星奈が戻る!

 

 「リク。その6人のことなんだけど……、あっ! 今、何時?」


 彼女は慌てて、華奢な左手首にはめている腕時計を見て言った。


 「しまった! あと30秒でヒマリが帰ってくる!」

 「え!?」


 あと30秒って! ヤバいヤバいヤバい!!!!


 「星奈、ここからはもう一人で帰れるでしょ! じゃあね!」


 そう言って走り去ろうとしたところ、彼女に手を掴まれた。


 「へ?」

 「へ? じゃないよ」

 「いやいや、僕はもう大丈夫でしょ!」

 「大丈夫じゃないよ。だって、今回は手紙を書いてないから、ヒマリは混乱すると思うよ?」


 ……本当だ。


 彼女は僕の手を握りしめ、僕の目をジッと見つめている。


 「ヒマリ、泣いちゃうかも」


 コイツは本当に……!!


 「リク。『人間のことはなににてあれ、大いなる心労に値せず』。優しくあれ。人は誰しもみな戦っているのだから」


 ……哲学者め。


 「じゃあ、ヒマリを頼んだよ」


 そう言うと、彼女の体は僕の手を握ったまま、ふらっと脱力した。


 「おっ、ちょっとちょっとちょっと……!」


 僕は、地面に倒れそうになった彼女の体を引き寄せた。




 彼女はゆっくり目を開けた。




 「……キャッ!」

 「わ!」


 驚いた彼女は、慌てて僕の体を振り払った。


 「……誰?」

 「あ、あの、リク……です。綾戸リク」

 「それはわかってる!」

 「へ?」

 「誰と話してたの!?」

 「……プラトン」


 それを聞いた星奈は、ホッとした表情を浮かべたかと思うと、なんとも言えない大きなため息をついた。


 「とりあえず、《アイツ》じゃなくてよかった……」

 「え、《アイツ》って?」

 「いや、いいの。

  というか、何であなたがここにいるの? しかも、私の体に触ってたでしょ!?」

 「いや、そ、それは星奈が急に倒れそうになるから……」

 「あ、ごめん……」

 「とりあえず一旦落ち着こう。また興奮して《哲学者》になってしまったら大変だし」

 「……プラトンに聞いたんだ……」

 「うん」

 「でも大丈夫。一回出ると、みんな24時間は出てこないみたい」

 「……そうなんだ」


 プラトン、それ言っとけよ!


 僕は心の中で強く思った。


 「リク……くん。プラトン、何か言ってた?」


 急に初々しくなった星奈が、可愛くて仕方がなかった。


 でも、星奈のことを思うと、彼女は今、不安でいっぱいに違いない。

 僕は、プラトンとの一部始終をすべて話した。


 ニャン吉と遊んでいる星奈を驚かせてしまったこと。「始まりは、全体の半ばである」といきなり言い出したこと。一緒に帰ることになったこと。呼び捨てで呼び合うことになったこと。一緒に対話しながら考えたこと。(プラトンが星奈の可愛さを利用して、僕をからかっていたことは内緒にしつつ)。……そして、星奈の過去のこと。




 「でね、プラトンの最後の言葉はね、『優しくあれ。人は誰しもみな戦っているのだから』だって。笑っちゃうよね? 『あれ』って! 三四郎の小宮かって!」


 そう言ってふと星奈に目を向けると、彼女は震えながら涙を流していた。


 「え……!? ごめんごめん! そういうつもりじゃ……」

 「違う」

 「へ?」

 「……嬉しいの」


 星奈の涙は止まらない。


 「……いつも一人だったから、嬉しくて……」


 ……そうか。

 そうだよな。

 孤独だったよな。


 「……ありがとう。リク」



 震えて泣きじゃくる星奈。


 僕はその小さな背中を、そっと掌で支えてあげることしかできなかった——


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転校してきた女子高生はメチャメチャ美少女で、しかも完ペキに哲学者だった 廣木烏里 @hsato

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