第29話 現実での関係性
「フレンドだったのか。これは、偶然とは思えないな」
視線を斜め下に落とし思案する。
同じプレイヤーがランダムに転生したと考えることもできるが、彼女とフレンドであったという点が無関係とも思えなかった。あの時、俺が誘おうとしたことに何か因果関係があるのだろうか。
「考えたところでわかる話でもないが、俺はあんたを含む四人にクエストの協力を頼もうと思っていたんだ。そして、そこからの記憶がない」
「お前が私に協力を……?」
ビビアンカは呆気にとられたように小首を傾げた。
「長いことあるクエストに手を焼いていてな。オンライン中だった数少ないフレンドに声をかけようとした」
そう言うが、フレンド自体が俺には四人しかいなかったのだ。
いくつかのイベントをきっかけに知り合い、なんの気まぐれか全て相手から申請されていた。
いつかパーティを組まなければならない時があるかもしれない。
当初からそんなことを想定していたため、同じく熱中している様子だった彼らのみ登録してあったのだった。
「あんたがビビアンカとして今ここにいるということは、他の三人もいるのか……いないのか。たとえいたとしても、いつ記憶を思い出すかもわからない。まあ、俺の記憶としてそんなことがあったと頭の片隅に置いていてくれ」
「あ、ああ。私は前世での最後あたりの記憶が曖昧でな。すまないが何か補足できそうな情報はない」
ビビアンカは固い動きで頷くと、ゴクリと喉を動かした。
俺が話した推論に思考を奪われたようだ。仮に他にも同じような転生者が存在したとしても、全く知らない元プレイヤーである可能性もある。そのことは言わずとも思い当たっているだろう。
しばらく無言が続く。
今のうちに俺から話しておきたいことはなくなった。ユキノたちが出てくるのを待ち保健室の扉を見ていると、不意にビビアンカが尋ねてきた。
「ずっと気になっていたんのだが、何故お前はソロでやっていたんだ? あのゲームはパーティを組んだ方が効率的だろう。実際にお前以外の上位層はパーティ単位での行動を主としていた」
何故、か。シンプルな疑問故に答えることは難しい。
「……そうだな。コミュニケーション能力に秀でていたわけでもなかったから、ソロの方が気楽だったということもある」
周囲に左右されず、難易度に関係なく興味があることには全て挑戦することができる。
単純に一人の方が都合が良かったという部分もあった。
だが、と俺が続けるとビビアンカが頷いて先を促した。
「一人で全てを経験し尽くしたいという想いがあったのかもな。可能ならどんな場所も、どんな敵も、自分の力だけで乗り越えたいという我儘だ。最後の最後には、力及ばず協力してもらうことを考えていたんだが」
「なるほどな……ようやくすっきりしたよ。やはり、お前はとんだ変人だったようだな」
あまりの言われように顔を見ると、彼女は小さく吹き出して続けた。
「その我儘と言う冒険心があったからこそ、お前は自然と強くなり上位層にいたのか。もしかすると、あのゲームを一番楽しんでいたのはお前だったのかもしれないな」
「……素直に褒め言葉として受け取っておこう」
「もちろん、褒めているさ。しかしゲームの時とは違い、今はソロで現実となったこの世界を楽しまないのか?」
共に学院に進むことにしたユキノなどのことを言っているのだろう。
ニヤリと笑うビビアンカを、俺は思わず呆れながら見た。
「ユキノは今の俺の家族ようなものだからな。一人にはさせない。……それに当然だろう。こっちは主要キャラのように初期ステータスが高くないんだ。一度死んだら終わりの現実世界でやっていくには、仲間が必要なんだよ」
何度失敗を繰り返しても生き返られるゲームとは違うのだ。
同じやり方が通用するはずもない。
「そのためにも俺は学院生活を送るつもりだ。ひとまず、先ほど言ったように何か動きがあるまではな」
その時、保健室の扉が開き、採寸を終えたユキノとアイシャが出てきた。
二人は俺がビビアンカと何か話していたことに気づき、不思議そうにしている。
ユキノが口を開こうとするが、ビビアンカが俺たちに背を向ける方が先だった。
「次は事務室で剣を登録して、今日は終わりだ。行くぞ」
彼女はあくまで自然にちらりと俺と目を合わせると、普段のビビアンカ・スミスとして違和感のない表情で歩き始める。
話は終わりだ、というアイコンタクトだったようだ。
「ねえ、ジント。何か話してたの?」
置いていかれぬよう俺たちも続くと、ユキノが手を添えて耳元に顔を寄せ、小声で訊いてきた。
「……雑談を少しな。有り難いことに心を開いて、相手にしてもらえたんだ」
実力者であるビビアンカは聴力までもが研ぎ澄まされているのだろうか。
