EP4:俺の彼女が吸血鬼なのに俺のこともキラキラさせようとしすぎる
フターバックスココアは全世界に店舗を持つコーヒー&ココアのチェーン店だ。街中はおろか高速道路のパーキングエリアでも見かけることがあるんだから、その展開力には目を見張るものがある。一件もない県だとか街だとかにフタバが来てめちゃめちゃニュースになる、って場面も何回か見た。
「うおお……」
そんなフタバだが、新作ドリンクの発売日には店舗内が人でごったがえす。見渡す限りの陽キャ、陽キャ、陽キャ。眩しさで眼が潰れそう。
「晩年のガリレオはこんな気分だったのかもしれない……」
「太陽の観すぎで目見えなくなってる……」
夜空の切り替えしが妙に博学。こいつ普段の会話の脳死率に反して成績は滅茶苦茶いいんだよな……別段真面目に勉強してる気配はないんだが。俺自身そんなに成績が良い方じゃないと思ってるから、時々素直に羨ましくなる。
危惧していたよりかは待つこともなく、わりとあっさり注文ができる段階に。俺はこういうの詳しくないので、普通のホイップココアを頼むことにする。一方の夜空は当初の目的である新作を買うようだ。キャラメルホイップマキ……マキナ……? なん……なんだ?
「名前なっが」
「早口言葉かなって思うよね」
「常連にも自覚あるんだ……」
「たまにだよ? たまーに『頼みづらっ』って思うときがある」
「それは多分もっと頻繁に思うべきだな……」
最早ギャグの領域だと思う。
そしてギャグの世界に片足を突っ込んでるのは商品の方もだ。カウンターから出てきたココアは、ソフトクリームみたいな物凄い量のホイップが乗せられていた。意味不明すぎる……これはもうココアじゃなくてホイップクリームが本体なのでは……?
「コーヒーとかココアにトッピングって何なんだろうなってわりと昔から思ってる」
「それは正直わかる」
夜空の頼んだココアなんてトールパフェもかくやって見た目だもんな……というかキャラメル味のココアってなんだよ。それはもうキャラメルドリンクの仲間だろ。
「でもかわいいじゃん。『おいしさ』の大半が視覚に依存するのはヒトも吸血鬼も一緒だよ」
「にしたって限度ってもんがあるだろ。こんな半分くらいココアフロートみたいなことになったら逆に胃もたれならぬ眼もたれするわ」
「あ、南雲くん、そのココアもうちょっとこっちに寄せて。あとついでにキミももう三センチくらい近づいて」
「会話のキャッチボールする意思ある?」
いつの間に写真撮りだしたんだこいつ。
はいチーズ、とお決まりのフレーズを言われる前に、スマホのカメラ特有のカシャリ、という小さな音。めちゃめちゃぎこちない表情になった自覚がある。
「いいじゃ~ん。南雲くん写真写りいいね!」
「お、おお……」
夜空のスマホにおさめられていたのは、キャラメルホイップなんとかとほぼフロートココア、それから案の定口もとを引きつらせた俺の姿。しかし角度やピントの合わせ方が絶妙で、被写体が妙に惹き立っていた。
すげぇな現役JKの写真技術……これが噂に聞く『映え』というやつか。
「夜空、実は写真家にでもなれるんじゃないか」
「あ、やっぱり? 前からわたし天才じゃないかなって思ってたんだよね」
「十年、いや百年に一度の天才だね。なんなら全銀河一の天才かもしれん」
「いやーそっかぁ~。ついに秘められた才能開花させちゃったかぁ~。――わたしのこと照れさせたくて適当言ってるでしょ」
「ちっ、バレたか」
「例が大仰になってるときは大体そうだよねキミ」
いよいよ会話の癖が見抜かれ始めた気配あるな。普段の意趣返しをしようと思ってたんだが、この調子じゃ永遠に無理かもしれん。
「上手ぇな、って思ってるのは本当だよ。その辺の駆け出しカメラマンよりよっぽどいい写真撮れてると思う。センスが良いというかなんというか……」
「研鑽と研究の成果だよ、ワトソンくん」
「びっくりするほど名探偵要素なかったな今の会話」
なんでもかんでも「初歩的なことだ、友よ」って言っとけばいいわけじゃねーんだぞ。
「でもちょっと意識すれば南雲くんも似たような写真撮れると思うよ。絵上手だし、こういうの結構向いてそう」
