アンチオートフォーカスグラス

asai

アンチオートフォーカスグラス

「うわっ…」

美咲の目に映った汚物に声が漏れた。

月に1回やると決めている風呂の排水溝掃除。

覚悟はしていたが、今回はいつもよりもひどかった。


真夏で気温が高かったこともあり、

髪の毛、水垢、ヘドロのような有機物が絡み合い、

これまで見たことがない黄色のゼリー状のものがそこにあった。

美咲はそれが自身から出てきたものだと到底信じられなかった。


どこから手をつけようかと排水溝に視線を置いた。

排水溝の底にまとわりついているゼリー状の物体の詳細を細かく観察してしまい、美咲は自分の良好な視力を恨んだ。

せめてはっきり見えるまで時間があれば見るか見ないか判断するのに。

そんなことを考えても仕方がないので、美咲は処分に取り掛かった。

それは見れば見るほど気持ち悪かった。

ところどころに絡みつく髪の毛が気味の悪さに拍車をかけていた。

瑞々しく光沢のあるゼリーにうっすら生えた体毛が、まるで生物の出来損ないのようなものに思えて、美咲はゴミを処分しているという感じはほとんどなかった。

美咲はおそるおそるそれを割り箸でつかんだ。するとゼリーがモッタリと分裂した。

その感触が箸を通して手に伝わり、全身にさぶいぼが走った。美咲は少し涙目になりながら、それをコンビニ袋の中に入れた。

袋の底めがけて、重量感のある音をたてて落ちていったそれは今にも動きそうだった。

袋越しでもそれは、満面の気持ち悪さを主張している。美咲は何重にも袋に入れて、キッチンのゴミ袋に入れた。


昼から掃除を初めて夕方にはすべての掃除が終わった。ソファに深く腰掛けて、紅茶をのみながら、今日の達成感に浸る。

大抵、掃除をした跡は気持ちよい気分になるはずなのに、今日はあのゼリーが目の奥にこびりついて全く爽やかな気分になれなかった。

毎月やると決めたものの、夏が終わるまであれが続くようでは心が折れる。

美咲はほかにいい掃除方法がないか、ネットで調べてみた。

しかし、得られた情報はというと、こまめな掃除や、清掃業者など、自分でも考えられる範疇を超えなかった。

美咲はしばらくいろいろなワードで検索をかけてみたが、納得するこたえを見つけられなかった。

ふとフローリングに夕焼けが差し込んでいることに気がついた。時計を見て、あれこれ二時間ほどゼリーのことを考えていると思うと嫌気がさした。美咲は目の保養にInstagramを見ることにした。


美咲の最近気に入っている芸能人や、かわいい動物、芸人の面白い動画など、気を晴らすために次々と見てスクロールしていった。自分の好きなものだけしかフィードに流れないInstagramが美咲は心地よかった。しかしそうではないということをすぐに思い知らされた。フォローしている大学の友達の投稿が目に入った。彼氏と楽しそうな写真や、おしゃれなカフェで友達と過ごしている写真、旅行の写真を載せていた。

普段だと何も考えず見ることが出来るが、今日に限って、なぜか憧れと嫉妬が入り混じった気持ちに襲われた。朝から掃除をして、これまで見たこともないものを見てはその対処法を検索し、紅茶を飲んで過ごしている。友人のSNSを見ていると、ひょっとして自分の人生は面白くないのではと感じてしまった。とはいえ、癖になっているいいねを無表情で押した。そこから連なって表示される友達の投稿一つ一つを読まずに、ひたすたいいねを押していった。勢い余ってすぐ下にある広告にもいいねを押してしまった。

取り消そうと下が、少し見えたその広告の見出しに興味がわいた。

「見たくない掃除にぴったり!」

あまりにもタイムリーな見出しだった。さきほど美咲が検索したワードをもとにターゲティングされる広告だった。美咲はまんまとひっかかってしまい内心悔しがったが、ちょうど探していたものだったので、詳しく見てみることにした。

URLをクリックすると、赤と白を基調にしたデザインとユーザーの声がでかでかと載っているいかにも胡散臭い通信販売のサイトに遷移した。

商品はアンチオートフォーカスグラス(AAG)というめがねだった。

その商品は実に面白いものだった。メガネをかけるとその人の脳波を読み取り、視界の中の気分を害するものを潜在意識に上がる前に焦点を外してぼやけて提示してくれるという代物だった。

