第2話 試験の結果と……


「秋人君のこと……私は食べたいんだけど?」


「あの……春奈さん? 言ってる意味が……ゴ、ゴメン、俺急ぐから!


 秋人は訳が解らないまま、再び走り出した。思春期の高校生らしく、悶々とした想像が頭の中を駆け巡るが――今はそんな場合じゃないと、必死に振り払って。


涼香すずか……)


 九条涼香くじょうすずかが向かった戦乙女ヴァルキリー選抜試験の会場を目指した。


 秋人たちが住んでいる市浜市の郊外に、試験会場はあった。


 自衛隊基地を改装した戦乙女ヴァルキリー訓練施設にある巨大な体育館――分厚いコンクリートに囲まれた無機質な建物の中に、県内各地から女子高校生たちが、視線を受けるために集まっていた。


 そんな彼女たちの大半が、落胆した表情で涙を浮かべながら、友達や後輩に慰められて秋人とは逆向きに歩いていく。

 最終選考に残るのは、ほとんどが高校二年か三年生で。その上合格率五パーセント以下という狭き門なのだ。


 時計を見ると十二時を過ぎており、涼香の最終選考もとっくに終わっている筈だった。

 一年生の涼香が合格できる確率は、それこそ天文学的数字であり。涼香にはあと二年あるのだから、不合格だとしても悲観するようなことは無いのだが――


 負けず嫌いな涼香の性格を知っている秋人は、きっと落ち込んでいるんじゃないかと心配で。必死になって彼女の姿を探した。


「秋人……」


 不意に聞きなれた声が聞いて……秋人は立ち止まる。

 涼香が体育館の壁を背にして、立っているのが見えた。


「涼香……」


「もう、遅いよ。秋人……私の試験、終わっちゃったよ」


 ニッコリと笑う涼香に、秋人はゆっくり近づいていく。


 負けず嫌いの涼香は――どんなに落ち込んでいるときでも笑う。そんな彼女をずっと見て来たから……こういうときにどんな言葉を掛ければ良いか、秋人には解っていた。


「なあ、涼香……腹減っただろう? 今日は俺が奢るからさ……その……パーッとやろうぜ!」


「へえー……秋人が奢ってくれるなんて、めずらしい。じゃあ、お言葉に甘えまして……」


 涼香はそう言って、秋人の腕を取る。


 口惜しさを噛みしめるときは、決まって彼女は笑いながら、ギュッと秋人の袖を掴むのだが――今日は違った。秋人の腕を抱え込むようにして、肩に凭れ掛かって来た。


「涼香……おまえ……」


 そんなに悔しいんなら、泣いたって――そう言おうとした秋人を、涼香は上目遣いで見る。


「もう、秋人……勝手に勘違いするなんてひどいよ。私……合格したんだからね!」


 悪戯っぽく笑って舌を出す彼女に、秋人は目を見開く。


「え……マジで? 涼香、すごいよ!!!」


 涼香の肩を掴んで、興奮して叫ぶ。


「あめでとう、涼香! おまえがずっと頑張ってたこと、俺は知っているけどさ。それでも、合格するのは簡単じゃないって思ってから……アレ……」


 まるで自分の事のように嬉しくて――いつの間にか涙が溢れ出していた。


「もう……なんで秋人が泣くのよ……」


 本気で心配してくて、本気で喜んでくれる秋人の気持ちが嬉しくて――涼香は頬を赤く染める。


「秋人、ありがとう……でも、顔が近いって……」


「あ、ゴメン……」


 急に自分がしている事が恥ずかしくなって、秋人は涼香から離れてると――そのときになって初めて、周りの生徒たちの注目を集めていることに気づく。


 生暖かい視線も少しはあったが……周りには落胆して涙を流している生徒たちや、彼女たちを慰めている者が大半で、場違い感が半端なかった。


(涼香だって、泣いてたかもしれないのに……俺は馬鹿だ)


