第11話 共闘のすすめ(前)

 早朝、まだ薄暗い室内で目覚めた俺は腹に掛けていた厚手の毛布を無造作に放り体をほぐしながらベッドを抜け出す。


 夜の間閉め切っていた窓を開放し、室内に朝風を取り込んだ。


 冷えた空気を全身で浴びながら徐々に思考も覚醒してきた俺の視界に、朝焼けの空を背景にしたヴァルサフランの街並が映った。


 欠伸を噛み殺しつつ、茶の目平蛇チャノベークのなめし皮を用いた安物の上着を一枚羽織った俺は宿の一階へ降りていく。


 この時間だというのに既にバッチリと化粧をしてテキパキと雑務をこなしていた女将さんから適量の水を受けとり自室へと戻ると、魔力の膜にくるまれ球状を保つ水塊をふよふよと手で弄り、適度な大きさに千切ったら桶の上でパチンと弾いた。


 この水で歯磨きやら洗顔やらもろもろの身支度を済ませ、サッパリとしたところで仕事用の身なりに着替えると、宿に備え付けられた食堂に立ち寄る。


 ガッシリとした歯ごたえと日替わりで内容が変わる新鮮な具材が食欲を誘うポポのポ亭まかないサンドを五つ注文すると、豪快にかぶりつき空腹を満たす。


 最後に、夜間に冷え切った体に染みるこま切れ肉と根菜のスープをグイっと飲み干し、野菜の甘さが際立つやさしい味付けに舌鼓を打って一日の活力をチャージした。


 朝食を終え、さっそく俺は人生初のパーティメンバーとなった彼女が待つであろう中央通り近くの宿へと向かった。






 白塗りの壁と黒を基調とした外観が目立つ大きな建物の前へと到着すると、その入り口付近でお目当ての人物らしき姿を見つけた。


 身体つきよりも二回りほど大きくぶかぶかな厚手の魔導衣に身を包み、サイズが合わないせいか襟で口元が隠れ更にとんがり帽子を目深に被っているためその素顔をしっかりと確認する事は出来ないが。


 傍らに浮遊する漆黒のオーブと帽子からはみ出た紅い髪の毛を見るに彼女アーリカで間違いないだろう。


「すまん、待ったか? 」


「……にゃっ!? あっ…い、いえ」

 襟と帽子に視界が遮られ、俺の接近に気付けなかったのか。


 ピョンと小さく飛び上がったアーリカは襟を下へとひっぱりつつ、頬を赤く染めながら「待ってないわよ」と返してきた。


「…な、なによ…? 」


「いや…。 と、それより今日はパーティ設立の申請をしなくてはいけないのだろう? 」


「ええ、と言っても昨日冒険者手帳の概要欄に記述した内容の確認をとるだけだと思うけど」


「そうなのか、案外簡単だな」


「ええ。 じゃ、じゃあ……行きましょうか? 」


 お互い人生初のパーティメンバー…といっても現在は二人だけなので相棒といった感じだが。


 そんな二人の会話は出会ってまだ二日目という事もあり、やはりぎこちない。


 俺はあまり口数が多いタイプではなく、アーリカも今のところ賑やかしい感じではないのでギルドへの道中はいたって静かなものだ。


「あの、さ」


「どうした? 」


 付かず離れず、アーリカとそんな距離感を保ちながら足を進め…ギルド拠点が近付いてきたちょうどそんな時、ふいに彼女が口を開いた。


「変な事聞くようだけど…。 どうやって中に入ろうかしら…? 」


「…なるほど、確かにそれは問題だな」


 何の事だ? などと聞き返さずとも、彼女と俺は二人ともパーティー活動一日目の超初心者野郎。


 内心ドキドキバクバク現在進行形で緊張しまくりなわけで…俺はアーリカの言葉の意味を即座に理解した。


 今までずっとソロだったから、二人の時どんな感じでギルドに入るのか分かんねぇよな!!


「や、やっぱり…横に並んで同時に入るのかしら? 」


「いや、ここは縦に……一列に並ぶ感じで入場するパターンが正解だろう」


「そっ、そうなの…? 」


「勿論、勘だ」


「ぷっ、なによ勘って」


「…割と自信はあるぞ」


 この会話が切っ掛けで少しだけ和んだ空気だったが。


 結局ギルド拠点の門を前にするまで、どうやって中に入るのか決まらなかった。


「えっと…それで、どうする…の? 」


「まあ、ここまで来たら悩んでいても仕方あるまい…ほら、行くぞ」


 入り口付近で立ち止まっていては何かと迷惑になるし、こういった場合は案外勢いが大事だとアーリカの手を掴みそのままギルド拠点へと足を踏み入れた。


(ん……なんだ? 今日はやけに騒がしいな? )


 ギルドに入るなり、何時になくガヤガヤした周囲の様子に一瞬戸惑うが。


 まあいいだろうと彼女の歩幅に合わせつつ受付へと向かった。







「ぱ、パーティの設立申請…です、か? 」


「ああ、このページを提示するんで間違いないか? 」


「えっ、あっ! はい、今確認しますね! 」


 俺とアーリカの冒険者手帳を受け取り、手続きの為受付の奥へと姿を消した受付嬢…最近では顔馴染みになりつつあるレイさんの背中を見送る。


 冒険者手帳を手渡して以来、ずっとそっぽを向いているアーリカの様子を気にしつつも、やはり何時にも増して騒がしいギルドの様子が気になりパッと後ろを振り向いた。


(……む? )