美咲はこれが本当ならば画期的だと思った。トイレ掃除も、風呂掃除もこれがあれば何も見ないでいられる。

さっき排水溝で見たものを思い出し、美咲は迷うことなく購入ボタンをクリックした。


注文して一週間後、AAGは届いた。

黒字でAAGと印字されているスウェードのメガネケースを開けると、

普段使いも出来そうなスタイリッシュなメガネが姿を現した。

人前に出る予定はないが、美咲はめがねをかけて鏡の前に立った。

普段伊達メガネもかけることはないためやや違和感はあったが、不似合いではないことに一安心した。メガネをつけたまま説明書を開き、セットアップの手順に従った。

AAGのつる部分のスイッチを押すと、Bluetooth経由でスマホとリンクした。

美咲はAAGをかけたまま専用アプリを立ち上げた。名前、性別、顔の角度を傾けて平衡感覚などを登録していった。

次に、メインの機能となる、アンチオートフォーカスの調整に入った。

虫、絶景、集合体、男性モデルなど、アプリ画面に提示される様々な写真や動画に対して快、不快を判断し、左右にスワイプした。

中には、種から花が咲き、枯れるまでの映像といったよくわからない映像も含まれていたが美咲は一つ一つ深く考えず着々とこなしていった。

一つ一つの選択を脳波と照合することで、自分専用の判断基準を構築していった。


一通りセットアップが終わり、美咲はAAGを再起動し、目を閉じて、慎重に装着した。一体どんな景色になるのだろうと美咲はゆっくり目を開けて、部屋を注意深く見渡した。しかし特段変わったところはなかった。

折角なので効果がわかる汚いものをみたいと思い、一週間前に掃除した排水溝を覗いてみたが、まだきれいなままだった。


家の中には目を背けたくなるような汚いものはないかもしれないと思案した結果、ネットで“嘔吐物”を見てみることにした。

週末の家路に着く途中で、座り込む酔っ払いの足元で放射状の花を咲かせているそれは、仕事終わりのハッピーな気持ちを幾度となく台無しにした。嘔吐物が見えなくなれば、世界が少しだけ良くなる気がした。

美咲は検索窓にそれを打ち込んで恐る恐る画像検索した。美咲は目を閉じて、期待と不安を抱きながら少しずつ目を開けてみた。

美咲は驚いた。画像が整然と羅列されたいつもの表示が、一つ一つの画像はモヤがかかっていたのだ。見事に焦点をぼかした加工が施されていた。そもそも初めからモザイク加工がなされているのではと思い、めがねを外してみた。ありのままの吐瀉物の画像がそこにあった。美咲は慌ててメガネをかけ直し、自分を落ち着かせた。

「これ、すごいじゃん」

冷静な驚きが、美咲の口をついて出た。

面白くなって、次々に普段決して見ないものを検索していった。

蓮の画像や、カタツムリの目に宿る寄生虫など心の底から嫌悪感を抱くものをネット上で率先して見に行った。いずれも、AAG越しに見ると焦点がぼやけ、まったく見えなくなっていた。美咲は思っていた以上のものが届きひどく満足した。

美咲はパソコンの中だけでは物足りなくなって、メガネをかけたまま散歩にでかけた。

街中は多くのものがぼやけていた。パチンコ屋の看板、すれ違うカップル、家族連れ、美咲は自分がここまで無意識に見たくもないことがあることに驚いた。その反面、自分の好きなものだけを見ることができることが嬉しく思った。自分だけの世界に来ることが出来た気がした。


嫌なもの、気分が乗らないものはとことん見えない。

視界の中は自分の好きなもので満ちあふれている。

まるでSNSのフィードのように見たいもの、見たい景色だけをみる。ここには友達の幸せを称賛する様なしがらみもない。それがとんでもなく素晴らしい事のように思えた。


美咲は気分がよくなり、少しいい店で買い物しようと思った。

成城石井に入り、普段買わないような高い肉や、ワインを手に取った。

メガネ越しに一際輝いて見えた、ハンサムな店員のレジを選んだ。

一つ一つレジ打ちをしている間に、美咲はチラッと店員の顔を見た。中央部にピントが合わない部分があった。

美咲は不思議に思い、メガネをはずすと、店員の鼻から少しだけ毛が出ていることに気がついた。メガネの過剰までの精度に吹き出してしまった。店員は不気味そうな顔をした。恥ずかしく思ったが、それ以降その店員の顔全体がぼやけた。

気持ちよく散歩しながら、家に帰って、鼻歌を歌いながら大好物のビーフシチューを作った。食卓について、一人でお酒を飲みながら、好きなご飯を食べる。何ものにも耐えがたい幸せがそこにあった。

シチューを口に運びながら、つい手癖でInstagramを開いた。

いつものように、可愛い動物の動画にいいねを押した。その直下にテキストから写真、アカウントまでがぼやけた投稿が見えた。メガネを外してみると、美咲の交友関係の中で一番派手な友達の投稿だった。一体どんな写真を投稿してるんだろうと見てみると、彼氏とシンガポールのマリーナベイサンズの屋上プールから撮った写真だった。美咲は無言でメガネをかけなおした。

