第二章 探索学院編
第31話 物語の始まり
物語の始まりは入学式だった。
メインストーリーは主人公であるプレイヤーが、第三探索学院に推薦入学を果たし、式典に参加するところから開始する。
学院での生活に抱く不安と高揚。
数多の未知と危険が存在する学び舎で、同じく新たに門をくぐった新入生たちと出会い、互いを知り、世界を探索する術を学んでいくのだ。
もちろん同級生といえど手を取り合う友人ばかりではない。中には相容れず、敵対する人物もいる。
時には課題をこなす際の障壁となり、時には刃を向け合う事件に発展し、時には都市に蠢く闇と絡み合い──。
その度にプレイヤーは己の力で打ち払っていくことになる。
探索者としての道を駆け上るために、友人などと協力し助け合いながら。
そのため、これから学院での日々を送る以上は、俺も【ラスティ・マジック】のストーリー展開に沿うように周りと関係性を築いていくべきだろう。
「……」
入学式が行われる大講堂の中、自分の席に座る俺はそんなことを考えて短く息を吐いた。
「ほんと、すごい人数だよね」
隣の席では、頻りにユキノが辺りを見回している。
美しいミルクティーベージュの髪が揺れ、男女問わず周囲から自然と視線が集まっていた。
「それに制服だから、同じ服装の人がこんなにいて。変な感じじゃない?」
「他ではない景色だからな。いずれ慣れるさ」
前方には広々としたステージがある。
その下から備え付けの座席が並び、映画館のシアターのように後列にいくほど、段々と少しずつ位置が高くなっていっている。
前列から順番に赤を基調とした制服姿の生徒たちが埋めていき、俺たちが座ったのは前から三分の一あたりの中央だ。目線はステージよりも僅かに高い。
「うーん……でも、最初は慣れないことばかりね。この大講堂が、こんなに広いのもまだ不思議なくらいだし」
ざわざわとしている中で、ユキノは独り言のように漏らす。
「大丈夫だろう、すぐに慣れるしかなくなるはずだ。学院側も、いきなり飛ばしてくれるはずだからな」
「え?」
講堂の左右の壁に目をやると、前方に扉大の線が入っているのが見えた。
記憶にある通り、ここでも驚愕に値する演出が待っているようだ。外観は古びた小屋にもかかわらず、中に入ると巨大な講堂になっていたことを上回るインパクトがあるはずだ。
「……まあしかし、同い年の人間がここまで集まっているのは改めてすごいことなんだろうな」
誤魔化すために俺が話を戻すと、ユキノはじーっと見つめてきた後、諦めたように口先を尖らせる。
「そうね。合格者は、二百人前後って話だったかしら? 人数もすごいけれど、ここにいるのがみんなわたしたちと同じ十五歳なんだから変な感じね」
「その上、身分も住んでいる階層も違うんだからな。都市中を見渡しても、学院にしかない光景だ」
「おかげで、ここに来ないと知り合えなかったはずの人たちもいるのよね」
ユキノは、入学前から仲良くなった金髪の少女を筆頭に思い浮かべたらしい。
「アイシャとかね。まさか、入学日よりも先に友達ができるとは思わなかったけど。学院に行くって決めたことだけで、ここまで新しい出会いがあるなんて」
ゲームの世界が現実のものとなった今、物語のような明確なスタート地点はなくなった。
すでに入学に至るまでに、俺たちは何の因果かプレイヤーが手を取り合っていくことになる主要な人物たちと出会い、関係が生じてしまっている。
これから自己紹介をするはずだった、ゲーム時とは何もかもが違う。
「……そうだな」
まさに友達百人できるかな、といった様子でユキノはわくわくしているようだ。
俺もこれから周りと協力し合える関係性を築いていくべきだ。しかし同級生たちへの好奇心だけで前向きにはなれなかった。
これまでに知り合ったのは、まだ主要人物のほんの一部。
さらに、本編に関わることのなかった人物も現実では同じく意思を持った対等な存在なのだ。
全ての人々の思惑などが交差し、ストーリーであった出来事に変化をきたしながらもリアルは形作られていく。考えるだけ、頭が痛くなる話だ。
ゲームでも十分に刺激的だった学院生活が、現実化したことで果たしてどこまで厄介なものになるのか。
「他にもどんな出会いが待っているのか楽しみだな」
