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cancan

『 master/slave 』


雨乃あめの。君に夏休みの宿題を出してあげよう」


「宿題ならさっきので全部頂いたはずですが?」


「それとは別にだ」


「私のこと暇だと思っていますか?」


「もちろん」


「女子高生の八月というのも案外忙しいものですよ」


「バイトもしない。友達もいない。宿題も最終日までやらない。そのような人間がどのように忙しいのか」


「先生は先生ですけど、まだまだ子供ですね」


「俺が子供? なぜ? 理由は――」


「世の中。正解でもいわない方がいいこともある」


 先生も28歳なのだから言葉を選んだ方がいい。

 顔がいいだけでは世の中渡っていけない。


「つまりデリカシーが足りないと」


「Yes。何もいわないでも相手を察し気づかう。これは日本人の美徳です」


「あ! 一万円!」


 先生は教室の窓の外の空を指す。


「どこ!? どにあるの!」


 その先に目を凝らす。

 しかしどこまでも晴れきった青い夏があるだけで、空に一万円などない。

 存在していない。


「悲しいね。美徳を語る日本人が金欲まみれだとは……」


 私の顔をじっと見た後、

 遠くの空を見つめ悲しい目をする先生。


「私はお金が欲しかったわけではなく、空を飛んでいる一万円という現象が本当にあるかどうかの検証をしていただけです」


「さすが高校生。好奇心旺盛だな」


 意地の悪そうな笑い方をする。


「……」


 ジトっとした目で先生を見つめる。


「なんだ?」


「私は貧しくて死ぬのが嫌なだけですよ」


「貧乏はいいぞ! 人間を成長させる」


「それは無駄な苦労というものです」


「そういう訳で雨乃、とてつもなく貧乏な君に話を持ってきた」


 何がそういう訳だ……


「それがさっきの宿題という訳ですか」


「その通り。君が嫌う貧乏生活からの脱出だ」


「お断りします」


「君が命より大事にしているお金も手に入るぞ」


 先生にどのような人間だと思われているのか。

 不安になってきた。


「校則でバイトは禁止されています」


「とても労働基準監督署にはいえない案件なので大丈夫だ! バイトじゃない!」


「危険! まともな仕事じゃないでしょう!」


「だから仕事じゃない。宿題だ」


「なるほど。宿題というからには強制なのか」


「そうだ。がんばってくれたまえよ――高校生」


 人をからかっているような、値踏みするような、いやらしい笑い顔で教壇の上に乗せられた鞄から何かを取り出す。


「モバイルのゲームハード?」


「そう。携帯ゲーム機だ」


「なるほど。先生もかわいいところがあるのですね」


「え?」


「私と仲良くゲームをしたいのなら……素直にそういえばいいのに」


 照れる。顔が少し赤くなっているかもしれない。


「全然違う」


「またまたぁ、おすすめのゲームがあるのではないですかぁ?」 


「ない。先生は時間を無駄にするのは嫌いなんだ」


「私と楽しくゲームする時間は無駄だと」


「無駄だ。先生は仕事とプライベートはきっちり分ける人間なんだよ」


 笑顔だが目の奥だけ見ると、とてつもなく冷たい。

 こいつ本気だ!

 私と遊ぶことは仕事の一環だと思っていやがる。


「それでそのゲーム機は何?」


 泣きたいのをぐっとこらえる。


「お前ゲームに詳しいよな。これの謎を解いてほしい」


 ゲーム機を手渡される。スマホよりだいぶ重く大きい、けれど画面はだいぶ小さい。下にボタンが二つと十字キーだけ。本体色は灰色。

 このような小さな画面でゲームできるのか疑問だ。


(詳しいといっても、ここまで古いのは解らない……)


 電源を入れてみることにする。

 起動ボタンではなく、左上についたスライド式スイッチ。

 右に動かすと電源が入るらしい。


「ふーん……謎ね。てか先生。これ電源入らないよ、バッテリー切れ?」


「バッテリーは入れてある。単三が四本」


「壊れているの?」


「どうなのかな。ゲーム本体に限っていえば壊れてはいない、他のソフトは起動可能だった」


「ソフト側が壊れている?」


「そうだな」


「どこで手に入れたの?」


「それは話すことができない」


「つまり正規のルートではなく、怪しい取引で手に入れた」


「話せない」


「非合法なものは正規のルートで修理できませんしね」


「それな」


「でも価値があるから修理したい」


「その通り。20年以上前の誰も見たことがない未発売のゲーム――実は、ほぼ完成していて、さらに現存しているとする。市場に出回れば結構な金額になるはず」


「10万位?」


「ワンチャン。1000万円位いくかもしれない」


「売りましょう!」


「売らない。その前に動かない」


「売らないのなら直さなくてもいいでしょう」


「売る売らないの問題ではない。実際に動くから価値がある」


 先生は少し間をおいて「存在にね」と付け足す。


「へー」


 私には理解できないロマンだ。


「本体にささっているカートリッジの中に、ゲームのプログラムが入っている」


 カートリッジは物々しい雰囲気だった。青緑色の基盤が剥き出しで記憶媒体と思われるメモリや、私でも見たことがない配線と部品が付いている。

 とても完成品には見えない。

 開発途中、もしくはソフト開発するための機材。

 中心に装着された大きめのメモリには何も書かれていない幅広の白いテープが貼ってある。

 今は消えているが、以前は文字が書いてあったのだと推測できる。

 

