EP3:俺の彼女が吸血鬼なのにデートに気合入れすぎる
キラキラJKの条件とはなんだろうか。思うにそれは、『流行に敏感なこと』だ。常に新しいものをチェックし、自分に合うように取り入れ、より自らを魅力的にしていく――その過程は俺みたいなのとは対照的だ。同じもの、似たようなもの、古いものばっかりを摂取してる身からすれば、彼女たちに満ち溢れるチャレンジ精神と向上心は理解できないほど強烈だ。
や、俺はJKじゃないので実際のところなにが正解なのかは知らないけど。でもそう外れてはいないと思うんだよな。少なくともトマトペーストのスパゲッティを作ります! って叫んでミニトマトを突っ込むよりは的外れじゃないと思う。全然関係ないけどトマトと的って語感似てるよな。似てるどころか一文字違いなので当たり前っちゃ当たり前……え、面白くない? ああそう。
まぁなんにせよ、キラキラJKというのは得てして最新の情報に詳しいってのは間違いないと思う。何故なら、俺にとって一番身近な女子高生、つまるところ白河夜空が、ちょうどそんな感じの子だからだ。
『明日フターバックスの新作ドリンクの発売日だから、一緒にいかない? っていうお誘いなんだけど……南雲くん、ああいうの好きだっけ』
「あれだろ、陰キャには拝謁することすら許されない異界の飲み物。関わりが無さ過ぎて好きなのか否かすら分からん」
『キミはフタバのことなんだと思ってるの』
枕元に置いたスマホから聞こえる彼女の声は、笑いと呆れを含んでいた。LIZEを通した就寝前の通話は、付き合いだしてからの日課。一日のしめくくりにしちゃ贅沢すぎる日課だなぁ、とわりと慣れてきた今でも思う。最初のころとか緊張してなんも喋れなかったもんだ。我ながら成長したな。
しっかし……すげぇ時代だよな。SNSを通せば、顔を合わせてなくても四六時中一緒にいるような気分になってくる。初めの頃、夜空が「なんか同棲してる気分だね」と笑っていたのを思い出すけど、まさにそんな感じだ。足りない彼女の匂いと温度も、残り香が多少は代演して――いや、なんでもない。流石に気持ち悪すぎて引いたわ。
「だいたい喫茶店なんて存在自体が陽キャの根城みたいなもんじゃん。半分くらい鬼ヶ島の同類。名前見るのすら恐ろしいわ」
『フタバは喫茶店じゃないよ?』
「そういう細かい違いがよく分かんねぇところがいやなの!」
ザ・天敵って感じ。いや、多分向こうも向こうで似たようなこと考えてるとは思うけどな。赤くて角ついてりゃなんでも三倍じゃねぇんだよ、ってキレられたら俺でも「えぇ……」ってなるし。そりゃ歴代シリーズも追わなくなりますわ。
そういうわけで、いくら夜空からのお誘いとはいえ、フターバックスココアの新作のために並ぶ気にはなれないな。
あとシンプルに興味が湧かない。ホイップクリーム乗ったココアなんて全部同じじゃねぇのか。毎回味違うのあれ。ココアなんてのめりゃなんでもいいんじゃねぇのか。
だが忘れないでほしい。俺の彼女は吸血鬼である以前に、コミュ力オバケの現役JKなのだ。赤の他人ならまだしも、一番親しいとさえ言える俺の
『そっかぁ。南雲くんはわたしと一緒にお出かけするの、イヤなんだね……わかった。友達とふたりで行ってくる』
「あーあーあー! なんか急にフタバのホイップクリームめっちゃ乗ってるココア飲みたくなってきちまったなー! どこかに不慣れな俺をフタバに連れて行ってくれる可愛い彼女がいたりしねぇかなーッ!!」
『ほんとに? やった~! じゃあ一緒にいこ!』
くそっ、ウソ泣きと分かってても涙声でしょんぼりされると抗えねぇ。あれよあれよという間にデートの約束を取り付けられてしまった。
『んっふふ……脊髄会話の練度上がったね』
「上げたくなかったそんなスキル……」
夜空のテンション高めの流れるような会話に付き合ていると勝手に上がっていくんだよな。思考時間が極端に短い感じの会話スキル。脳死会話ともいう。
……まぁ、俺も夜空と出かけるのが嫌なわけじゃない。こうなってしまった以上は全力で楽しむことにするけど。するけどさぁ。
「我ながら流され易すぎない? まさかこんなに早くてのひら大回転するハメになるとは」
『キミのそういう優しいところ好きだよわたし』
「優しさって結局魅力としては最下級のステータスだよな」
