にょ〜んとした男

メンタル弱男

にょ〜んとした男

『おいおい!なんだよ、その“にょ〜ん”とした顔はよぉ!』


 俺がここに来て初めて言われた言葉だ。


 なんという心無い表現だ、とジンワリ涙が溢れそうになったものの、その表現がいかに的確であったのかは、周りからチラホラ聞こえる『にょ〜ん(笑)』で理解する事ができた。

 やはり文明の違いは、あらゆる価値観のズレに繋がるのだと実感した。ここにいる人達は、我々との交流の機会があまりにも無かったのだろう。この地から遥か遠い地元で俺は

『早くモデルになった方がええのに〜。周り見てみい。こんなシュッとした顔おらんで』とオバ様達から絶賛される程、イケメンで名が通っている、、、、、、通っているハズだと思う。

 早く地元に帰りたい。ここは食べ物も合わないし、やっぱり懐かしいみんなの顔が心を暖かく締め付けてくる。


 こんなにも俺が地元にこだわっているのには、というよりも、地元になんとか特別感を演出しようとしているのには理由がある。


 それは、俺が月から来た宇宙人だからだ。


 俺の何をも気にしない突然の宣言で、『まさかSF・ミステリー部門に応募するから、ちょっと無理やりな設定をぶち込んだんじゃないの?』とかなんとか思われそうで、少し怖くなってきた。

 まぁもちろんそれも然りだが、本当の事なのだから仕方がない。


 そう、俺は月から実地調査のために地球に来た、所謂宇宙人と呼ばれる存在なのだ。(強調しておきたいがあまり、二回も言ってしまった。)


 月と地球は、天文学的な観点から言っても、また詩的な観点から言っても、長くそして深い関係を築いてきた。数多くの地球人が月に魅惑のエネルギーを感じて様々な表現をしてきたのは先代の調査隊が確認済みだ。それは我々も同様で、この色とりどりな地球の迫力に圧倒され大きな憧れを抱いてきた。お互いが直接干渉し合う事は無く、見えない力によって強く結ばれていたのだ。


 そんな長く続いていた関係は突如として終止符を打たれる事となる。それは約五十年も前、地球人が月面に初着陸したのがきっかけだ。


 これは父親が子供の頃の事だが、彼はいまだにその当時の日記を見せてきて、

『ほんまに怖かったんやで〜。いやぁあの頃のニュース番組は毎日地球人の特集やったもんなぁ。その前にもあったんやで、よう分からん機械が落ちてきた事は。それは詳しく調査されとって、地球から来た事は分かっとったみたいやけど、人が乗っとったんは初めてやったわ。でもなぁ、そん時にずっと周回してた未確認飛行物体、父さんは絶対怪しいと睨んどったんや。彼らが残していった足跡も、誰が思いついたんか知らんけど、有料の観光地と化して人気やったんやで。父さんもなぁ、行きたかったのに。じいちゃんがなんや知らん値段の高い壺、騙されて買うてきて、お金ないお金ないの一点張り。結局行くことは無かった。やっぱりあの時はみんながその話で持ちきりやったから、なんか時代に乗り遅れた気がしてな、それからは父さんは、云々かんぬん、、、』


 話し好きの父親の長いセリフ引用で少し本題から逸れてしまったが、やはり地球人の月面着陸は、我々にとって良くも悪くも大きな衝撃を与えたのだ。


『いち早く彼らとの接触を試み、友好を深めていくべきだ!あの飛行物体からも推測できるが、科学技術がかなり発達しているだろうから、我々の知識も合わせて共有する事でお互いのさらなる発展が望まれる!』

『なにを言ってるんだ!あの技術力があるから恐ろしいんだろう。今回はある種の宣戦布告と捉えた方がいい!』


 こんなやりとりがお偉いさんの臨時会で飛び交っていたらしい。とにかくあれから我々も、『地球』というよりは『地球人』を意識し始めるようになった。


 地球人調査委員会が発足された後、工学を中心とした各分野のスペシャリストも招集され、すぐさま地球探査機の作製に取り掛かった。そうしているうちにも、地球人はどんどんと月面に降り立ったようで、調査委員会はさらに研究開発のペースを早めた。


 そして、とうとう探査機が出来上がったらあまりの嬉しさと、地球人に負けていられないという気持ちの焦りで、いきなりの有人探査を行ったのだ。以後、この調査委員会は何度も地球への実地調査を行い、数多くの資料を得ることができた。以下はその一例である。


