第10話 これが魔女と騎士との出会い(後)

 この一月近く俺は収集対象を魔鉱から竜玉に変更し竜族の棲み処を対象とする依頼を中心に日々遠征を繰り返していた。


 というのも、あれからボコル殿の古くからの知り合いとして定期的に顔を見せにくるリュドミン、所謂竜人族の鍛冶職人カーラ嬢が数年ぶりにガルガン工房に顔を見せ。


 ルルさんが竜玉を用いた加工を行う様を目にすると、竜人達の間でも継承が難しく今ではその担い手がごく僅かしかいない竜具の打ち手みたいだと興奮気味に口にしたらしい。


 カーラ嬢は、まさかドワーフに竜具の打ち手が現れるとはと愉快そうに腹を抱えたとのことだが。


 聞くところによれば、竜人の鍛冶職人もまた竜力…他の種族でいう気に近いエネルギーを練り込み鍛錬や製造をおこなう為、その技法に近しいドワーフの中に竜具の打ち手が現れても不思議ではないとの事だ。


 厳密にいえばルルさんは加工時に竜力は用いていない為、出来上がった品を竜具と呼ぶ事は出来ないのだが…それはともかく。


 鍛冶職人への大きな一歩を踏み出したルルさんを応援すべく、俺は竜玉集めに勤しんでいたというわけだ。


 しかしながら、流石に立て続けに竜を狩り過ぎたせいか。


 先日、自然の成り立ちを正しく保つ為にギルドが定めている月間の個人討伐限界スコアに俺の竜族討伐数が達してしまったらしく。


 今月これ以上の竜族討伐を繰り返せば罰金のみならず、最悪重い処罰も下されてしまうのでここから暫くの間は大人しく別の依頼を引き受けておいたほうが良さそうである。


 そんなわけで、新たな依頼を手にするべく今日も今日とてギルド拠点の門をくぐるのだった。




 ◇◆◇




 ギルドの門をくぐり姿を現した大男…グレイの登場にも、流石にここ最近は慣れてきた冒険者達。


 彼の姿に一度視線を送りつつも、すぐに中断した会話を再開し自らが引き受けた依頼内容の最終確認といった雑務に戻っていく。


 ここ最近、ギルドの空気はいい意味で変わりつつある。


 というのも、グレイの活躍に触発され今まで自身の等級より下の安全かつ容易に対処出来る難度の依頼ばかりを優先してこなし長年その等級を変えていなかった中堅冒険者達が、自身の力量と相談しより高難度な依頼に積極的に挑戦するようになってきたのだ。


 無論、彼等の資本はその肉体なため大けがを負うような無謀な依頼や無茶な冒険は出来ないのだが、それでも今まで避けてきた依頼を受けようというチャレンジの精神を取り戻し、気力が湧いてきたのはギル ド全体にとってとてもいい兆候だった。


 また、かつての様に足を踏み入れただけでギルド内が静まり返る事も無くなったここ最近は、グレイ…彼の日常もまたほんの少しの変化をもたらしていた。


 これまでであればギルドの異様な空気に押され、周囲からの情報を遮断する事ばかりに気を取られ依頼が張り出されたボードと受付嬢にしか視線を向けていなかったグレイだが。


 最近はギルド拠点に入ってから、ごく自然に周囲へと視線を向けられるようになってきたのだ。


 とはいえグレイ本人は「露骨にのけ者にされるような空気が無くなって…最近は過ごしやすくなってきたな」という、ズレた感想を抱いていたのだが。


 そんなわけで少しだけ周囲にも気を配るようになったグレイだが。


 彼は数日前にある少女を一目見て以来、ずっと彼女の事が気になっていた。


 その少女とはつまり闇印魔導士のアーリカなのだが、グレイが彼女の事を気にする理由は別に一目惚れといったわけではなく。


 グレイが知る限り、常に一人きりでクエストボードの前に居座っているアーリカ。


 その服装と頭に被った独特なとんがり帽子から十中八九後衛職であろう彼女が、毎度毎度一人で依頼を受けて居る姿に親近感もとい、どこか不人気ジョブとして除け者な自分と同じ匂いを感じていたのだ。


 こうしてグレイの中で固まりつつあった謎の仲間意識は、この日…ついに確信へと変わる。


 その日受ける依頼に目を通すためクエストボードへと近付いたグレイは、身長差の関係上一番視界が確保しやすいアーリカの背後へと自然に足を運んだ。


 早朝は特にクエストボード前が混みやすい時間帯という事もあり、思いの外距離を詰めて立ってしまっていたグレイは突然振り向き帰路へ着こうとしたアーリカを胸下で受け止めそうになる。