「そんなもんか?」
「うんうん。というかキミが言ったんじゃん、こういうのはセンスが大事なんだって」
せっかくだし撮ってみようよ、などと言って、夜空は俺に自分のスマホを手渡してくる。なんぞそれ用のカメラアプリが入っているらしく、機種は同じはずなのだが画面が全然違う。デフォルトのアプリしか入ってない俺のスマホとは大違いだ。
夜空のアドバイスを受けつつ、画面の角度や焦点を変えていく。するとなるほど、いつも俺が適当に撮るやつと比べて、大分キラキラした感じの絵面になった。
あー、なるほどな。『映え』ってそういうことか。フレーム内で被写体の魅力……要するに「写真映えする部分」を目立たせることが大事と見た。
「はーい笑って笑ってー」
「にひひー」
子供みたいに無邪気に目を細めて、顔の横でピースをつくる夜空。もうこの時点でかわいい。今のところ夜空以外の吸血鬼に会ったことはないが、そいつらの五十倍はこいつの方がかわいいと今ここで断言する。賭けてもいい。
茶番はこの辺にして、ぱしゃりと一枚。
「うわ゛かわいい」
「自分で撮った写真に限界化してる……」
素で『わ』の音に濁点付ける人初めて見たんだけど。などと言いつつ、若干椅子を引いて遠ざかる夜空。やめて。物理的に引かないで。泣いちゃうから。
「なんか……このくらいなら俺でもできそうな気がしてきたぞ。陽キャ指数低めっていうか」
「陽キャ指数……?」
首を傾げないでほしい。ネタ発言ってのは受け入れられなかったときが一番悲しいものなんだよ。
そんな俺の悲哀はどこ吹く風と言わんばかりに、夜空はスプーン状のストローでホイップを掬い、一口。「んー、美味しい~」と笑顔になる瞬間のかわいさだけで、今日ついてきたかいがあったな、と思えてくる。
「じゃあ次から食べ物が出てくるたびに一緒に写真撮ろうね。映える写真の腕上げてこ!」
「わりぃ、やっぱつれぇわ……」
「諦めムードになるのはっや」
「一瞬でも興味湧いたのは事実だ。練習してみようかなって気にもちゃんとなったし」
「ほんと? それは良かった」
「継続はしないけど」
「意味ないじゃん」
だってそんな……SNS映えする写真撮るなんてバリバリにキラキラしてること、俺の根暗精神が耐えられるはずもないし……。自分の行動に自分で気持ち悪くなりそう。
ただまぁ、こういうスキルは持ってて損なさそうだなとは思う。陽キャって多才だよな。流行りものに敏感だといろんなことに挑戦する癖でもつくのかしら。
そのままちょいちょい写真撮影を挟みつつ、互いの飲み物を交換したりしなかったり。三十分もするころには、お店を出ようかという話になった。わりと甘さが尾を引くので飲み切るのに時間がかかった。次はもうちょっとホイップ少ないやつ頼もう……。
「じゃあ次は南雲くんのお洋服を探しにいかないとね」
「結局行くのか……」
「ここまで来たんだし、むしろ行かないって選択肢がなくない?」
キラキラJKの会話文って同じ音が多いよな。なくもなくもないとか。全く関係ないけどなくもと南雲って語感にてるな。濁音の有無しか差異がないから当たり前なんだけども。
「わたしもお洋服見たいし。そろそろ夏ものが欲しくなってくるんだよねー……そうだ、せっかくだし一緒に選んでよ」
「圧倒的趣味全開になるがよろしいか??」
「なんのためにキミに意見求めてると思ってんの」
普段着る用だったらひとりで選ぶよぉ、なんて言いながら、夜空はくいくいと俺の手を引く。ついてこい、ということらしい。彼女の頼みを断れるほど、俺の精神は図太くないので、素直について行くことにする。
連れていかれた先は駅のショッピングモールに開設された、若者向けのショップだった。対象年齢は高校生~大学生くらいだろうか。お客さんもそのくらいの年代のひとばっかりだ。
「おお……驚くほど俺に似合わなそうな服しかねぇ……」
「意外とそんなでもないと思うけど」
夜空が近づいていくマネキンが着ているのは、近未来もののゲームとかでイケメンが着てるようなライダージャケットだ。うわすげぇ、かっこいいなとは思うけど、じゃあ着ようかというと全くそんな気にはならない。