「どのようなゲームが中に?」


「90年代に人気だった漫画がゲーム化されたものらしい」


「らしいとは……だいぶ曖昧ですね」


「ああ。そもそもこのゲームは販売されていない。だから俺も……いや開発者以外はゲームが動いているところをまともに見ていない」


「?」


「これは発売予定のゲームとして、当時のゲーム雑誌に七年間も掲載され続けた」


「え、開発期間が七年もかけられたということ?」


「だから、七年かけて発売したのではない。だったんだ」


「つまり、ずっと予定されていただけ」


「そう。出る出る詐欺ね」


「何で発売されなかったの?」


「いろいろ噂はある……開発が遅れて、時代に取り残されてしまったとか、原作者の許可が下りなかったとか」


「ふーん」


「一説では金銭的な問題でかなり揉めたとか」


「よくある系だね」


「詳しいことは解らない。真相は闇の中という感じか」


 私はゲーム機の電池を取り外してから、再度はめる。起動スイッチも何度もカチカチ動かした。

 しかし動く気配はない。


「これ動作しているところは見たことありますか?」


「俺はない」


「他の人は見たことがあると」


「そうなる」


「いつ頃まで?」


「わからない」


「もしかしたら今年に入ってから預かりましたか?」


「今年だ」


「ふーん」


「それがどうかしたのか?」


「いや……ところでゲーム機にある時計を設定したいのですけれど」

 

「時計は付いてないぞ」


「え!? 時計がないゲーム機って?」


「昔は無かったらしい」


 私はソフトの構造を確認した。

 なるほど――

「このゲーム……動いたら。私の取り分はいくら?」


「学生に現金は渡せないから何か好きなものを買ってやろう。なんでもいいぞ」


 最初はお金をくれるといっていたのに……


「わかりました。でで、でも好きなものを買う際、一日中ずっと私に付きあってくれますか……か?」


 すごく噛んだ。


「いいだろう」


 やった。心の中で飛び跳ねる。


「承知しました」


「何でにやけているんだ。解ったのか?」


「にやけてません! でも謎は解けました」


「おお! 先生はお前ならできると信じていたぞ」


 私は先生が私を信じていたということを信じられない。

 この信頼はきっと後付けだろう。

 大人は嘘つきだ。


「まず先生。電子機器にある2020年問題をご存じですか?」


「ああ、プログラムの関係で2020年になると同時にコンピューターが止まる危険性があったやつ?」


「それ」


「雨乃、残念だけどそれはない。お前もさっき見た通り、このゲーム機自体に時計というものが存在しない。つまりその問題は起こらない」


「本体になくても、ソフト側に時計があるかも」


「それは考えた。だから一度、初期化してある」


 確かに時計をリセットすれば2020年だと認識できないで止まる問題が解決できる。ある年式以降を認識できないのなら、ソフトに過去、例えば1900年代と誤認識させればいい。


「どのように初期化を?」


「シンプルな方法。付いていた時間設定メモリの電池を抜いた」


 おかしい。普通はそのやり方でリセットできるはずだ。

 

「それでも動かなかった?」


「そうだ。ということはソフトに時計は付いていない」


「そうですかね?」


「普通そうなるだろ」


「いや、もう一つ可能性が」


「?」


「電池を抜いただけではリセットできていなかった。ソフト中の時計が2020年になる直前で未だ停止している可能性があります」


「理由は?」


「まず先生は電池が使えなくなっていると考えた」


「20年前の電池だぞ? だから新しいものに交換した」


「使えないことを確認した? もし装着されていた古い電池が生きていれば時計は動いたままのはず」


「確認はしていない。でも……交換するために一回抜いているんだ。例え時計が動いたままだったとしても、そこで時計は初期設定に戻る」


 電力が一時的に供給されなければ初期化できる。

 と考える。普通は――


「電池を交換する間に一時的に電力を貯めておく場所があることを知っていますか?」


「コンデンサ(蓄電装置)か。確かにそれが機能していれば時計の設定は一時的に保たれるか……」


「はい。コンデンサ内にある電気で(電池交換している一瞬だけ)設定を維持できる。なので――」


 電池を抜いて10分程度、ゲーム機を放置した。

 それ位でコンデンサ内の電気はなくなり、時計を初期化できる。

 で、電源を入れる。


「おぉ」


 液晶画面にドットで描かれたメーカーロゴが現れ、本体からチープな電子音がした。


「動いた」


「さすが雨乃!」


「案外簡単でしたね。謎解きじゃなくて、ただの修理に近かったけど」


「でも残念だったな。これを家に持って帰り、黙ってオークションで売れば今頃お金持ちだったぞ」


「いりませんよ。だって貧乏は人を成長させるって先生はいったでしょう」

 

 先生は「確かに」といって笑った。


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