走りたい人、助ける人
小道けいな
なぞのところのなぞは解ける
あたしの家のちかくにはなぞの場所がある。
何をしているのかわからないからなぞの場所。
そこの場所にはよく車が来るから、人は出入りしているのよ。
かけっこするような場所があったり、建物があるの。
かけっこするような場所では、何人かで話をしているのを見たことがあるわ。
建物からはキキキというかんだかい音がしたり、キョオオオオオという音もする。タンタンと固いものをたたいていることもある。
降りてくる人は車いすだったり、脚がなかったりする。
病院ではないのはわかっていたけど、何かよくわからなかった。
あるとき、テレビを見ていたら、そこで見たようなものが映っていた。
だから、お母さんに聞いたら「義足を作るところ」と教えてくれた。
あそこはなぞの場所からギソクを作る場所にあたしの中で変わった。
でも、ギソクはなぜ作るのかしら?
ギモンは変わった。
パラアスリートって何かしら?
スポーツ選手と同じ?
でも、なぜそうするのかしら?
「別に、走らなくたっていいじゃない」
だって、ふつうに歩いて、ふつうに生活できればいい。
脚がないのは大変だから、それをほじょするものがあるのは大切だよ。
だけど、なんで、わざわざ走るのか、ということが不思議だもの。
あたしがそれを言っていたら、お父さんは困った顔をしていた。
「それはパラだけのことじゃないな」
マラソン選手もただ走っているだけだもの。
「陸上選手……短距離やマラソンとかしている人もいるし、それで生活している人もいる。なら、パラアスリートは許されないんだい?」
お父さんにあたしは「ふつうに生きるのが大切でしょ? 仕事しないといけないのだからあたりまえじゃない」と答える。
「健常者は仕事にしていいけど、障害者だから働いてはいけないの? それに学校も?」
お父さんが言っていることがわからなくてあたしは口をとがらせる。
学校にはふつうの子しかいないし、ショウガイシャが学校に行っているかって知らない。
「だって、ふつうに生きれればいいいもん」
お父さんは「うーん」とうなっている。
「そうだね、ふつうね。ふつうってなんだろうね」
「ふつうはふつうだよ!」
あたしは怒る。
足で立って、手で物をもって、しゃべって、ご飯食べて、寝て、勉強する……あたしがすることがふつうだもの!
あたしはそれをお父さんに言った。
お父さんはまた困っていた。
「なんで、脚がないのがふつうではないのかい?」
「ふつうじゃないもん! お父さんだって脚あるよ! お母さんだって」
「そうだね。でも、障害って生まれつきあるとは限らないんだよ。病気とか、事故とかで突然足が無くなったりすることもあるんだよ」
あたしはお父さんの説明におどろいた。
あたしもとつぜん、ショウガイシャ、になってしまうということがあるの?
「生まれつきだったら、その子にとってはないのが普通になるんじゃないかな?」
「そんなの……そんなのおかしいよ! ふつうじゃないもん!」
あたしはよくわからなくなって怒って、部屋を出た。
ギソクを作るあの場所に行く。フェンスから見ていると、人がいた。
そこでギソクを付けてあれこれ言っている女の人と、つなぎ姿の男の人がいる。
女の人はかけっこするところを走り出す。
ばねみたいになっているギソクで飛ぶように、走る。
すごい、あたしより速い。
風になっているみたい。
「あら?」
その女の人はあたしに気づいた。
「こんにちは」
手をぶんぶんふりながら声をかける。
「こんにちは」
あたしはドキドキしながら答えた。
悪いことをしてみつかったみたいだよね。べつに悪いことしてないけどね。
「近所の子だよ」
男の人が入っておいでという。
あたしはなやんだけれども、入っていく。
ギソクが気になるから。
だって、悪いことしていないし、聞きたいこともあるから。
「そんなに、これ気になる?」
女の人が足を指す。あたしはうなずいた。
そんなに見ていたのかな。
「これがあるから私はまた走れるのよ」
「なんで走るの?」
あたしは質問した。
「だって、ふつうに生きられればいいのに、なんで走るの?」
「走りたいからだよ?」
「なんで?」
女の人は困った顔になる。
どうしよう、という顔で男の人を見た。
「君は走らないのかい?」
「きらい」
「例えば、学校に遅れそうなとき、走らないの?」
「走るけど……あたしが言う走るとはちがう。なんでわざわざかけっこするの?」
女の人は「走りたいからだよ」とまた答えた。
「一秒でも速く走りたいって思うから」
「なんで、ふつうでいいのに」
「それ、パラであってもなくても同じことだよね。走ることが好きだから、他人より一秒でも速く走りたいから、そう思うことだよ」
「さっき、お父さんにも言われた」
あたしはほおをふくらませる。
二人は小さくわらう。
「じゃあ、なんで、脚がないと走っちゃいけないの?」
女の人は質問をしてきた。
「だって、脚ないんだもの」
「私は走りたい。もし、大舞台に立てなくても、走りたい! 走っているときは気持ちいいの、風を独り占め、道を独り占め、そんな気持ちになるから」
女の人はうれしそうに言う。
「足がないのふつう?」
あたしは聞いた。男の人はおどろいた顔をして、女の人を見る。
女の人は目を見開く。おこっているようなないているような……顔かな?
