第30話 入学日

 三週間と少しが経過した、九月一日。

 朝の人通りが多い階層間を抜け、俺とユキノはC層の街並みを歩いていた。


「ふわぁ……あんまり寝られなかったから緊張よりも眠たさが酷いのよね」


 手で口を隠しながら欠伸をしたユキノに、俺は昨晩のことを思い出し苦笑した。


「昨日はあんなに緊張していたのにな」

「だってやっと入学よ? 合格して嬉しかったけど……今日まで結構時間があったじゃない。ずっとわくわくしてた分、ようやくかと思うと余計に緊張しちゃって」

「おかげで寝付きが悪くなって、今は肩の力が抜けているのか。逆に良かったと考えられないか?」


 微笑みかけると、ユキノは口を尖らせる。

 小さく「もう」とわざとらしく目を細めてから、にこりと笑った。


「まあ、そうね。一睡もできなかったわけじゃないし、固くならず入学式を楽しめるってことにしておこうかしら」

「……だな。今日くらいは何でも前向きに捉えてもいいだろう」


 記念すべき日であることを理由にしてから、道の先に目を向ける。

 区画が整理され、統一感のある石造りの住宅が並んだC層。その大通りを進んだ場所に、ようやく第三探索学院が見えてきた。


 入学式に参加するため、俺とユキノの二人は先日届いた制服に身を包んでいた。男女それぞれデザインは異なるが、同じ臙脂色と白色が基調となったブレザーには、左襟に真新しい銀色のバッジがきらりと輝いている。


 道の前後には、他にもまだ馴染み切っていない制服姿の新入生らしき人物たちが絶えず歩いている。


「あ、見て。ジント」


 不意にユキノに呼ばれ、見ると彼女は道の脇に目を向けていた。

 そこには、新たに学院生となった俺たちに羨望の眼差しを送る二人の子供がいた。十歳にも満たない男女だ。


「……あの子たちも、いつか学院を目指すのかな」


 ユキノがぽつりと言ったとき、ちょうど子供たちがこちらに気がついた。

 前を通り抜けながらユキノが小さく手を振ると、彼らの顔にぱあっと笑顔の花が咲いた。その光景を微笑ましく思いつつ、さらに進み学院の門前にたどり着く。


 九月の頭にしては、すでに過ごしやすくなった心地よい気温。

 入学を祝うように秋晴れの空には、高地にある【セントラル】からでも高く感じられる薄い雲が広がっていた。

 優しい風が肌を撫でる。


「これまで来た時とは違って、今日はより特別に感じるわね」


 二人揃って自然と足を止めると、ユキノが感慨深そうに呟いた。

 俺は門の先に広がる景色に鼓動がピッチを上げたのを感じ、一息置いてから返事をした。


「ああ。これからは新しい日常が始まるからな。探索者として生活していくだけではなく、いろんな人と出会い……いろんなことを学んでいくんだ」

「そうね……。いよいよ、望んでいた生活が始まるってことだからね。今感じてる熱意とかを忘れずに、精一杯頑張らないと。周りに負けないように」

「──まあ、研鑽することも大事だがほどほどにな。力が入りすぎて空回りするのは良くない」


 長らく夢だった学院入学の瞬間に、かなりやる気が高まっている様子のユキノだったが、俺の言葉を聞くと意外そうにしている。


「ジントがそんなこと言うなんて珍しいわね。休まず突っ走らないと、なんて思ってるとばかり……」

「俺はそんなイメージだったのか?」


 戸惑いながら訊くと、否定することもなくユキノから頷きが返ってきた。


「……あー、なんだ。とにかく俺が言いたいのは、楽しく日々を送るのも大事じゃないかということだ。人との繋がりが生まれやすい、せっかくの学院生活だからな」

「やっぱり、正直意外……。でも、たしかにそうね。ここでは楽しんで過ごしつつ、努力も忘れないようにした方が優秀な探索者に近づいていける気がするわ」


 ユキノが手を差し出してくる。

 その手を見た後に顔を窺うと、彼女は痺れを切らしたように半ば強引に俺の手を取った。


「ジント、これからもよろしく」


 優しく握られた手からは、温もりが伝わってくる。


「どうしたんだ、改まって」

「区切りよ、区切り。こうして一緒に学院に来れたのも当たり前じゃないから」

「そうか。だったら俺からも──改めて、よろしくな」


 手を握り返し、一度だけ軽く振る。

 どちらからともなく握手を終えると、俺たちは門をくぐって学院の中に足を進めた。


 続々と来る新入生たちは看板の案内に従い列を作っている。その先にあるのは、物置にしか見えない小屋だった。

 石造りとはいえ古く劣化しているため、もしも狼が息を吹けば簡単に倒壊してしまいそうだ。


 だが、あそこが式典が行われる大講堂と呼ばれる場所で間違いはない。


「あの列に並べば良いようだな」


 声をかけてから列に向かうと、ユキノは前を確認してから眉を上げた。


「えっ。今から入学式の予定だけど、ここで合ってるの?」

「あの小屋の扉も魔空間扉なんだろう。外観との差が激しすぎるが、早く慣れないと驚いてばかりになるかもな。何しろ以前、先生が『【転移門ゲート】を使わずにいける、ある種のフィールド』と言っていたくらい一つ一つの扉の先は広大なようだ」


 ゲームで操作ができるようになる本編のスタート地点がここだった。

 俺たちにとって新たな生活のスタートであると同時に、変化が生じ予想もつかないメインストーリーに重なる時間が流れ出す。


 この列のどこかにアイシャやナツミ、ロイもいることだろう。

 それ以外にも、記憶にある人物が学院には多くいるはずだ。


 彼らと同じ学院生に、俺はユキノと共になったのだ。


 第三探索学院は自由な校風故、その自由と引き換えに危険も多く存在する。

 ユキノもわかっているようだが、ここに通うのならば努力を忘れず自分の身は自分たちで守るという心意気が必要だった。


 決意を固め、少しずつ進む列の最後尾に加わる。

 小屋に入るため待っていると、俺たちの後ろにも次の新入生たちが並び、すぐに列は後ろに伸びていった。




────────────

【あとがき】


これにて一章は終わり、やっと本題スタートというところまで来れました。

まずはタイトル回収を目指して、焦らず引き続き更新を頑張っていきます。何卒よろしくお願いいたします。


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