12話:ロゼ・フルガウド

パブリル時計塔。


リヒテンにある5つの時計塔の中では特にこれといって特徴あるわけでもない時計塔だが、それでもかなり立派であることに変わりはない。そこの麓は人通りの少ない路地が入り組んでいて、夜は街灯の明かりも薄ぼんやりとしている。そのため月明かりがない日は、一層暗いものとなっていた。


そこを歩く男は血にまみれた手でランタンに火を灯す。裏路地のとある看板、そこにいるであろう人物に用があるのだ。


お目当ての看板の前に、人が立っている。遠目ではわからないが、こんな時間にこんな場所にいるのなら『やつ』だろう。そう断定した男は、その巨体でものにぶつかって音を立てないよう、注意して近づいていく。


気付かれはしまい。気配遮断のスキルを使用し、曲がり角にある看板の前の人物に近づいていく。血に汚れたその手を、ゆっくり、ゆっくりと人物の首に伸ばしていき、そして…






「気配を消すなら五感の使用制限くらいした方が良かったね」



「!?ぐあっ!!」


ざくりと肩を何かが抉る感覚。大男は咄嗟に跳びのき、刃物の持ち主から距離を取る。その衝撃で、いくつか家屋を破壊してしまう。


「あれ〜?首を狙ったはずなんだけどな〜」

「き、さま…」


男の目の前には、黒いローブをまとった1人の人物。男が今宵殺害する筈だった、逆賊がそこにはいた。


「ぐあっ!!」


男の足に刃物が刺さる。どうやらご丁寧に毒まで塗り込んであるらしいが、そんなもので倒れるほど男はヤワではない。


「ぐっ!」


せめて広い場所へ出ようと、近場の時計塔に駆け込み、展望フロアを目指す。その辺の広場に出るよりよほど明るく、見晴らしが良い。


道中念話で仲間に連絡を入れようと試みるも、入ってくるのは雑音のみ。


「くっ……何故だ……」


やっとの思いで展望フロアに駆け上り、一息吐こうとする…………が



「ぐがぁっ!!」

「鎖帷子は仕込んであるんだね〜。さすがは異端審問官さんだ〜」


黒いローブの少女が刃物を投擲する。柄が何かの骨となっており、これを見た瞬間男は確信する。


「やはり、貴様は……」

「念話、使えなくて驚いたかな〜?《ノイズキャンセル》っていう僕のスキルなんだよ〜。さて、、その手の血は……誰を殺したのかな?シュライゼ 二等司祭…」

「……貴様の仲間だと言ったら?」

「う〜ん、どっちにしろ結果は変わらないんよ〜。ちゃんと殺してあげるんさ〜」

「そうか…………ハァッ!!」


シュライゼと呼ばれた男は手に鉤爪を嵌めて少女に襲いかかる。その速度は常人ではあり得ず、歴戦の冒険者のような動きだ。殺しに躊躇いがなく、真っ先に首に爪を突きつけようとする。しかし…


「遅いかな〜」

「なっ!?」


短いナイフで鉤爪を弾かれ、もう片方の手に持つナイフがシュライゼの左手を切り落とした。


「うがぁぁぁあっ!!!」

「わわっ、声大きいんよ〜!チャックチャック!」


少女の合図で、その空間の音が制限される。男がどれだけ叫ぼうと、空間外には全く聞こえない。


「………ぐ……ならば、《反射》!そして《影撃ち》!!」


男が鉤爪を振り下ろすと、真っ黒の影がいくつも出現し、飛び交う。何もない空間で跳ね返るそれは、予測不能の動きで瞬時に少女に迫り、その首を狩らんと……


「しないんよ〜」


少女はそれを予見していたとばかりに、短剣で全て切り裂いていく。その華奢な身体には傷1つつけることができない。


「くっ!《剛腕》!!」


男の腕が黒いオーラを纒い、それはだんだん腕の形として具現化していく。空気さえ揺らす振動でさえ、少女は身じろぎしない。


「オォォォォォォォォオ!!」


拳を振り下ろすシュライゼ。地面が盛り上がっていき、少女の足元をめくれ上がらせる。咄嗟に後ろに退いた少女に向かって巨大化した腕を向けて突撃するシュライゼ。


「とったッ」


宙を浮かぶ少女に接近することわずか3秒、驚異的な速度であった………が、


少女の顔を覆っていたフードが外れ、その顔が露わになる。余裕そうな笑みと、狂気に揺れる桃色の瞳。それを見た瞬間、シュライゼは凍りついた。


(あ………これ、は……)