 秋人は周りの生徒たちに向かって、無言で頭を下げると、


「涼香、ゴメン……走るよ!」


「え、ちょって……」


 涼香の返事も待たずに手を掴むと、思いっきり走り出す。


「秋人……うん、解った……」


 秋人の気持ちが涼香にも解ったから……手を握らるのは少し恥ずかしかったが、文句は言わなかった。


 試験会場の出口に向かって二人が走っていると――突然、けたたましいサイレンの音が聞こえた。


『第一級緊急警報――市浜市西区菅山町に、『深淵よりの侵略者アビス・アグレッサー』出現! 付近の市民の方は、速やかにシェルターに避難してください』


 会場のスピーカーから流れる避難警告。スマホにも、一斉に警告アプリが同じ内容のメッセージが表示される。


「秋人……菅山町って……」


「ああ、すぐ近くだ」


 二人が話していると、周囲から黄色い色のどよめきが起こる。


 生徒たちが指をさして見上げる方向を見ると――白いボードに乗って空を駆け抜ける少女たちの姿があった。


 銀色の装甲で強化された防護服アームドスカートを纏い、光の槍を手にする戦乙女ヴァルキリーだ。


戦乙女ヴァルキリー――でも、ここから飛んで行ったってことは……まだ訓練生よね?」


 心配そうな涼香に、秋人は頷く。


「ああ、多分……」


 市浜市内にあるのは訓練施設だけで、正規の戦乙女ヴァルキリーが配属されている基地は無かった。

 これまで『深淵よりの侵略者アビス・アグレッサー』が出現しなかったこと、市民団体が基地建設に反対したことが理由だ。


 一番近くにある基地でも松田市で――そこから戦乙女ヴァルキリーが到着するまでに一時間は掛かるだろう。


『生徒の皆さんは、訓練施設にあるシェルターに避難してください!』


 会場の職員の指示に従って、生徒たちは避難を始めている。


「涼香、俺たちも……」


 秋人は涼香の手を引いて、シェルターに向かおうとするが――


「うん、秋人は早く避難して」


 涼香は手を離すと、他の生徒たちとは別の方向に走っていく。


「涼香! どこに行くんだよ?」


「試合会場に、試験用のボードがあるから! 私も侵略者アグレッサーを止めに行くわ!」


「何言ってんだよ! 無茶苦茶言うなって!」


 秋人は追い掛けて涼香の手を掴むが――振り向いた彼女の顔は真剣そのものだった。


「誰かがやらないと、沢山人が死んじゃうのよ! 先輩たちだって、それが解っているから言ったのよ……私だけ、何もしないでいるなんて出来ない!」


 こういうときの涼香は……何を言っても聞かないって秋人は知っていた。


「良いよ、解った……だけど、俺も一緒に連れて行ってくれ」


「秋人……でも、秋人じゃ……」


「ああ、役に立たないのは解っているけどさ。俺が一緒にいたら、おまえだって。そこまで無茶は出来ないだろう」


 連れて行くには、余りにも的外れな理由だったが――このとき、何故か秋人が誰よりも頼もしく見えて……思わず涼香は頷いてしまう。


「解ったわよ、秋人も馬鹿なんだから……でも、私はボードの操作に慣れていないから。しっかり捕まっててね」


「ああ、解ったよ……」


 職員の避難指示を無視して、二人は手をつないで体育館に駆け込むと。まだ試合会場に残されていた白いボードの上に飛び乗る。


「秋人……絶対に、私から手を放さないでね!」


 涼香が魔力を注ぎ込むと――白いボードは輝いて、宙に舞い上がった。


「行くわよ……」


「おう、任せた」


 急発進するボードに乗った少女と少年は、追いかけて来た職員を振り切って空に舞い上がる。


(うわあ……風が気持ち良いな……)


 このとき秋人は妙に落ち着いていて――不安定なボードで空を飛んでいることや、これから深淵よりの侵略者アビス・アグレッサーの元に向かうことへの恐怖感など、微塵も感じていなかった。


(やっぱり……あの記憶のせいかな……)


 異世界の魔王であるカミナギ=アキトの記憶が――涼香を守りたいという秋人の気持ちを、後押ししてくれるような気がした。

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異世界の魔王だった俺は現実世界に転生して……幼馴染の美少女とか美人のお姉さんとイチャコラするために頑張る。 岡村豊蔵『恋愛魔法学院』3巻制作中! @okamura-toyozou

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