第二話(4/4):先生、流行ジャンルってやつがあるじゃないですか。

照れ隠しのように眼鏡を直す仕草をした先生は、優しい目をして言った。


「近年では、全ての物語は六つの原型がある……なんて言われているしね。テンプレである事は別に恥じる事ではない。問題はそこで何を語りたいのか、どんな風景を見せたいのか、なんじゃないかと思う。友香くんが今頭の中に描いた景色は、それを言葉にして語れるのは君だけなんだ。それこそが、創作なんじゃないかなとおれは思うよ」


*参考:BBC NEWS JAPAN 「全ての物語の6つの原型 データ分析から解明」(2018/07/02)


先生の言葉に、友香は悩み顔で答えた。


「でも、何て言うかその……やっぱり売場に行くと目が滑るというか、同じ内容に見えてしまうんです」

「そんなにテンプレチートはいけないものかなあ」


友香の言葉に先生は首を傾げる。そこで友香はあわてたように首を振る。


「いえあの、いけないとか批判している訳ではなくて、印象がどうも重なって見えてしまって……」

「ああ、つまり売れ筋の本の見分けがつかない、とかそういう話かな」

「はい」

「それはまあ……こう言っては何だが、ライトノベルという定義がここ二十年程で出来ているじゃないか? かつての時代小説や私小説のように、新しい定番が出来つつあるだけなんだと思うなあおれは」


「新しい……」

「定番、ですか」


友香と私はよく分からない、という顔をしておうむ返しに呟く。


「そう。かつて小説は「不良の読むもの」 だった。それが当たり前に読まれるものになったのはいつだろうか? そんなに遠い話ではないのは確かだ」

「確かに……」

「昔の作家さんって、変わった逸話持ちの人も多いですしね……」


私達の反応に先生は頷きつつ、続きを話す。


「そんな新しいメディアではあるが、昨今では時間を奪い合うライバルが増えた。テレビや映画、ゲームに始まり、ブログ、SNS、YouTubeに代表される個人メディアまで、現代人はその気になれば二十四時間刺激を受け続ける事が出来るようになっている。そこで、だ」


十津先生はじっと私達を見て。


「どうだろう? 君たちは今、どれぐらいの頻度で小説を読んでいるだろうか」


と、問いかけた。

私と友香は先生の言葉に思わず視線を合わせる。


「友香はどう?」

「仕事柄、文章には常に触れてますが、小説となると……」

「だよねえ。私も進学とかの準備もあるし、全然だよ」


……確かに、言われてみればその通りだ。

今では連絡ツールと生存確認みたいな感じで使ってるTwitterとかLINEなんかで、友人等が拾ってきたトレンドを拾い読みするだけで時間が無限に浪費出来るし、ウェブ小説も進んで読みに行かなくなっているなあ。


「そうだろうな。じゃあ、そんな二人に聞くが、もし新しい小説を勧められたとして、それをすぐに読むか? 澪くんはどうだ」

「親しい友人に勧められれば……とりあえずパラッとは目を通すかな」

「なるほど。友香くんは?」

「そうですね……興味が持てれば、通勤時にでも少しずつ読み進めようかなと思います」


先生は友香の言葉にぽんと手を打った。


「うん、それだ」

「はい? 何がでしょう」


友香は不思議そうに首を傾げる。


「だから、そこなんだよ。ウェブ小説の長文タイトルも、テンプレ展開も。全ては興味を持って読んで貰う為の導入に過ぎないんじゃないか、と思い当たってね」

「……あ、そうか。小説を読ませるのって、かつてより難しくなっているんですね? 他の娯楽と食い合うんだ」


十津先生の言葉に、友香は得心したように頷いた。


「そう。動画や音楽ほど受動的なメディアではなく、文字という集中して読む必要があるものだからこそ、積極的に売りを見せていき、興味を抱いて貰うのが必要だろうとね。読者はその労力ゆえに安全を買いたいんだ」