『急に卑屈になるじゃん。南雲くんは自分に自信が無さすぎ。ちょっとは胸張って生きようよ』
「それができるなら陰キャやってないと思います!」
陰に隠れて生きるから陰キャなのだ。表舞台に立っちゃったらもうそいつは陰キャとは呼べん。陰の者の生き方とは、アスファルトのひび割れを数えながら心を強くすることだ。シャレオツなカフェでコーヒーやらなんやらを飲んで自らを輝かせることでは断じてない。
……なんで俺は陰キャの誇りみたいなのを語ってるんだろうな。自分で悲しくなってきたわ。セルフミゼラブル。おおジーザス。
『じゃあ、次のデートでは第一回・南雲くんに自信を付けさせよう大会を開催しようと思います』
「なにその企画。地獄みたいなことする気配しかないんだが」
『うーん……お洒落な洋服に着替えてみるとか?』
「陽キャってどうして他人を自分のステージまで引っ張り上げようとするんだろうな。そっちが降りてこいよって常々思うぜ俺は」
『わたしいうほど陽キャかなぁ』
「陰の者の立場からすれば十分陽キャですぅ~」
俺らに理解がある分純度500%の陽! って感じではないけど、少なくとも休日に彼氏と二人でフタバに行こうって子を陰キャとは言わん。
『変なかんじ。吸血鬼なのにね』
受話器ごしの声は、困ったような苦笑交じり。ちょっと落ち込んでるときの声色だと最近覚えた。ので元気づけてみる。
「別に吸血鬼だからって、冷徹な化け物じゃなくちゃいけない、なんて理由はないだろ。お前は自分の好きなように生きたらいい。正体は隠してほしいけどな」
『あは、そんなに気にしてないよぉ。南雲くんは心配性なんだから』
「最後の一文に関しては全力で気にしてくれ」
闇の世界の住人には、闇の世界の住人なりのルールがある。夜空は普段のふるまいがほとんど人間だから分かりづらいけど、吸血鬼にも彼らなりの倫理というか、掟みたいなのがあるらしい。そんで夜空の性格とかそういうのは、あんまりその掟に沿ってない、って話だとか。家族仲はいいけど親戚からは嫌われてるんだ、わたし――なんて言ってたのを思い出す。
俺個人としては、そんな田舎町の古い慣習みたいなノリでこいつの生き方を縛られてたまるか、って感じだけどな。『要らぬ争いを避けるべく、己の種族は隠すべし』っていう項目だけは滅茶苦茶賛同するけど。
『やっぱりわたし、キミのそういう優しいところ、大好きだよ。立派なアピールポイントだと思う』
「……恥ずかしいからやめてくれ」
『えー、どうしよっかなー。恥ずかしがる南雲くんのこと、もうちょっと見てたいしな~』
「お願いしますこの通りですからッ!」
くすくす笑う夜空に向けて(より厳密にはスマホに向かって)頭を下げる。ベッドに寝っ転がりながら頭下げるってどういう挙動だと自分でも思う。よくこんな器用なことできたな俺。
曲芸のかいあってか、夜空は「ん~、いいよ。じゃあこの話はこれでおしまいっ」と言ってくれた。あー助かった。褒められ慣れてない人間はこういうとき辛くなる。
うぁ~あ。騒いでたら眠くなってきちまった。最近夜遅くまで課題だったり作業だったりしてることが多いから、若干寝不足のきらいがあってだな。
いけね、欠伸漏れる。
「……くぁ」
『欠伸かわいいんだ』
「ちくしょう聞かれてた」
スマホごしでも綺麗に聞き取れるのほんとどういう聴力してんだろうなって。
『南雲くんは毎日頑張ってるね。えらいえらい』
「うおぉ……あり得ん程元気出てきた……永遠に戦えそう……」
『その調子で自分の身の回りのことも頑張れればいいのになぁ』
「それは嫌かな」
『レスポンスはやっ』
そろそろ脊髄会話のお株を夜空から奪い取るときが来たかもしれん。そんなもん奪い取ってどうするんだって話だが。オンラインゲームの強化素材にもならない雑魚武器くらいいらないと思う。
『じゃあ、また明日。デート、楽しみにしてるね』
「おう。駅前に開店時間ちょっと前でいいか」
『んー、並ぶと思うからもうちょっと早いと助かるかな』
「起きれるのぉ?」
『失礼な。起きれますぅ~。わたし別にお寝坊さんじゃないですぅ~』
いーやダウト。そいつは嘘だね。お前の明朝のテンションの高さは人間にいうところの深夜テンションだって種割れてんだからな。
そういう意味でもお互いさっさと寝るべきだろう。キリの良い所で煽り合いをやめる。
『……おやすみ』
「お、おう。おやすみ」