「今は、ふつう。でも、最初はふつうじゃなかったわよ」
女の人のほおが何度か動く。
「足がない? そう、ないのよ! 病気で生きるか死ぬかになって、切れば生き延びられるって言われて!」
つまり、生まれたときはあったということだね。
「生きたい、と願ったのよ。でも、走れなくなっていた。当たり前でしょ、脚切ったんだもの」
ギソクをはずした。
そこには本当に脚がなかった。
わかっていたけど、あたしはわかっていなかった。
「わたしは、中学校で陸上やっていて、県大会に出たの。次は地区大会……楽しみにしていたけどね、病気になって、次、頑張ろうと思ったんだけど。五輪にも行ってみたい、舞台に立つ自分を想像したりしてた!」
脚がなくなった。
それを、あたしは、このお姉さんに思い出させた。
わすれていたかったのかな、と思う。
でも、ばかなあたしが聞いたから話してくれた。あたしのせいで、お姉さんはまたないているんだよね。
「ごめんなさい」
あたしは謝らないといけない。そう思ったときには声に出ていた。
「なんで謝るの?」
お姉さんはおこっている。
「だって、あたし」
「悪いことしたのかしら?」
「……」
悪いことしてはいないと思う。
でも、何も知らなかったんだ。
「あーあー、わたし、悪人になっちゃった」
女の人はため息をついて、片足ではねて建物に入っていった。
男の人はしゃがむと「また遊びにおいで」といった。
あたしは、それには答えないで帰った。だって、あの人、怒ってる。怒らせてしまったから。
あたしは家にお父さんにおこっていたことを忘れて、お父さんにさっきのことを話した。
「思い出したくないことを話してくれたと思ったの」
「そう……なら、なんでそういわなかったの?」
「あとでそうだと思ったから」
お父さんはうなずいた。
「よく反省したね」
「……」
「じゃ、次はどうしたらいいかな?」
「もう、行かない」
「そのお姉さんはたぶん、来てほしいと思おうよ」
「なんで!」
「お兄さんはなんていったのかな?」
お父さんは笑う。
また来ていいといった。でも、それは、オトナがだいすきな、シャコウジレイってやつだよね。
だから、あたしは行っちゃいけないんだよ。
お父さんはあたしがだまっているから「うーん」とうめくふりをする。
「興味を持ってくれたことはうれしかったはずだよ。理解しようとして、お姉さんの気持ちを考えて、謝ったんだろ? だからこそ、その人たちを応援してあげるのがすごく、素敵なことだよ」
あたしがきょうみをもったことがいいことなのかよくわからない。
でも、あのお姉さんをおうえんしたいのはよくわかる。
走っていた人が足をなくして、また走れるんだもの。
「あ、じゃあ、あのおにいさんもすごい人?」
あたしのことばに、お父さんは大きくうなずいた。
「そっか……そうなんだ」
あたしはいろいろ知ってうれしくなった。
あのお姉さんに今度あやまろう。
あ、あやまったらおこられてしまう。
そうだ、おうえんしよう。
卒業式の練習とかで準備で忙しくなってあの場所に行くひまがなくなっていた。
学校がおやすみになった。
こわい病気が流行ったからだめなんだって。
あのお姉さん、どうしているんだろう?
お散歩はしていいといったから、あたしはお母さんにあそこに連れて行ってもらった。
あそこは広いからいいだろうってお母さんもいってくれた。
お姉さんがいた。
ギソクを付けてる。
あたしは手をふった。
お姉さんは気づいてくれた。
「お姉さんが走っているのを見たい! だから、頑張って」
あたしはフェンスから大きな声をあげた。
お姉さんは動きが止まっていた。
顔がぱっと明るくなった。
両手を高く上げて、振りながら「ありがとう!」という。
そして、かけっこできるところを走り出した。
最初見た時と同じ、すごくかっこいい。
ビューンとふく風みたい。
あたしはお姉さんが世界の舞台でカツヤクするところを思いうかべた。
それには今、病気を引き起こしているウイルスをどうにかしないといけないんだよね。
「お医者さんになる?」
お母さんに言われる。
そっか、お医者さんになれば、病気をどうにかできる。
お医者さんになるなんて考えたこともなかった。
それから、テレビを見ていた時、またパラアスリートのショウカイがあった。
お姉さんがしているようなギソクだけでなく、ギシュや車いすいろいろある。
前も見たけど、あたしは興味がなかった。
興味を持ったことがうれしいとお姉さんは言った。
あたしは、あのお兄さんみたいになろう。
作る人になる。
そうすれば、走りたい人を助けられるのだから。
走りたい人、助ける人 小道けいな @konokomichi
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