 寸でのところでお互いなんとか踏みとどまり衝突は回避されたものの、目当ての依頼が見当たらず気分が落ち込んでいたアーリカはつい反射的に、思いのほか鋭い口調でグレイを非難してしまうだった。


 しかし今回、その相手が悪かった。


 グレイ本人はまったくもって認識していないがS+3級の冒険者というだけで本来相当な憧れの対象であり、短い月日で行った彼の数々の功績が認められ周囲の評価は鰻登り。


 本人の厳つい見てくれと他者にあまり寄り付かない姿からぼっち…いや、孤高の存在と化している彼に駆け出し冒険者である彼女が放った非難の言葉は周囲にいる者達の反感を買った。


 その後のグレイの出方によっては、彼女…アーリカは一部の実力至上主義者達やグレイに異常な憧れを抱いている者達から心無いバッシングを受けかねない状況だ。


 そんな状況の中。


 渦中の一人であるグレイは、アーリカから放たれた非難の言葉もピリついた周囲の空気も全くもって眼中になかった。


 彼の視線はアーリカの傍らで浮遊している闇印魔導士特有の武具、漆黒のオーブに釘付けだったのである。


 ここにきて、かねてよりグレイの中に合ったアーリカへの仲間意識にカチリとスイッチが入る。


 彼は表情にこそ出さないものの内心では「こ、このオーブは…!? 伝説の不人気ジョブ、闇印魔導士の証…! ってことは、目の前にいる彼女は、お、俺のお仲間じゃねぇか…!! 」という、周りの者が聞けばずっこけそうになる勘違いを起こしていた。


 しかし、その勘違いを口にはしていないグレイの間違いを正せる者はおらず…就きたいジョブランキング・パーティに入れたいジョブランキング共に最下位である闇印魔導士に就く彼女を、とうとう見つけた”パーティーメンバーになってくれそうな人物リスト”に即座に追加したグレイは。


 周囲の冒険者たちが事の成り行きに固唾を見守る中、ついに口を開く。


「突然の事で驚くかもしれんが……」


「な、何よ…」


 今の今までパーティーメンバーへの勧誘…ましてやその交渉などまともに行ってこなかったこの男は。


 あろう事か、今この場で直接アーリカをパーティ-へ誘おうと考えていた。


 しかし、いざ口に出して勧誘しようとすると日頃からのコミュニケーション不足も重なり思いの外緊張する。


 話を切り出したはいいが、その途中で口ごもってしまったグレイはようやく周囲の異様な空気に気付いた。


 ピリピリとした室内の様子に「何事だ? 」と首を傾げつつ、ここは一旦場所を変えて話そうと思い立ったグレイはアーリカに外で話さないかと持ち掛ける。


 周囲の空気に居心地の悪さを感じていたのはアーリカは無言で頷くと、二人はギルドを後にした。


 結果として生まれて初めて女性をお茶に誘う事となったグレイは、亜竜人族の一種であるガメミンの老夫婦が営む茶屋を訪れる。


 流れのままについてきてしまったものの…改めて何を話すのだろうと困惑中のアーリカは、改めて目の前に座る大男、グレイを観察し…その動きを止めた。


 グレイが身に着けるマスタージョブの紋章、それが意味する事を冒険者を志していたアーリカが知らない訳もなく。


 今になって彼がどんな人物なのかに気付き、とんでもない事をしでかしてしまったと頭の中が真っ白になっていた。


 冒険者登録を済まして以降、自分の事で手一杯だった彼女はグレイとは別の意味で周囲に気を配る余裕がなかった。


 そのため同じギルドに所属する最高位の等級を持つ彼の存在も、そんな冒険者がいるのかくらいの認識でそれほど気に留めていなかったのだ。


 等級・実力・知名度共に雲泥の差がある人物に、自分は何故呼び出されたのか…ますます分からなくなったアーリカは先程から腕を組み何やら考え込んでいる様子のグレイを前にして、徐々に焦りを感じ始める。


 そんな緊張と困惑が入り混じった彼女の耳に、唐突に信じがたい言葉が飛び込んできた。


「あーその、なんだ…。 やはり俺は色々と言葉を並べるのが苦手なようだ。 だから、手短に済ませよう……」


「っ……! 」






「俺と、パーティーを組んでくれないか? 」


「ごめんなさ― ……へっ? 」


 マスタージョブの冒険者を前にした緊張感から、思わず謝罪の言葉を口に仕掛けたアーリカだが…そんな彼女の口から気の抜けた声が漏れる。


 俺とパーティーを組んでくれないか。


 あまりにも直球なその誘いに、アーリカはコクンと無言で頷いた。


 これは駆け出し冒険者であるアーリカに舞い降りた一つの幸運。


 そして孤高の男が初めて手にした仲間との出会いの話である。


 黒衣の魔女と重装の騎士…彼らの物語はこうして幕を開けた。

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