そりゃあ「掛ける言葉が見つからない」わけだよ 『イノシシの恩返し』

【作品情報】

『イノシシの恩返し』 作者 小林犬郎

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896571326/episodes/1177354054896571617


【紹介文】

 突然の吹雪から間一髪逃れて帰還した主人公。窓の外を眺めながら命あることを実感していると、なんと部屋のチャイムが鳴る。大雪のまっただ中に訪れた客人は、かつて撃ち殺したイノシシだった。


 基本幽霊が出てくるお話って書かないわけですよ。息無いきなし拙作の話で申し訳ないのですが、神様やら妖怪やら神使しんしやら跋扈ばっこする『僕と千影と時々オバケ』でさえ幽霊は出てこない。この辺りは、存在を認めてしまったらストーリー上都合が良過ぎるからという部分もあるのですが、何より幽霊──とくに"人間サマの幽霊"っていう存在自体がどうにも傲慢極まるよねっていう思いがあるから、あんまり書きたくないわけでして。

 江戸時代、幽霊って妖怪の一種だったんですよ。当時は「妖怪」ではなく「化け物」という呼称だったんですが、とにかく幽霊は河童や天狗なんかと一緒くただった。今でこそ太郎は死ねば太郎の幽霊に、花子は死ねば花子の幽霊になる──って考え方が当たり前っちゃあ当たり前ですけど、当時はそうじゃなかった。太郎も花子も死んで化ければ皆「幽霊」だった。「化け物」という一つの枠に収まっていた。

 ところが、時代が進むにつれて、人権やら集団の中の個が強調されるにつれて「それは違くね?」となってくる。「こちとらホモ・サピエンスだぜ? "賢いヒト"だぜ? 太郎も花子も死んで化けたら皆『幽霊』はおかしいだろ。太郎は太郎の幽霊、花子は花子の幽霊になるべきだろ」「俺は死んでも俺の幽霊だろう」みたいな考え方がまかり通ってくる。


 その辺が──どうもね(笑)。


 死後も人間の自我は保存されるべきだ、魂は永久不滅だ、道具や畜生が化けたような連中なんかと一緒にするな、そういう傲慢さが根底に透けて見えるのがなんかね。いやだし苦手。

 だから、幽霊は基本書かない。念のため云っておくと、幽霊が登場する作品は好きです。『黄昏乙女×アムネジア』の夕子さんすごくえっち(そこはフツーに好きと云え)。だから、他人が書く分には何とも思いません。悪しからず。

 そんな長ったらしい前フリを経て、今回ご紹介しますはイノシシの幽霊が登場するお話。そう、人間サマではなくイノシシだ。やったぜ。


 端的に云えば、"私"のもとへ以前撃ち殺したイノシシが恩返しにくるというお話。


 かつて殺したイノシシから、理由はどうあれ殺してくれてありがとうと感謝されるのは、"私"の立場から考えるに何やらバツが悪い。このときイノシシは人の姿に化けているのだが、"私"の仕掛けた罠にかかった傷痕(そして恐らくは銃創も)が残っているのも"私"からすればバツが悪い。ちなみにイノシシの訪問時、"私"が食おうとしていたのは所謂ぼたん鍋(イノシシ肉の出どころは云うまでもない)だった。もはやトリプルでバツが悪い。

 イノシシは何故自分を殺した"私"のもとへ恩返しにやって来たのか? この短編は最後の最後で読者にこんな教訓を与えてくれる。


「いろいろ、大変だったんだな」という魔法の言葉フレキシブルワードで、私たちは大体身を護れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る