俺だけが気づいた様子だったが、声が聞こえ気恥ずかしく思ったように、一瞬だけ後ろ姿に力が入ったのがわかった。
事務室では剣を見てもらい、学院への持ち込み及び管理下での使用許可をもらう。手続きを終え、登録完了証というバッジを受け取ると本日の要件は終了となった。
本館出入り口でビビアンカと別れ、俺たちは正門へ向かう。
「制服はまだだけど、これだけでも学院に入るんだって実感するわね!」
「そうですね。こういった感じでしょうか?」
ユキノが登録完了証を指で抓んで顔の前で持っていると、アイシャが自分の物を左胸の上あたりに添えて見せた。
この銀色のバッジは、男女ともに制服の左襟に付ける規則になっているのだ。
彼女たちはきゃあきゃあと楽しそうに話している。
後ろを歩きながら俺がその様子を見ていると、ふとアイシャと目があった。
いきなり黙った彼女は、不自然に顔をあからめていっている。
視線を石畳に落とすと、学院の細い道を行く足を速めた。
「あ、アイシャ……?」
ユキノが呼ぶと、彼女はすぐに足を止めた。
俺たちから少し離れた場所──正門まで最後のブロックの前で、背を向けたまま立ち止まっている。
実は本館のエントランスロビーで会った時から、今日はやけに視線を感じると思っていた。だが、それが好意だと勘違いするほど俺も自惚れてはいない。
アイシャという人物に好かれるような性格でも、何かしたというわけでもなかったからだ。言いづらい、何か伝えたいことでもあるのだろう。
「どうかしたのか」
俺が訊くと、彼女は間を置いてから振り向いた。
「…………」
アイシャは口を結んだまま俺を見て、次にユキノへと視線を動かす。
女子同士の方が話しやすいことなのか。俺は去るべきかとも考えたが、その前にアイシャが言葉を発した。
両手を強く握り、瞼を閉じて絞り出すように。
「……い、以前に助けていただいた時から思っていました。ですが同じ学院入学前だというのにコープスバットを一人で倒されたのを見て、ジント……貴方に強い思いを抱きました」
「え、アイシャ……そ、それって」
ユキノが口を挟んで尋ねようとする。
しかし堰を切ったように話し始めた彼女は止まらない。
「貴方は私をユキノの友人だと認識しているのかどこか距離を感じますが、もっと距離を縮めても良いでしょうか?」
そこまで一息に言うと、アイシャは大きく呼吸をしながら俺を見た。
なんだ、そういうことだったのか。確かに俺は彼女をユキノの友達だと認識し、自分との距離感は知人程度に留めていた。
いずれ級友になるときが来るかもしれないが、今はまだ良かれと思って一歩引いていたのだ。が、それが余計に気苦労をかけてしまっていたとは。
「……そうか」
返事をしようとしていると、隣にいたユキノがそっと近づいて来た。肩が触れ合う。
「アイシャ、それは……わたしと同じ友人として、ってことなのよね?」
「そうではないです。……いえ、もちろん友人にもなれるのでしたら嬉しく思いますが」
二人の会話に、友達になりたいというわけではなかったのかと俯瞰的に思い、疑問が浮かぶ。
ビビアンカとの会話で、今は日常を送りながら親睦を深めた人物や仲間を増やしていくと言ったばかりなのだが。
ようやく友と呼べる人物が──それもゲームで見ていたアイシャだ──できると考えたのは早計だったらしい。
ユキノが口に手を添え驚いていると、アイシャはまたしても一息に言った。
「簡単に言い表すと私がジントに抱いているのは『尊敬』です。同じく新入生でありながら先を行く貴方の……ファンというものになってしまったのかもしれません。本で読んだ、学院を舞台にした物語のヒーローに思うようにです」
耳の先まで赤くした彼女は、胸の前で指を組んでいる。
「ええ……?」
俺の心を代弁したユキノは、拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「で、では、ということで。また入学式でお会いしましょうっ!」
アイシャはついに返事も聞かず、逃げ出すように背を向けると走り去っていく。
正門を見ると、すでに待っていたナーダと合流して帰って行ってしまった。
尊敬やファンと言われても面映いだけだ。年頃の女子らしい感覚なのかもしれないが、特に返す言葉も見つからない。
ロイとナツミに続き、変に特徴的な関係になってしまったことに現実のどうしようもなさを痛感する。
「……ユキノ、帰るか」
「……そうね。でも、なーんだ。心配しちゃったじゃない」
顔を見合わせてから歩きだすと、ユキノが笑った。
「ふふっ。アイシャって、あんな面白い一面もあるのね」
正門を出て、D層にある家へと帰る。入学の日は、もう目前まで来ていた。
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