「うん。あっ、それでジント。さっきの学院側が飛ばしてくるって、何か気づいたことでも……」
俺の言葉を字面通りに受け取ったのだろう。微笑みながら頷いたユキノが、再び先程のことを尋ねようとしてくる。
しかしその途中で、ボーゥ、と講堂内に汽笛のような音が響いた。
決して大きくはないが、ちょうど新入生たちのざわめきをかき消すだけの音量だ。
「おそらく、式典が終わる頃にはわかるはずだ」
ステージに人が出てきたのを見た俺は、ユキノの耳元に顔を寄せ、あくまで予想という意味合いを守りつつそう言った。
周りに合わせて会話を止め、口を閉じて前を向く。
きょとんとしているユキノも、しばらくすると続いてステージに視線を移した。
気がつけば音はなく、静寂が場を支配していた。
唯一ステージを歩く人物の足音だけが鳴っている。
壇上に乗った年老いた女性の異様なまでの存在感に、誰もが目を引きつけられているのだ。彼女はぐるりと一周、席に着く新入生を見てから口を開く。
「ご入学おめでとうございます。お会いできる日を心待ちにしていました。私は本校の学院長を務めているクイントンです」
肩口で切り揃えられたグレイヘアに、穏やかな口調。
物腰が柔らかい高齢の女性をイメージさせるが、その姿から安心感を見出した者は一人もいないだろう。
串を刺したように真っ直ぐと伸びた背筋。赤い軍服にも見える装いの下には、この場の誰よりも研鑽し引き締まった体があることが容易に想像できる。
「私からはまず初めに、この第三探索学院で皆さんが四年間過ごす上で必要となる心構えについてお話しします。細かなことは、この後それぞれのクラスに移動してから担任の教師に教えてもらってください」
クイントン校長の瞳には、遠くからでもわかるほど歳に似合わない少年のような輝きが宿っている。
「ご存知の方も多いとは思いますが、本校の教育理念は『自由であること』です。人が生きぬ都市外で活躍する探索者を輩出するためには、私も自由が大切だと考えています。──ですが、一体『自由であること』とはなんでしょうか? 自由、ではありません。我々が『自由であること』とはです」
静かに、声が空気を震わせる。
腰に下げた細剣の柄に左手を乗せ、校長はゆっくりと口角を上げた。
「答えは私にもわかりません。ここにいる一人一人が、それぞれの答えをこれから出していくでしょう。私たちはその助けになればと、何かを強制することなく、自分の頭で考え、行動し、責任を取れる環境を持って皆さんを迎え入れます。それが自分たちなりの『自由であること』だと信じて」
誰かが息を呑み、また誰かが喉を鳴らす。
隣にいるユキノだったのか、俺だったのか、また別の新入生だったのか。それともこの場にいる全員だったのか。
ゲームで見たものと違いはないが、俺はただ圧倒されている自分がいることに気がついた。
「貴族か平民か、身分で私たちが扱いを変えることはありません。しかしだからと言って、皆さんが己の思想を無理に曲げ、誰にでも平等に接する必要もありません。我々教師陣は秩序を守るために行動し、成長を促すために手を貸すことはありますが──あとは好きにしてもらって構わないのです」
これがどういうことなのか。
底知れぬ自由を用意するという宣言だ。
「自分で道を選び、自由に生活してください。この学院では、いつも危険が側にあります。都市を出たフィールドと同じです。選択や行動、その結果さえも自分自身のもの。皆さんは探索者の卵ではありません。一人の探索者として、四年間で手の届く限りまで成長できるよう励んでください」
生易しい安全の下にある偽りの自由ではなく、放任主義とも取れる真の自由な環境。責任は自分で持ち、あとはお好きにどうぞと語り終えた校長は、ステージの袖へと目を向ける。
「それではクラス発表と、教室への移動に参りましょう。ここからは公安会の皆さんにお任せします」
ほぼ同時に、ステージ上に一人の女子生徒が現れた。
制服に身を包んだ、長い銀髪をなびかせる上級生だ。左腕に腕章をつけている。
彼女が深くお辞儀をすると、校長は会釈してから去っていった。
張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。
「おいっ、あの人……」
「今代の公安会長だろ……? 初年度から公安会員なって、四年の今じゃ教員にも劣らない実力者だっていう」