逆に夜空はこういうメンズの服でも似合うんだろうなぁ、とかそういうことを思いながら後を追う。
「南雲くん、好きな色とかある? 気に入った色の服着てるとテンション上がるよ」
「お前はテンション上げ過ぎちゃダメって話さては永遠に聞いてないだろ」
ブティックで吸血衝動に襲われたら大分大変だわ。
しかし好きな色か。オタクは総じて黒が好きって話があるが、これはなにも中二病的なアレじゃなくて、ちゃんとした理論に基づく思考だ。
無彩色っていうのはあらゆる色の中で「最も情報量が少ない」。陰の者は情報量の多い服が苦手だ。自分と洋服を比べられる比率が高くなるからな。
要するに、無彩色ってのは誰にでも似合うのだ。だが普通のカラーサークルの服だったり、派手な柄がついてる服っていうのは似合う似合わないがはっきり出る。俺みたいな人種はそういうのを嫌う、っていう話なんだが。
ぶっちゃけ、似合わない服は確かに嫌だけど、似合うかどうかはわりとどうでもいいんだよな……着られればそれでいいか、みたいな生活してたせいで。
そこから導き出される答えは、すなわち。
「……特にないかなぁ」
「思考時間の長さと答えの詳細さがリンクしてなさすぎない?」
「うるせー。陰キャは考え事が長いんだよ」
モノローグ癖があるので余計に長い。
「しいて言うなら柄物はあんまり着たことないかも。光るパジャマくらいしか思いつかねぇや」
「光るパジャマは着るんだ」
「サイズが合わんのでもう無理……というかさすがに今は買ってねぇよ」
俺の返答を受けて、夜空は店内をきょろきょろと見渡す。ガーネットレッドの瞳が何か所かにとまったと思えば、彼女はそこにある服をひょいひょいひょい、と買い物かごの中に放り込んだ。決断はやっ。
「うーん、じゃぁこれとこれとこれと……あとこの辺って感じかなぁ」
「多くね? こんなに買わないと思うんだけど」
「えー? 普通このくらい試着しない?」
マジか。せいぜい一着くらいしか買わない人間としては随分びっくりな量だが。
というか凄いな夜空。今の俺との問答と、普段の俺の印象だけでどんなのが似合うか判断しちゃったのか。
そんでまた選んでもらったやつが似合うこと似合うこと。俺そのものの素質が悪いのでたいして格好良くは見えないが、服そのものはちゃんとしている。今日着てきた薄手の上着にワイシャツとジーパン、みたいな典型的陰キャスタイルとは大違いだ。
「おお、これはマトモに着れる気がする」
「おぉー、いいじゃん! 似合う似合う」
そんな中で俺をして「一丁前の男に見えるな……」と思わせたやつは、暖色系のシャツに青系統のジャケットを合わせたスタイルだった。細めのズボンはあんまり流行ってないってどっかできいたことがあるけど……なるほど、夜空のセンスは流行を越えるか。流行りもので揃えるよりもずっと俺に合ってる気がする。
「南雲くんは細身だから、肩回りがしっかりして見える服が似合うよね」
しかも『どうして似合うのか』の分析までできるってんだから本当に凄い。多少なりとも次の買い物に活かせるように、って配慮なんだろう。わりとマジで助かるな。
「んん? んー……」
「どうした?」
「ちょっと待ってね……こっち着てみてくれる?」
「お、おう」
なんだ? 大体同じデザインのジャケットに見えるけど……ちょっとサイズが小さいシリーズなんだろうか。着たときの印象が大分変わる気がする。
「着てみたけど」
「わっ、やっぱり! 丈短い方が似合うんじゃないかと思ったんだ。大正解。んー、南雲くんの雰囲気を考えるとこっちのシャツも合うかも」
「さっぱりわからん」
「写真撮るのはあんなにセンスあるのに」
くすくす笑う夜空がかわいい。
「じゃあ今の一式買って帰るか……」
「せっかく買ったんだからちゃんと着てよね」
「分かってるって」
珍しく釘を刺されてしまった。なんか今日は俺の方がボケに回ってる気がするなぁ。いや、カップルって別にボケとツッコミがある関係じゃないけど。漫才コンビじゃあるまいし。夫婦漫才とはいうけれど。
俺がレジから帰ってくると、今度はショップを移して夜空のターン。