「ああ、そうか、なるほど……だから皆、あんなに必死にタイトルに拘ったり、半ばネタばらしのあらすじを付けたりするんですね。今はむしろ、勿体ぶって先を予告しない方が読者獲得の妨げになる事もある、と」

「まあ、ジャンルにもよると思うけれどね。流石にミステリー系でネタばらしはしないだろうし」

「そうですね。逆に言えば、巧妙なトリックや物語の中心に謎解き要素を設けない限りは、特に隠す必要もないのかも知れないですね」


友香と十津先生の会話は弾んでいる。


それをふんふんと聞いている私も、なるほどと思った。言われてみれば納得だ。

確かに私も、ウェブ小説の読者だった時は気になってるキーワードの入ったタイトルのものを選んでた気がするなあ……。


「週刊誌の見出しや、スポーツ新聞のアオリを思い出すといいだろう。それらは大衆の興味を惹きやすいキーワードで溢れているんじゃないか?」

「そうですね……まず、週刊誌などだとトレンドを押さえないと売れませんし。なるほど、そう言われると、長文タイトルの理由が見えてきました。本当に売り文句なんですね」


二人の話を聞いていると、意外な気がしてくる。


「私が何気なく読んでたライトノベルやウェブ小説は、本当に読ませる為の工夫が詰まってたんだなあ……」


私の言葉に、十津先生はニヤリと笑う。


「そりゃそうさ。娯楽作品は人を楽しませてなんぼだからね。いわゆる高二病……難しい表現や漢字が沢山の文章こそが至高、ていう考え方は間口を狭めてしまうだけ。当然だが、重厚な文体自体は悪いわけではない。単にジャンル違いなだけだ」

「はあ……とはいえ、その重厚なスタイルを貫きたい人はいると思うんですけどねえ。軽いだけだと飽きませんか?」


過去には耽美な文体などを志向したことのある私としては、ジャンル違いで切り捨てられたくはない。

反抗心から食い下がると、十津先生は余計に楽しそうな笑顔を浮かべて言った。


「澪くんは納得出来ないかい? だが、児童文学を読めば分かるが、平易な言葉でも十分にメッセージ性のある物語は作れるし、伝わるものだよ」

「そうですよね! 童話とか児童向けの話も多分にメッセージ性の高い作品がありますし」


続く友香の言葉と、如何にも本が好きという感情が浮かんだ彼女の瞳の輝きに、私は怯んだ。


「う、た、確かに……」


ここは折れるべきだろうかと考えていると、十津先生がまた適当な事を言い出す。


「いやまあ、こんな事を言っておいて何だが、別に文体自体は重くてもいいとは思うんだ。ただ、ウェブ媒体という、長文を読みにくい場所では広く読まれ難いというだけで。そこはまあ、誰に読ませたいのか、に掛かってくるのかも知れないな」


無駄に心を翻弄された私は、その言葉に思わずじろりと先生を睨みつけてしまう。


「先生の話しって、いつも本当に締まらないですよね……」

「まあね。いつも言っているけれど、おれはおれの経験でしか語れないし、責任とらないから」

「あーもー、ああ言えばこう言うー」

「でも、そんなおれと話すの好きでしょう、君は」

「この先生、分かったような顔して人のことからかってくるの本当にアレだよねえ!」


うわあ、と頭を抱えた私に、ゆるい笑みを浮かべた十津先生が得意げな顔で言った。

ああ、そうですよ。こうして軽口叩く相手がいるのは幸いですね!


「あはは、本当に仲いいですよね、澪先輩と十津先生って。見てて飽きません」


そんな私達を、ころころと笑いながら友香が見ていた。

微笑ましげに。


のどかな秋の昼下がり。

今日も文芸部には、どこか緩んだ空気が漂っていた。

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ぶんげいぶ!〜あやかし先生と女子大生の創作ノート 兎希メグ @megusyosetu

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