お前の肉になるのは嫌だっ!!」
「愛してるゥ、愛してるわァ、あたしのチェリーミートォ」
残念ながら、レックスの説得は失敗に終わってしまった。
おまけに脱出しようにも、出口はマンイータークイーンの後ろにある。
こんな所で魔物に食われて死ぬなんて、絶対嫌だっ、神様っ、どうかこの哀れな僕をお助けくださいっ!
するとレックスの祈りが天に通じたのか、空間から美しい守護天使が現れたではないかっ!
遺跡に舞い降りた裸身の天使が、状況がつかめないのか、辺りを見回している。
「た、助けてくれっ」
天使に向かって、レックスは反射的に声を掛けた。
「おお、生の人間じゃねえかよっ、初めて見たぜっ」
レックスを見て驚く天使。
「愛しいお肉が増えたわァ」
獲物が増えて喜ぶマンイータークイーン。
「ああ……俺を食うってか?ふざけんじゃねえぞっ、このボケ花が、死にやがれェっっ!!」
跳躍した天使が、マンイータークイーンの頭上目掛けて踵を振り下ろした。
マンイータークイーンを襲う強烈な衝撃──水気を含んだ肉を潰すグチャっという音があたりに響く。
飛び散る肉片と紫色の汁。
マンイータークイーン、花弁と茎を爆散させての大昇天っ!
花だけに華々しく散っていったので、マンイータークイーンとしては、さぞや本望だっただろう。
毒々しい紫色をした不快な腐臭を放つ体液をその裸身に浴びながら、天使は軽やかに着地してみせた。
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「ゲロゲロ、カエルっ、ゲロゲロ、カエルっ、キャハハっ!」
沼で鳴いているカエルを眺めながら、元気よくアザゼルが歌う。
そんなアザゼルを横目で見やりながら、レックスは何者だろうかと考えた。
少なくとも只者ではないことだけは確かだ。
マンイータークイーンを一人で、それも一撃で倒せる者が只者であるはずがない。
只者であってたまるか。
年齢は十代ほど、外見は絶世の美少女、だが行動は粗野で粗暴、まるでならず者のような口の利き方をする。
あの時は気が動転していたが、少なくとも天使の類ではない。
清純だとか慈愛だとか以前に、気品の欠片すら見当たらない。
名前はアザゼル、遺跡にいた理由は不明。
マンイータークイーンの肉を前歯で噛みちぎりながら、陽気にはしゃぐアザゼル。
思わずレックスは口元を押さえた。
胃袋の中身をぶちまけそうになったからだ。
(よくあんなゲテモノ食えるのう……)
マンイータークイーンの肉など、とても口にできるような代物ではない。
あれを食うくらいなら腐って蛆の湧いた肉や犬の糞を食ったほうが、まだマシだろう。
それでもアザゼルは、美味い、美味いと言いながら齧っている。
どういう味覚をしているのだろうか。
「あの、それ本当に美味しいですか?」
「ああ、そこそこ美味いぜ。ゾンビの肉にゃ、ちょいと劣るがな」
食肉花を粗方食べてしまうと、次は沼の水をがぶ飲みするアザゼル。
「生水は腹を壊しますぞ、アザゼル殿」
レックスが忠告してやる。
「そうか。でもよ、ここまで汚染されてない水なんて生まれて初めてみるんでな」
草むらから飛び出してきたバッタを捕まえると、アザゼルは珍しそうに眺めた。
そのままバッタの頭を齧る。
「……アザゼル殿はバッタもお好きなようですな」
「御馳走を見逃す手はねえさ」
唇からはみ出したバッタの脚を呑み込むと、アザゼルは緋色に濡れた舌を出した。
その仕草がやたらとエロティックだ。
雀百まで踊り忘れず、初老とはいえ、レックスもまだまだ男だ。
正直、目のやり場に困った。
そうこうしている内に野営地に到着する二人。
すると、その場にいた兵士たちがレックスに対し、敬礼した。
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