深海からリスタート(SIDEステラ)
”とこしえの闇”を使用してから、ステラは水の中を揺蕩うような不思議な感覚を味わうこととなった。虚無の空間というわけではない。
時々底の方から色とりどりなバブルが上昇してきて、その中に映し出される光景を眺め、暇つぶしができる。
バブルの中に現れるのは場所も人物も様々だった。
まず最初に出てきたものの中にはメイリンが映っていて、”とこしえの闇”に”エルピス”をはめていた。その次のバブルにステラ自身が映り、またしてもメイリンによって謎の実験装置に入れられていた。
彼女のそばにはアジ・ダハーカやエマ、そしてジェレミーもいるのに誰一人としてメイリンの蛮行を止めることはなく、ステラは随分落胆した……。
エルシィがメインに映し出されているバブルもあった。
彼女は新たなガーラヘル王として即位し、その戴冠式や国民に対するスピーチ。そして華やかなパレードを一部の隙もなくこなしていた。
こんなにカリスマ性溢れる女性が自分の姉だなんて、今でも信じれない。
他には、ロカやフランチェスカを中心にステラのアイテム製造が続けられ、ヴァンパイア達の生活が保たれている場面。かつてアナザーユニバースの中に囚われていたテミセ・ヤの国民達が帝国の療養施設から、母国へと戻っていく場面も確認できたし、親友であるレイチェルがガーラヘル王国の騎士としてエルシィに叙勲された場面はとても感動した。
しかしジェレミーが浮遊大陸へと渡り、見るからに不安定な空間に飛び込んでからは夢の中に再び彼が現れることはなくなり、死んでしまったかもしれないと悲しい気分になった。
このバブルは偽りの光景を映しているだけなのかもしれない。だけど、妙にリアルなのが気に掛かる。
ジェレミーはガーラヘル王国一の実力者ではあるが、ステラの遠い記憶が、あの場所に入ってはまずいと告げる。それでも彼を助けにもいけないどころか、誰にも様子を聞くこともできない。
そのうち思考力すらも低下し、ただ午後の昼下がりに居間でゴロゴロとしているような、怠惰な感覚を延々と感じつづけるはめとなった……。
こうしてボンヤリとしているうちに、ステラの周りは変化を続け、周りにいた人たちは誰一人として残らなくなるんだろうな、と考えていたのだが、そうはならなかった。
馴染み深いエーテルの気配を強く感じたかと思うと、急激に思考が良く働くようになった。脳だけではない。手足の感覚、胴や頭部の感覚、次第に自分の内と外を隔てる境界がはっきりとし、自分が現在液体の中にいるのだと理解する。
(ここ、どこ?)
確認のために瞼を開けるが、目の中に大量の水が入り込んできて、再び閉じる。
顔を振ってみれば口を覆う器具の存在も分かり、酷く動きづらい。
もしかすると、ステラは夢の中で見た場所と同じ所にいるのかもしれない。
(メイリンさんが私をここに入れたの? でも、なんでこんな所に)
だが不快感はそう長くは続かなかった。
容器の水位が下がり、ステラ自身が水流に押し出されるようにして前方に倒れ込む。
受け止められたのはフワフワの布。それでワシワシと体が拭かれ、口の器具も取り去られ、さらにぎゅむ! っと暖かい何かに包まれる。
もはや何が何だから分からない。
「ふわわわ〜〜!!」
「ステラちゃんっ」
「ふぁ?」
押し殺すような声色に、聞き覚えがありすぎた。
「その声、ジェレミーさんですか?」
「うん。ただいま、ステラちゃん。遅くなっちゃっね」
「ただいま? 遅くなる?」
ジェレミーなのは間違いないと思うけれど、彼の言葉の意味を掴みそびれて、おうむ返しになる。しかしその体からホコリと血の匂いがし、すぐに思いだす。
やはりジェレミーは、夢で見たように浮遊大陸から謎空間に飛びこんだのだろうか?
「危険な場所に行ってきたですか?」
「大したことなかったよ。寿命を迎える前に、どうしても君の声を聞きたいなって思ったんだ。そしたら、幾らでも戦えた」
「私の為?」
「うん」
腕の力が緩んだ隙に体を少し離し、ジェレミーの顔を見てみる。すると、より大人っぽくなった顔に大きな傷が出来てしまっていた。
その見慣れない傷をペタペタと触れば、声を出して笑われる。
「ステラちゃんは相変わらずマイペースで安心したな」
「私、何年寝てたですか? 残存エーテル量次第で眠る長さが異なるっぽいですが、あの時にどのくらい残っていたのか全然わかんないです」
「メイリン氏によると、100年は眠りそうだったみたい。だけど、それだと僕が困るからさ、僕自身のために、君に5年で目覚めてもらった」
「5年? 100年と比べたら、すっごく短くなったですね。どうやったか聞きたいです」
「浮遊大陸から、太古の時代に行き、前世の君から”とこしえの闇”を譲り受けた。それを今世に持ち込むことで、一時的に”とこしえの闇”の所有者が僕になったんだよ。”とこしえの闇”に隔離されていた君のエーテルは一気に放出され、君の元に戻った」
「なるほどです。エーテルは魔法を使ったらすぐに戻ってくるですが、とこしえの闇に入ってしまうと時が来るまで戻らない感じだったですね。でもジェレミーさんが所持者となることでその法則を曲げたですか」
「うん。本当に良かった。ちゃんと目覚めてくれて……。ねぇ、ステラちゃん、ここを出た後、何がしたい?」
「ん〜、あったかい国を旅したいかなって思うです。そこで珍しい素材をゲットして、新しいアイテムを作ってみたいです!」
「それから?」
「魔法学校をちゃんと卒業したいです!」
「そうだよねぇ」
「え〜と、あとはエルシィさんやお母さんのサポートをして、エマさんやロカさん、フランチェスカさんと売店の仕事も再開して……、それからそれから」
話をしているうちに、ステラのお腹がぐ〜と鳴る。
元々死ねない身体のようであるから、食べ物や飲み物がなくても大丈夫だ。しかし、お腹は当たり前にすくし、欲求が満たされなければつまらなくなる。
「今は食べ物が食べたいです。ジェレミーさんのオムライスがまた食べたい! いつもよりもいっぱい食べれるですよ!」
その言葉を聞いたジェレミーは、思わずと言った感じに吹き出したが、馬鹿にしたりはせずにステラを軽々と抱き上げる。
「じゃあ早く家に帰らなきゃね。僕たちの家に」
「うんっ!」
ジェレミーの首にしがみつきながら「あっ」と思い出す。
昔からジェレミーが迎えにきてくれる時が楽しみだった。
自転車の後ろに乗っけられている時に、あたたかい背中にくっつくのが大好きだった。
くだらない話に思考停止状態で適当に返事を返し、それに返ってくる言葉も極めてシンプル。それでも許される関係はとても心地よい。
やりたいことは山ほどあるけれど結局マクスウェル邸から長く離れるなんてことはないだろうな、とステラは思ったのだった。
-------------------------------------------------------- end....
これで完結になります。かなりの長編になりましたが、ずっと読んでくださった方に感謝しています(ギフトなどの形でサポートもありがとうございます!)!
迷走状態だった部分があり、うまくまとめきれなかった部分があり、そして忘却の彼方に飛んだ伏線などもあります。それでも完結できて、個人的には良かったと思ってます。
次の連載も始めていますので、お時間のある方は読んでください。
https://kakuyomu.jp/works/16816927861707914819
魔法学校の売店係〜実力を隠すアイテム士はドラゴンと一緒に旅費を稼ぐ!〜 @29daruma
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