登場した上級生に、俄に言葉を交わす一部の者たち。
俺たちの後ろにいる男子二人も、こそこそと興奮したように話している。
公安会とは代表の生徒たちから成る、様々な特別権限が与えられた生徒会のような組織のことだ。その会長は、世間的にも随分と名を馳せているらしい。
「公安会、会長のオラーゼだ。クラスの発表と、教室への移動を始める。前の列から真ん中で左右に分かれ、端にいる会員たちの指示に従ってくれ」
凛とした声音で会長が言うと、前列横の左右にある扉大の線がずれ、壁がエレベーターのドアさながらに開いた。その前には、金属製の回転式三本バーがついたゲートが床から迫り上がってきている。
「各自、学生証を手に持ち待つように」
会長のその言葉が合図だったのか、座席の左右にある階段状の通路にいた十人前後の公安会員たちが動き始めた。会長同様、左腕には腕章がある。
「……ジントが言っていたのって、これのこと?」
「ああ。スミス先生から雑談のついでに、クラス分けの特殊性を聞いていたからな。あそこにある扉のことも知っていたんだ」
制服と一緒に受け取ったカード──学生証を取り出していると、ユキノに訊かれたのでビビアンカ経由で知っていたことにして頷く。
最前列の生徒からゲートに学生証を当て、ドアの先に消えていっている。
しばらくすると俺たちの列の順番になり、俺とユキノは左側へ行くことになった。
そわそわと待つユキノの姿に、まるで遊園地の入場ゲートのようだと思う。
前に進んでいき俺の番になったので、公安会員の説明通りに学生証をゲートの上部にある円の中に触れさせる。
すると、レベルの測定時のように水色の光で『E』と浮かび上がった。今回は手の甲にではなく、ゲートの板にだが。
「地面に『E』と描かれた場所に進んでくれ。さあ、次」
俺はバーを押し、ドアの先に入っていく。
立ち止まってユキノを待つと、彼女も『E』が出たようだった。
ドアの先は石造りの駅のようになっており、天井にかけられた照明が薄暗く空間を照らしていた。大講堂の座席後列にあたる左に伸び、『A』から奥に『B』『C』と地面に描かれたエリアが柵で区切られている。
これこそ本当に、遊園地のアトラクションのような光景だ。
「良かった、同じで。これが同じだったらクラスも一緒なのかな。先生から聞いてる?」
「あー……たしか、同じクラスになるはずだ」
ユキノの質問に答えながら、『E』に向かう。
確かエリアごとに同じクラスになる者たちで適宜まとめられるため、エリアが同じということはクラスも一緒という認識で間違いはないだろう。
俺たちのエリアには誰もいなかったため、先頭で待つことにする。
「これって……」
ユキノが見る開閉式の柵の向こうには線路が敷かれている。
その時、隣のエリアの前に、左から来た大きめのトロッコが止まり柵が開いた。
「も、もしかしてわたしたちもあれで移動するの……?」
彼女の声に重なって、仕事に勤しむ公安会の面々が誘導する声が聞こえてくる。
「『D』のみんな、乗ってくれ! 止まった駅で八人全員が降りるんだぞっ!」
トロッコは八人乗りだったみたいだ。
すぐに俺たちのエリアにも残りの六人が来て、前に止まったトロッコに乗り込むことになった。
ゴトゴトと振動しながら、トロッコが薄暗い線路の先へ進んでいく。
アーチ状の巨大な扉を出ると、大講堂からまた別の魔空間扉の先に直接繋がったのか、鉱山の中のような場所に出た。
冷たい風を切り、右や左に曲がり、上下に線路が波打ちながら加速していく。
初めは怖がっていたユキノも、すぐに楽しくなってきたらしい。
「きゃぁああっ!!」
トロッコに掴まりながらも笑顔で叫んでいる。
線路は途中で何度も分岐したり、交わったりする。
そしてやがて打って変わり、俺たちは静謐な石畳の駅に到着したのだった。
────────────
【あとがき】
本日より、二章スタートです!
お待たせしました……。引き続きよろしくお願いします!
モブは友達が欲しい〜やり込んだゲームのぼっちキャラに転生したら、なぜか学院で孤高の英雄になってしまった〜 和宮 玄/和玄 @OhNo_ao
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