ちょっと恥ずかしそうな挨拶を最後に通話が切れる。数十秒もすればスマホの画面も勝手に消えて、灯りといえばカーテンの隙間の月明りくらいに。
……静かになったので全力で叫ばせてもらおうと思う。
「そんな『おやすみ』聞いてッ! 俺が素直にッ!! 寝れるわけねぇだろうがぁぁぁぁああああッ!!」
耳元で囁かれる「おやすみ」の火力のなんと高いことかッ!! これで電話ごしと来た。肉声で聞いたらおかしくなるかもしれん俺。
結局明日のデートへの期待感で無理矢理自分を寝かしつけることに成功したのは、それから一時間後のことだった。逆に疲れたような気がする。
***
出不精出不精とはいうものの、外出が嫌いな人間ってのは実は殆ど存在しない。遠足の逆現象とでもいえばいいのか、たいていの遠出というのは「準備してる間と行ったあとは凄く楽しい。けど行くまでが死ぬほどつらい」ものなのだ。
「神は何故外出などという概念を作りたもうたのか……」
要するに昨晩あんなに楽しみにしていたデートも、待ち時間が憂鬱なのはなんも変わらんって話だ。「やっぱ友達と二人でいかせるべきだった……いやでも俺も夜空と出かけたいし……」とかもぞもとひとりごとをしてしまう。
制服とジャージとスウェットしか着ないような典型的な非オシャ人間の俺だが、今日ばかりはそれなりにちゃんとした服を引っ張り出してきていた。とはいっても、いつもの三セットよりはマシかくらいのノリだけど……薄手の上着がびっくりするほど肌に合わない。
そのせいだろうか。なんか、こう……いつもよりも落ち着かない。
駅前の喧騒。慣れない衣服。陰の者特有の、常に誰かに嗤われてるような錯覚がする。うへぇー、こんなに外出に適してない人間だったか俺。結構キツイなぁ。
とか思ってたら、聞きなれた軽い足音。夜空だ。
「ごめんごめんっ、遅刻しちゃった!」
「五分くらいだしそうでもないだろ。別に開店時間に間に合わん分には俺はなんの損もしないし――」
口ではこう言ってるがマジで助かった。あのまま独りぼっちだったら結構ネガティブなことになっていたかもしれん。明るい女の子が傍にいるとこっちまで明るくなれるからほんとに助かるな……なーんてことを早口で思いながら振り返る。
固まった。フリーズ。語彙力喪失って単語はこの場面のためにある。
「――」
「ふふーん。どう、似合う?」
「似合わないって言うやつがいたらそいつを殺す」
「いつものキミからは絶対出てこない感想いただきました」
普段は俺がいさめる側だもんな。うん、自覚はある。
私服だった。夜空が。
いや休みの日なんだし普通だろ、と思うかもしれんがこれが結構貴重なのだ。
夜空、気に入ってるのかなんのかしらないけど、休日に遊びに来るときでも着てるのはだいたい制服なんだよ。白いブラウスに黒いリボン、ついでに紺色のブラウスと灰色のスカート。全体的にダークカラーなうちの高校の指定制服は、彼女の明るい性格とのギャップのせいか、それとも彼女の種族に合うからかやたら似合う。
そしてまた派手過ぎないくらいに着崩すのが上手いんだこれが。ぎりぎりな感じで開けられた胸元の白さが毎日眩しい。家ではもう一個ボタン開けるのは変な意味でキレそうになる。
俺の理性の話はともかくとして。最大の問題はそこではなくてだな。
「泣きそう……俺の彼女がキラキラJKなのに私服が好みすぎる……オタク殺しの天才じゃん……」
「この前のわたしより涙腺ゆるくない?」
この私服がかわいい! 大賞の受賞はもう間違いないと思う。
黒を基調としたレース付きのワンピース。最近流行りの肩出しスタイルというやつで、二の腕を覆うくしゅくしゅした膨らみがやたらとかわいい。
対照的に肩からつるす鞄は真っ白で、コントラストが服を強調してくれる。コウモリと猫の缶バッジついてる……たしか大分前のデートのときに買ったやつだ。付けててくれてるのか。ちょっと感動してきた。
細く長い脚を包むのはデニール数の高い黒タイツ。小ぶりで無装飾のローファーと相まって、夜空の美脚がよく分かる。
そして普段はストレートな長い髪は、今日はうなじを見せつけるようなポニーテールだった。ポニテである。全男子の憧れ。黒と銀の髪に高いポニテが滅茶苦茶合う。自然と白い首元に視線が……い、いかん。見惚れてるのを誤魔化せない。誤魔化しようがない。