噂によると女の子の買い物ってのは男のそれの三倍の時間がかかるらしい。鼻歌をうたいながら、楽しそうにハンガーを手にとってはもどし、手にとってはもどしを繰り返す夜空を見ていると、なるほどさもありなん、って気分になる。
夜空は何着か気に入った服を選ぶと、フィッティングルームに引っ込んだ。手前で彼女が出てくるのを待つ。夜空がカーテンを開く。はいかわいい。
この繰り返しである。だいたいニ十分くらい続いた。
そしてこれは新しい発見なのだが、カーテンの向こうで夜空が着替えている時間が異常にドキドキする。生着替え一歩手前みたいなもんだし当たり前っちゃ当たり前なのだが……夜空が新しい服を着ている、その姿を世界で初めて見るのが俺なのだ、という事実に、無性に興奮してしまうのだ。興奮するって言い方なんかヤダな。胸が高鳴る、とかにしておくか。
シャーッ、っていうカーテンの開く音で期待感がMAXになる。というかそれだけでもうかわいい。そんなことある? 彼女の試着ってこんなに音の持つ意味変えるもんなんだな……。
「見て見て、サマーカーディガン。南雲くんこういうの好きでしょ」
「ぐっ……あァッ……! 俺の彼女が吸血鬼なのに試着が可愛すぎる……ッ」
「吸血鬼関係なくない? あと心臓おさえてうずくまると急患だと思われちゃうよ」
この応答デートの直前にもしたな。
「どれが一番似合ったと思う?」
「全部」
「流石に全部買うお金は持ってきてないよぉ」
「じゃあ俺に払わせてくれ」
「そうじゃなくて。言ったじゃん。南雲くんの好みのやつを教えてほしいの」
ぶっちゃけた話、夜空が着てる時点でどんな服でも――たとえ高校指定の妙にダサいと噂のジャージでも――好みの服になっちゃうわけだが。まぁ今求められてる回答はそれじゃない。なるほどな、ちゃんと頭を悩ませなくちゃいけないってわけだ。
うぅん……難しい問題だ。黒と銀の髪の毛の関係で、寒色系の服がよく映える。今日の服もそうだけど、適度に露出がある方がかわいい気がするし……そんなに背が高くない一方でスタイルが滅茶苦茶いい、つまるところ脚が長いので、丈の短いスカートが似合う気がする。でも俺個人の好みとしてはロングスカートも捨てがたい。なにがとはいわないがでかいので、白いレースつきブラウスも合うし……。
むむ、むむむむ……。
「……やっぱ全部だな……」
「強情……」
だって決めらんねぇんだもん。ただでさえファッションセンス絶無なのに全部好みの服だされたらもうどうしようもない。
「そこまでいうなら全部にしちゃおっか。お洋服はあればあるだけ嬉しいもんね」
「異種族感じるなぁ」
「こんなことで種族差感じないでくださ~い」
ヒトとヴァンパイアというより、陰キャと陽キャの種族差を感じるけどな。なんかこの話も前にもしたな。吸血鬼まわりの話になると同じようなことを言いがちだ。変な事件がないってことだし、ある意味安心するけどな。
「楽しかったー! 南雲くんは?」
「当然楽しかったけど」
「やった!気合入れてきたかいがあったってもんですよ」
結局夜空は新しい服を四着、小物を数点買った。お財布に多めに入れてきてよかったな……次のデートの楽しみが増えた。今すごいリア充してる実感がある。キラキラJK吸血鬼を恋人にしていると、なんか自分まで自動的にキラキラしてくる気がするな。
「次回は選んでもらった服着てくかぁ。気合入れねぇとな……」
「よぅし、じゃあわたしも、もっと気合入れないとね」
「それ永遠に追いつけなくない?」
「んっふふ、頑張って追いついてきてね」
ガーネットレッドの瞳を細めて、挑発するように笑う夜空。こいつめ……ぜってー負けてやらねぇからな。
夜空の提唱した意識改革計画にまんまとノせられたことに気付いたのは、家に帰って買い物の成果を確認したあとだった。ジャケットくらいならまぁ……平時でも着てみるかなぁ。
俺の彼女が吸血鬼なのにキラキラJKすぎる 八代明日華 @saidanMminsyuu
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