「そこで怯えちゃ、だめだよ〜?」


少女がそうにっこり微笑んだ時、シュライゼの世界が反転した。いや、違う。


上半身と下半身が分かれ、上半身が宙を舞ったのだ。


いや、それだけではない。気がつけばシュライゼの手足、指先までもが宙を舞っている。文字通りの八つ裂きだった。



「あっ、がぁ……」



反転した世界で見たのは、真っ黒く大きな槍と、宙を舞う複数の刃物。そして、歪んだように笑う、桃色の少女だった。


「ロゼ……………フルガウ、ド……異端者、め……」


地べたに這いずって上を見上げる。両手足は存在せず、首筋にさえ無数の傷がある。


「あれ?まだ生きてるんだ〜、生命の神秘だね〜」


少女:ロゼ・フルガウドはニコニコと笑う。しかしその華奢な手が振り下ろされる時、それがシュライゼの最期の時だった。


「さよならなんよ〜♪」


シュライゼの首が胴体から切り離され、ドクドクと血が溢れ出る。血に汚れた短剣をシュライゼの修道服で拭い、ポーチにしまう少女。


「あ、いいよ、食べちゃって」


そう合図すると、少女の影から何かが現れる。真っ黒く、蛇のような何か。しかし身体には無数の目が存在しており、大きく開いた先端はまるで口のよう。大きな白い歯を見せ、そしてシュライゼの死体を飲み込んでいく。黒い舌を出し、血まで舐めるその姿はまさしく………







「悪魔…………かしらね」







少女が振り返ると、展望フロアの入り口に2人の少女が立っていた。1人は茶髪をセミロングくらいに揃えた少女。もう1人は黒よりの青髪とサファイアのような青の瞳を持つ少女。


木葉とメイロだった。


……


…………


………………………


「リズ………ちゃん……」

「とんだ殺人現場ね………相手は異端審問官かしら」


一瞬目を見開いて同様する少女だったが、ため息をついて何か決心したように笑う。


「あはは〜、なかなか面白い推理だ、君は小説家にでもなった方がいい、なんだぜ〜」

「それは犯人のセリフよ。なぜ今それを言うのよ………」

「犯人だったら、今どうしたいかわかるはずだよ?めーちゃん、コノハ」

「!?」

「驚かないでよ〜。ご飯の時一回めーちゃんがそう呼んでたよ〜。嘘が下手だよね〜」

「そう。その言葉、そっくりそのままお返しするわ。貴方、【五華氏族】フルガウド家の人間ね。ロゼ・フルガウド……」


木葉の頭の上にはてなマークが飛び交う。


「ごか、しぞく?」

「……千年間、パルシア王家を支え続けた王国最大の名門家、その五つの家のことを【五華氏族】というのよ。でもフルガウド家は、16年前の内乱で滅亡した筈だけど……」

「そうだね。フルガウド、ツヴァイライト、エカテリンブルク、オリバード、ヴィラフィリアの五つで五華氏族。なんかかっこいいんよさ〜」

「まじめに答えなさいロゼ。貴方、生き残りなのかしら?」


ロゼ・フルガウドがくるりと後ろを向いて手を組む。そして空を見上げてこう言った。


「そうだよ〜。僕は五華氏族・竜使いのフルガウド家の末裔、というか現当主かな?ロゼ・フルガウド。騙しててごめんね、こののん♪」

「こ、こののん?」

「はぁ、気が抜けるわね。さっそくあだ名付け?」

「趣味みたいなもんなんよ〜。さて、僕の素性は話したし、そろそろやろっか」


ロゼが短剣を構える。といっても、だらりと腕を垂らした状態でだが。


「……私たちを殺すのね」

「あんまりこういう展開にしたくなかったんよ…。友達になれて嬉しかったのは本当だよ?でも、僕がフルガウド家の人間であることはあんまり知られたくないからね〜。殺さなくちゃいけないんだよ」

「…………本気なのね」


メイロがぎりっと歯を鳴らす。


「ほ、本当に戦わないといけないの?友達になれたのに!?」

「向こうは本気よ。やるしか無い」

「なるべく苦しまずに殺してあげるんよ〜」


尚もためらう木葉に、突然ロゼがナイフを投擲する。


「コノハッ!!」


迫るナイフ。目を見開く木葉。そして……

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天然たらし系美少女が、クラス転移して"魔王少女"として無自覚に百合ハーレム作るだけのダークなお話 ただの理解 @tadanorikai

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