最下層にある真夏の太陽を求めて
ケンコーホーシ
第1話
ローグライクゲームは、キャラクターではなく、人が成長するゲームだ。
いつだったのか、誰が言ったのかわからないけれど、その言葉は僕の胸の中に刻まれている。
幼き時の僕はRPGのゲームをよくやっていた。
慣れ親しんだ村を離れ、目的である巨悪を討つために、レベルを上げて、装備を揃えて、仲間を引き連れて、
時間をかけるほど練度が増していくキャラクターを見て僕は満足したものだ。
現実はこうじゃないから、
どんなに努力をしても、どんなに時間をかけても、積み重ねたあれこれが結果として反映されないことは多々あった。
だが、ゲームの中の世界は違い、時間をかけていけば必ず僕の分身は強くなった。
ボロボロのひのきのぼうは鍛え込まれた黄金の剣に、
スライム一体にすら苦戦した脆弱な肉体は、巨大なドラゴンですらも一撃で屠る強靭な肉体に。
ゲームの世界の僕は分かりやすく強くなり、分かりやすく世界を救い、そして僕はエンディングを見終えて夢を見た。
強くなった自分に満足して、世界を救った自分を称賛して。
だからローグライクゲームを生まれて遊んだ時には衝撃を受けた。
あれは何時のことだっただろうか。まだ世界が恐怖大王がやってくるなどと騒いでいた1990年代の頃だっただろうか。
当時小学生だった僕は行き慣れたゲームショップの中古ゲームコーナーでそいつを見つけた。
エリスのダンジョン
そう名付けられたゲームは少し前の古い絵柄をしていたが、巨大な剣を構える剣士のイラストと、深淵の覗くことになりそうな深い深い穴があり、何やら祈りを捧げている雰囲気の神秘的な女性の姿があった。
なるほど、この祈りを捧げている女性がエリスであり、彼女を助けるための冒険物語なのだろうな。
作品の方向性を端的に示しているパッケージデザインのゲームを僕は気に入り、値段が300円と手頃なこともあり、そのまま購入することとなった。
絵柄も好みだったしね。
家に帰った僕はさっそくそのゲームを取り出し遊ぶことにした。
ゲームの内容はおおよそ僕の想像通りであり、エリスと呼ばれる女性はエデンの地と呼ばれる土地に眠るとされる守り神であり、彼女の力によってこの地にかつて蔓延っていたとされる魔獣たちはその力を失い封印されているらしい。
主人公である剣士キース(名前変更可能)は、そのエデンの地に偶然訪れることになった流れの剣士であり(どうやら、メディアミックによってその過去は語られていたらしいが、当時でも若干古いゲームであったようでその辺りの背景はよくわからなかった)、
近年、エリスのちからが弱まっているためか魔獣達が出没することになったエデンの地で、魔獣たちを鎮めるために「イケニエ」にされそうになっていた少女・エリカを助けるべく、魔獣達の潜むダンジョンに潜ることになる。
なるほど。
シナリオの大筋を理解した僕はさっそくダンジョンに潜り、モンスター達を倒しながらその深淵を目指すことにした。
最初は弱い敵ばかりであり楽勝であったが、徐々に強くなり、やがて僕は深層20Fを超えた辺りで巨大なモンスター2体に囲まれて倒されてしまう。
敗北だ。
しかし、レベルは20レベル程に僕はあがっていた。また地道に潜っていけば勝利できるだろう。
倒された僕の分身である剣士を見て僕は目を疑った。
レベルが1に戻っているのだ。
ここでローグライクゲームというものを知らない人のために説明をしておくと、ローグライクゲームとは「ローグ」と呼ばれる古いゲームを模したゲーム作品群のことを指し、
武器やアイテムを駆使して、ダンジョンを潜っていく。
ターン制のバトルであり、モンスターや罠を掻い潜り深層を目指す。
深き深き穴に潜り込んでいくその様子から、ならず者――ローグと名付けられたゲームとなる。
ただ、ここまで聞けば只の冒険ゲームだと思うだろう。
違うのは、生成されるダンジョンが毎回ランダムであり、変更されること。
そして、主人公でありキャラクターがダンジョンで倒れるたび、彼が所有する装備品とアイテムは全て失われ、レベルが1に戻されること。
そう、レベルが1に戻される。
それはどんなにどんなに努力をしても、どれほどどれほど時間をかけても、プレイヤーである僕が少しの手違いをしたら敗北となり、最初からやり直しを余儀なくなれることと同義であった。
それは一種のゲーム内における「死」であった。
もちろん、僕だってゲームのセーブデータが消えたりして、最初からゲームをやり直すことになったケースは何度もある。