・地球には液体の水が多く存在している事。

・地球の自然科学は、月でのそれと同じ概念である事。

・地球の中でも、たくさんの言語や文化があり、そのどれもが素晴らしい歴史を持っている事。

・地球人は何度も月面調査を行っているにも関わらず、月には生命体が存在しないと結論している事。

・我々の他にも、地球の調査を行なっている宇宙人がいるという事を、とある雑誌が取り上げていた事。

・その雑誌に、第十六回調査隊の探査機が映り込んだ写真が、うっかり掲載されてしまった事。

・また、別の雑誌で特集されていたテレビゲームという物が、地球人の子供の間で流行している事。

・そのテレビゲームに熱中しすぎたあまり、眼鏡を購入しなければならなくなる子もいるという事。

・そのテレビゲームが、携帯できる小型の機械へと変貌していく事。、、、等々。


 少々、情報の選別に偏りがみられたものの、必要不必要関係なく地球人についての様々な情報が月で共有される事となった。


 とにかく、この調査にはしっかりとした歴史があり、我々が地球人をあらゆる角度から理解し、どのように地球人と接していけばいいかを模索してきた。

 そして俺は第三十七回調査隊隊員に選ばれてこの地球へやって来たのだ。なお今回は調査委員会の経費の問題(と、小説著者のちょっと怠惰な性格による、設定単純化への切望)により、第三十七回調査隊の隊員は俺一人のみである。調査内容が、地球の情勢の把握と地質学的サンプルの収集なので一人でも全く問題ないのだが、やはり寂しい。早く月に帰りたい。


 しかし、俺はこの地球へ来た時から、なにか異様な雰囲気を感じずにはいられなかったのだ。それを調査するまでは帰れない。


 まず前任のデータによれば、今年は東京という都市で四年に一度のスポーツの祭典が行われるとの事だが、全くその様子は窺えない。

 そしてやけに街に人気がないような気がするのだが、、、。


 俺はとりあえず、代々木公園という場所(いつも調査隊の着陸場所となっている)に探査機を隠し、とても分厚いのに物凄く内容は薄い調査計画書に沿って、街をうろつき始めた。


 我々は地球人の目に映らない。ただそれでは地球人との直接的な接触は行えないので、見えるようにする事もできる。俺はあまりにこの街の様子がおかしいので、すぐさま地球人との接触をはかった。


 渋谷のスクランブル交差点。信号待ちしている地球人は、データに比べると明らかに数が少ない。俺は自分の姿を晒し、すました顔で、足でリズムを刻みながら信号を待っていた。かつての調査隊員が本物だと勘違いして震え上がったという、忠犬ハチ公像が左手に見えた。

 

 信号が青になる。俺はチラホラと周りにいる地球人達と足並みを揃えて歩き出す。すると前の方から、真ん中の髪の毛だけがとてもトンガっている男(後でこの髪型を調べてみたら、モヒカン、と表現されていた)が近づいていたが、俺は周りをキョロキョロしながらフラフラと歩いてしまっていた為、肩がぶつかってしまった。そこで一言、、、


『おいおい!なんだよ、その“にょ〜ん”とした顔はよぉ!』


俺が地球に来て初めて言われた言葉である。


なんという心無い表現だ、とジンワリ涙が溢れそうになったものの、その表現がいかに的確であったのかは、周りからチラホラ聞こえる『にょ〜ん(笑)』で理解する事ができた。


 だが俺は何も臆する事はなかった。それ以上に、今この地球に何が起こっているのか確かめたかった。


『俺は、にょ〜んとした男だよ!この、にょ〜んは、俺を俺たらしめてる個性なんだよ!お前のその頭だってそうだろ!何かを表現しようと、隠しきれない力が見えてくるんだよ!』


『何言ってんだお前??俺のモヒカン語るのは100年早えよ!』


『要は、モヒカンよりもモヒカンを選んだお前の気持ちが大事だっていう事なんだ!

、、、?俺は何を言ってるんだ?自分でも訳が分からなくなってきた!俺が聞きたいのは今の地球が何故こんなにも異常なのかどうか、、、それは知っているか?俺が聞いていた東京はこんなにも静かではないし、人が少なすぎる。』


『よく分からんが、俺のモヒカンを否定してるわけではなさそうだから許してやろう。お互い目立つ特徴を持った仲間だからな。それに俺もここ最近イライラしすぎて、すぐにがっついてしまったことは申し訳なかった。ところでお前が一体何故何も知らないのか、それが謎なんだが、今年に入ってから新型のウイルスが蔓延しただろ?』


『ウイルス?それは今までにもあったんじゃ、、、』


『新しいのが流行って、今までにないくらい世界が厳しい対応を迫られている。要はウイルスを蔓延させない為に、個人が取らなければならない対応が、あらゆる人にとって辛く大変なものになってるんだ。俺もこの通り、家族が食べるご飯を買って帰ってるよ。なるべく一人で買い物して、なるべく家で過ごすために。』


『ウイルスを抑えるために、みんな家で過ごしているのか、、、そんな事聞いた事がないよ。出来るものなのか?』


『やらなければいけないんだよ。気を緩めたら負けるんだ。これが唯一できる俺たちの戦い方なんだよ。』


 俺は何かこの男にとてつもない覚悟を感じた。地球人は皆こうなのかもしれない。俺はすぐにノートを取り出し、今の会話とこの状況をメモした。地球人は今、とてつもない苦境に立たされている。だからこそ見える地球人の本質があると思った。地球人の強さ、そして底力を記録していかなければならない。そして、この苦境を乗り越えた地球人を書きたいと強く思う。

 






 




 




 

 




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