「ちょっとキミの好みによせたコーデにしてみました。無理してついてきてくれてるんだし、そのお礼」
「聖女……そんな些細なことにお礼なんてしなくてもいいのに……」
見るお薬とはまさにこのこと。陽キャオーラにあてられて死にかけたら夜空のこと凝視しよ……シンプルに気持ち悪いなこの行動。やめよ。
「手とか繋いじゃう?」
「えっ、いや流石にそれは」
「じゃあ腕組もう。はい、ぎゅーっ」
しゅるりと回される白い腕。
意識せざるを得ない胸元の柔らかさ。
いつもと違う香水が爽やかに鼻梁を掠めて、ついでに夜空自身の、女の子特有の甘い匂いが脳をびりびりと痺れさせて――。
「おかしい……おかしいな、これ実は夢なんじゃないか……? 好きな女の子が俺と腕組んでる……これじゃあまるでカップルだぞ……?」
「またそれ言ってる。卒業したと思ってたんだけどなぁ。夢じゃなくて現実だよ。キミ、彼氏。わたし、彼女。まるでもなにもカップルだよ」
「んじゃ死後の世界だ。これは俺を憐れんで神様が見せてくれてるマボロシの類」
「まだ生きてまーす。それに天使じゃなくて吸血鬼です~。機械まがいの翼種と一緒にしないでくださーい」
うわぁなんだろうこの感情。すごい『幸せ』って感じする。
なるほどな。世の中のリア充がことごとく爆発する原因が特定できたわ。自爆だ。俺たちの怨念とは一切関係なく、奴らは自分たちだけの尊さで爆発するのだ。
俺がこの世の真理に気付いてスペースなキャットみたいな顔をしている間、夜空はスマホで何やらお店の情報をチェックしていた。聞くところによれば、最近はフタバの混雑状況が分かるアプリってのがあるらしい。技術の進歩ってすげー!
「いこっか。いつまでも広場でいちゃいちゃしてるわけにもいかないし」
「お、おう……ってこのままいくのか?」
「当たり前じゃん。何のために恥ずかしさに耐えてるのよ二人とも」
「恥ずかしいならやめていいんじゃないかな!」
「だーめ。キミの意識改革も兼ねてるって言ったでしょ」
「ちくしょうあのよく分からん計画発動してんのかよ」
「急にオシャレなブティックに連れ込まないだけマシと思ってくださーい」
こいつ最近言い回しが俺に似てきたなぁ……。どんな思考回路してるのかが完全に把握されつつある、ってことだろうか。俺の存在が彼女の一部になってるようで嬉しいような、夜空を穢してるみたいで罪悪感をおぼえるような。うーんフクザツ。
にしても本当にかわいいな。無限に見てられるわ。
夜空は一般的に『美少女』といって差し支えない女の子だ。吸血鬼がみんな顔整ってるのかどうかは知らないけど、少なくとも夜空はそうだ。街中を歩いてたら目を惹くくらいには魅力的。当然、かわいい服を着てたら余計に注目を集める。
そんな彼女が、どこからどうみてもパッとしない男と親し気に――どこからどう見ても恋人以外のなにものでもない距離感で――腕を組んで歩いてたらどうなるだろうか?
うんまぁ端的に言うと街中から集まる黒い視線がめちゃめちゃ痛い。
「気合い入れすぎじゃない……? 俺にまで視線集まるんだが」
「……南雲くんはさ」
答える声はちょっとだけ暗かった。珍しい。真面目な話するときのトーンだこれ。
「知らないひとに、わたしが馬鹿にされたらどう思う?」
「殺す」
「即答。しかも感情じゃなくて行動だし」
眉毛をハの字にして苦笑する夜空。うるせー、言ってからちぐはぐになったのに気付いたんだよ。ちょっとくらい許してくれ。
それにしても至近距離表情変化マジで心臓に『クる』な……。デートの最中に心肺停止したら骨は拾って欲しい。
「それとおんなじだよ。わたしも、『わたしの彼氏はすっごく素敵なひとなんだぞ』って、全身全霊で自慢したいの。これはその一環」
そういう嬉しいことをさ。何の臆面もなくいっちゃうんだもんな、この子は。
「俺も気合入れなくちゃいけない気がしてきた……」
「お、やる気でてきた? 駅ビルの中にかっこいい服売ってるお店あるよ。フタバ行ったあとに見てこっか」
「いやぁそれは勘弁してほしいかな」
買ったところで着る機会が少なすぎるんだよなぁ……まぁでも、参考にするくらいはありかもしれない。
俺のことを自慢だと言ってくれる夜空のためにも、ちょっとはそれに相応しいやつに、ならないといけないから。
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