 しかし。


 何故か俺が振り向くと、急速にその騒がしさ勢いを無くし。


 きょろきょろと辺りを見渡す頃には、普段のギルドとさして変わらない様子になっていた。


(ふむ…。 一先ず騒がしさは去ったのか…? )


「……」


 再び受付へと向き直る中、アーリカと視線が重なったが直ぐに目を逸らされてしまった。


 その反応に少し傷つきつつ…彼女も先程の騒がしさが気になっていたのだろうと一人納得した。






 ◇◆◇






 昨日の出来事が今でも半信半疑。


 もしかして私がみた都合のいい夢なのでは? と思い、魔導衣のポケットから冒者手帳を取り出しパラパラとページを捲りお目当ての場所でそ手を止める。


 グレイ・バーツ。


 少し不格好ながらも堂々とした男らしい文字で、確かに彼の名はそこに記されていた。


 朝からもうこの確認作業を何度したかも分からない。


 先日、突然のパーティ申請を受け。


 彼の力量や立場を考れば、断る理由…いや断る選択など存在しない私はこの話を二つ返事で快諾した。


 それとなく噂には聞いていたため予測はしていたが、彼も本当にパーティーを組むのは初めてだったらしく更に驚きなのはパーティー設立についての知識を殆ど持ち合わせないまま私を誘ったところだ。


 S+3という等級は、ただ腕っぷしが強いだけで成れるものではなく。


 少なくとも彼は戦闘に必要な知識という面ではかなり博識な筈なのだが。


 ギルドのシステムなどの、私からすればあたりまえに持っているような知識をてんで持ち合わせていない事には驚かされた。


 彼の口から軽く聞いた話では、田舎にいるお爺様から冒険者として生き抜くうえで必要な知識は学んできたらしいのだが、冒険者をはじめる上での準備的な知識はさして気にしていなかったようで…なんならら現地で学べばいいだろうと思ってこの地までやってきたのだという。


 そんな話を聞き、マスタージョブでありながら今までソロだった要因。


 その一端を垣間見た気がしたが、彼が既にパーティを組んでいたら今のような状況は訪れなかったであろうと思い、特に私から何かを口にすることはなかった。


 あまり口数は多くないが、話してみればその外見に似合わず落ち着いたトーンの彼の語り口調は私に馴染み、これならパーティとしてもやっていけそうだと胸を撫で下ろした。


 そして今日。


 待ち合わせの時刻よりも幾分か早く姿を現した彼。


 こういう所はしっかりしているようで。


 声を掛けられるまで近くに来ていた事に気付かず、驚きから飛び跳ねてしまい内心かなり恥ずかしかったのだが…あまり気にした様子もない彼のお陰ですぐに持ち直すことが出来た。


 ギルドの門をくぐる際、自然に手をとられた事には驚かされたが…すぐに周囲の視線が気になりはじめそれどころではなかった。


 誰と誰がパーティを組んでいるという事をギルドが把握する事により、後々報酬の配分や手を貸した貸されたで揉めないように不可欠なパーティ設立申請。


 その手続きの為こうして受付を訪れたのだが、冒険者手帳を手渡す際に感じた受付嬢からどこか品定めするような視線受け…私はそのまま顔を逸らした。


 そして、視線を受付から逸らした事で気付いてしまった。


 一部の冒険者から私に向けられる、嫉妬や不満…明確な悪意。


 私の隣には彼、グレイが居るため皆直接的な言葉を口にはしないが、負の感情を向けられている本人にはそれが分かる。


 …でも、この視線は仕方のない事なのだろう。


 ぽっと出の駆け出し冒険者、それも花形のジョブとは対照的な私のジョブだ。


 何故あいつが選ばれたんだ? という不満が他の冒険者達から出るのは当然だ。


 会ったばかりのグレイと昨日の今日にパーティーを組んだ。


 理由はいくらでも後付けできる、断るのが怖かった、彼が感じの悪い人ではなかった。


 でも、結局のところ…私は冒険を共にして得られるメリットに釣られたのだろう。


 だから…だから私は、この視線を受け入れなければいけない。


(気にしちゃダメよ……私)


 ピタリ、と。


 ふいに、周囲の喧騒が止んだ。


 というより、普段のギルドの様子へと何時の間にやら変化していた。


 何故急に? と思い視線を動かせば、グレイと視線が重なった。


 どうやら、彼がギルドの嫌な雰囲気を変えてくれたらしい。


「……」


 冒険者手帳の確認が終わり。


 今後二人で受けてゆく依頼の方向性を話し合う為、一度ギルドの外へと出る私達。


「また昨日の茶屋でいいか? 」


 そう尋ねてくる彼に無言で頷き、その背中を追う。


 多くの人々が行き交う昼前のヴァルサフラン。


 その街並み、生活音に、掻き消されるほど小さな声で。


「さっきは……ありがと」


 呟かれた私の思いは果たして、彼に届いたのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

勘違い騎士さん珍道中 猫鍋まるい @AcronTear

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