ただし、それは偶発的な、いわば知らないうちに後ろから刺されたような、しょうがないゲームの「死」であった。
だが、ローグライクゲームの死は違う。
僕は僕の選択によって、ゲームのキャラクターであるキースを死に追い込んだのだ。
彼が積み上げた20のレベルを、着実にだが築き上げた装備を、潤沢になってきたアイテムを、僕は自分のプレイングよって喪失させたのだ。
それから、僕は1週間ほどエリスのダンジョンには触れなかった。
言葉にならないショックが僕を襲い、そしてどうしてモンスター2体に囲まれることになってしまった場面を作ってしまったのか、
どうして、アイテムを使わなかったのか、どうして、前の階層でもう少しレベル上げをしなかったのか。
いろいろな後悔が襲い、僕は1週間エリスのダンジョンを遊べなかった。
ただ、まあ、1週間後には再開した。
当時の僕にとっての300円は決して安価ではなく、また買ったゲームを遊ばないという選択肢は僕にはなかった。
ついでに言うなら暇でもあったのだ。
悔しさに身を焦がしながらも、僕は何度かのトライ・アンド・エラーを繰り返しながら、前に潜った階層よりも深い階層に潜れるようになっていた。
モンスターと対峙した時には必ず先行で攻撃できるよう立ち回ること、レベル上げや回復は横着せずにきちんと行うこと、必要以上のアイテム使用は禁物だが危ない時には必ず使うこと。
常に最悪を考えて行動すること、負ける可能性を出来得る限り狭めること、一つひとつの勝利に慢心せずに着実に進むこと。
僕は幾度かの手痛い失敗を繰り返しながらも、エリスのダンジョンである所のストーリークリア地点である、地下50階までたどり着いた。
そこには魔獣達の親玉である巨大な黒ドラゴンが存在していた。
僕は初めて見ることになった敵と対峙し、そして敗れた。
負けた。
ただし、その時の僕は自身の敗北に対して、キースの死亡に対して、最初ほどのショックは受けなかった。
負けてしまった。
500ポイントほどのダメージを与えたにも関わらず、あいつは耐えた。
魔法はきかなかったが、弓矢での攻撃は効いた。
状態異常は3ターンまで続いた。僕のキースはレベル48であったが、アイツの攻撃を8発は耐えられた。
つまり。
つまり。
つまり――。
僕は1週間後、再び黒ドラゴンの目の前にたどり着き、その巨体をダンジョンの奥地に沈めた。
ああ、そうだ、思い出した。
全てが終わり大団円を迎えることになったあの日、部屋の窓から見える日差しは夜が近いにも関わらず夕焼けで。
8月31日。
夏休みの終わりの日であった。
◆
あれから20年。
2020年の夏を迎えることになった僕は今年30歳を迎えることになった。
小学生の時よりは老成して、かといって周りよりはまだ子供な気もして、変わってしまったのか、変わってないのかよく分からない日々を過ごしているけれど。
実家に帰省したタイミングでエリスのダンジョンを見つけた。
懐かしさを覚えて、ゲームハードは残念ながら売ってしまっていたが、ソフトだけ持って東京のアパートに戻ることにした。
ネットで何となくエリスのダンジョンについて調べたところ、どうやら当時のゲーマー達の間ではちょっとした隠れた鬼畜ゲームであったらしく。
買って遊ぼうとしたら難しすぎて中古屋にすぐ売った。
序盤から出てくる敵が異様に強すぎる。どんなデバッグしてたのか。
キャラクターデザインにXXXX先生を起用してることから売れたが、最後までいった人の少ないゲーム。
といった感想が口々に書かれており、確かに当時やたら難しいとは思っていたが、本当に難しいゲームだったのか。
と納得した。
その一方でこんなことも書かれており。
当時のインタビュー記事にあったが、クリア後の地下99Fダンジョンにたどり着くと本物のエリスと出会えると書いてあったが行けた人誰かいる? 古いゲームだし、そこまでメジャーではないから、プレイ動画とかもあがってなくて。
僕は眺めていたスマホのブロク記事を消して、続けてゲームハードの商品購入ページに移動した。
もう20年以上前に発売したゲームハード。幸いにして記憶媒体はカセット自体に備わっており心配は不要。
もう少し頑張ってみるか。
僕はもうエリスのダンジョンのことをネットで調べることはしないだろう。これは一対一のゲームと僕の対決なのだから。
電車を待つホームの切れ端から映る夕日は、もうすぐ夜だというのにやたら輝いて見えた。
最下層にある真夏の太陽を求めて ケンコーホーシ @khoushi
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