第2話崩壊世界後の超人兵器。
頭上から降り注ぐ熱いシャワーの感触、アザゼルは付着したゾンビの体液を洗い流した。
シャワーを浴びるのは、これで六度目だ。
アザゼルが、ソープの泡がついた腋窩を掌でゴシゴシ擦る。
ほっそりとしたしなやかな四肢と鮮やかに艶めいた黒髪、くびれた腰つき、
長い睫毛、流麗な弧を描いた明眸、そして官能的に輝くワインレッドの唇──それは素晴らしい造形美だった。
類まれなる美貌だ。
だが、ただ美しいだけではない。
なによりも情熱的で、エロティックな色気が漂っている。
アザゼルが美しいのは、そういう風に造られたからだ。
打ち捨てられた巨大な遺伝工学研究所の狂ったAIが産み落としたる魔の私生児。
強大な戦闘力を秘めた戦争用の超人戦士、それがアザゼルの生い立ちだ。
とはいえ、国も政府もすでに崩壊している。
つまり、戦争どころの話ではない。
そもそも戦争をやる余裕がない。
なので、アザゼルには自分が何者であるかとか、どういう目的で生み出されたのかという役割を持たない。
本来ならば、戦争用人型戦略機動兵器などのなんだか尤もらしい名称と、それらしいアイデンティティーを与えられて戦場に駆り出されている所だ。
だが、軍隊は消え去り、人類などこの地上からほとんど死滅してしまっている。
特に脆弱な旧人類は、完全にこの地上から消えてしまったのではないだろうか。
少なくとも生まれてこの方、アザゼルは生の人間などお目にかかったことがない。
ここでアザゼルが自分という存在に葛藤し、苦しんだりすれば、そこにある種のヒューマンドラマが生まれるだろう。
だが、当の本人はそんなものは全く気に留めておらず、感情と衝動と本能の赴くままに生きている。
白骨街道にあふれる狂った殺戮サイボーグやら怪光線を放つ殺人ロボット、ゾンビ、人食いクリーチャーにミュータント、地震、
竜巻に飛行する巨大サメ、暴走する無人戦車に汽車、列車、常に新種のウイルスや細菌が蔓延るそんなごった煮の状態にある荒野をたった一人で闊歩する放浪者。
頭と胃袋はいつも空っぽ、知能は低いが生命力は高い、食欲旺盛なる野生児、感傷には無縁、それがアザゼルという存在だっ!
アザゼルはシャワールームを出ると、全てのゾンビを駆逐した基地内で早速羽を伸ばし始めた。
2パックの<カリフォルニアラブ>を流しながら、火炎放射器でゾンビを炙って焼き肉を作ってみたり、ゾンビの骨をスティック代わりにドラムを叩いたり、
ブランコに乗ったり、クエンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスとコーエン兄弟の映画を徹夜で鑑賞したり、
そうかと思えばセルジオ・コルブッチのマカロニ・ウェスタンにハマって、ジャンゴの物真似をしはじめたり。
両手を包帯でぐるぐる巻きにし、木の枝で作ったみすぼらしい十字架の前に蹲ると、壊れた拳銃を取り出す。
そしておもむろにトリガーガードを口に咥え、はずした。
そして十字架の杭で拳銃を固定すると、包帯を巻いた手でハンターを叩き続ける。
「バンっ、バンっ、バキューンっ、アーメンッ!!」
アザゼルの脳内ではジャンゴに撃たれ、次々に倒れていく悪党達の姿がリピートされていた。
やることのない暇人だ。
それから一か月ほど基地で過ごしたアザゼルは、再び移動をはじめた。
倉庫から引っ張り出してきた芝居の小道具に使う棺桶とカウボーイの衣装を着て。
口端には作り物の葉巻、本人はジュリアーノ・ジェンマかフランコ・ネロ 、はたまたクリント・イーストウッドのつもりらしい。
どれだけミーハーなのだろうか。バカはすぐに影響を受けるからしょうがない。
アザゼルは意気揚々と旅立った。
深紅のキャデラックに乗って。
これは仕方がない。
基地には馬がいなかったからだ。
そもそも馬自体がほとんど絶滅している。
早速キャデラックを発進させる。
だが、次の瞬間、宇宙から飛来した隕石が、ピンポイントでアザゼルを吹き飛ばしたっ!
空中高く舞い上がる旅のカウボーイ、爆ぜる肉体、千切れる肢体、たまったもんじゃない。
視界はブラックアウト、もう風前の灯さ。
──死ぬ前に俺と似たような奴と会話をしてみたかったな。
砕ける隕石、飛び散る破片が身体を突き破る。
死ぬ間際は意外と冷静、どこかに飛んでいく意識。
次に目を覚ますと、そこは石壁でできた部屋。
(こいつは一体なんだ、ここは一体どこなんだ?)
アザゼルの空っぽ頭で考えても答えは出るわけない。
とりあえずアザゼルは、部屋を出た。
するとトラップが発動、またどこかに飛ばされた。
警戒心がないと、こういうことになる。
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