もしやと思い、美咲はTwitterを開いた。蔓延しているウイルスへの政府の対応がトレンド入りしており、一般人、有識者入り混じり、議論が交わされている。ほとんどのテキストがぼやけていた。そうか、ここの言葉すら、見たくないモノだったんだ。

美咲は理由がうまく説明できないが、腑に落ちるところはあった。


翌朝、美咲は会社でもつけてみることにした。

満員電車に揺られてる間も、おじさんの顔や、不愉快な消費者金融の広告は全て見えなかった。会社に到着して、始業の準備をしていた美咲の背後から誰かが話しかけてきた。

「どうした?イメチェン?」

振り返ると美咲の直属の上司だった。

「いえ、今日コンタクトが上手く入らなくて」

めんどくさくて、その場凌ぎの嘘をついた。

「その顔立ちにめがねもいいねぇ、なんかおれ叱られたくなるよ!」

面白いことをいったつもりなのだろうか、口の端でよだれの糸をひきながら笑みを浮かべた。

美咲は、嫌悪感を押し殺していつも通り、何事もないように笑った。

その瞬間、メガネ越しにギリギリ見えていた上司の顔は完全に見えなくなった。

上司が去った後、隣に座っている同期が美咲に耳打ちした。

「あれでセクハラだとおもってないのかね」

「まぁいつもあれだし、手出されるよりいいでしょ」

美咲は無感情に答えた。

「美咲ってほんとやさしいよね、私だったらはっきりっちゃうよ」

適当に笑ってごまかした。


美咲はここまで自分のメガネを業務中にかけるべきか悩んだ。

知るところではなかった気持ちがここまで赤裸々になると、仕事どころじゃなくなりそうだった。メガネをかけてきたことを少し後悔しかけていたときだった。

「忙しいところごめんね、美咲ちゃん、この仕事頼んだりできる?」

美咲が入社時からお世話になっている先輩が美咲に話しかけた。

ことあるごとに相談に乗ってくれたりとても可愛がってくれる。

しかし仕事を押し付けてくる癖もあり、社内の評判はあまり良くない。

「なんですか?」

「今日までに別の資料をまとめないといけなくて」

美咲はいつものようにいいですよ と言いかけたが、メガネ越しに先輩の姿がくもり始めていることに気がつき、少し悩んだ振りをして言った。

「ちょっと他の用事があるので、すみません」

先輩はとても驚いた顔をした。まさか美咲に断られると思わなかったのだろう。

そうだよね、ごめんねと申し訳なさそうに言って去っていった。


先輩の後ろ姿を見て、美咲は申し訳なく、否、自己肯定感が増していることに気づいた。

美咲は断るという自分にとって極めて抵抗のある、難しい選択をとることができた。


美咲は断ることができない性格であった。意思がないというよりは、どうでもよかった。特に仕事では自分の主張というものがないので、押し付けられたら自分の領分ではない仕事でもこなした。相手が喜ぶ姿を見れるならばそれはいいことだと思っていた。それが理不尽なことでさえ、自分を押し殺して受け入れるのが美徳だと思うようになっていた。ただ、医師と無関係に引き受けるのは疲労を伴うことでもあった。メガネによって自分の無意識の嗜好がわかるようになることで、なるだけ自分の気持ちに反することはしないようにしようと思うようになった。

メガネの判断に沿って意思決定することにした。

美咲は一仕事終えて、お手洗いに向かった。

鏡に映る自分の顔にメガネがよく似合っている気がした。しかし、少しだけ自分の顔がぼやけていたが、昨日メガネで遊んで夜更かししたためだと思って深く考えなかった。


自分の仕事だけを終えて、久しぶりに残業もなく帰宅した。

スーパーで買い物をして、家の近くの頻繁に吐瀉物が吐かれているマンホールの横を軽い足取りで通り過ぎた。

鼻歌を歌いながら、料理をして、好きなお酒を飲み、好きなことをする。SNSを見ても不快な気持ちにはならない。美咲の生活は傍目から見るとそこまで変わっていなかったが、美咲の心の内は全く変わっていた。嫌なものが見えなくなるだけでこんなに世界が、生き方が変わるなんて。美咲はメガネがとても気に入っていた。

晩酌を楽しんでいると電話がかかってきた。ディスプレイをみると美咲の母親からだった。

「もしもし。お母さん」

「みさちゃん、元気?」

「元気?って毎日LINEでやりとりしてるじゃん」

母親はことあるごとに連絡をよこしてくれる。美咲はそんな母親が可愛く思えた。

「お兄ちゃん2人とも家を出ちゃってお母さん寂しいんでしょ」

「そうなんよ、お父さんと2人だけだとすることもなくてね」

笑いながら母親はこたえる。実家は美咲を含めて、五人家族だったが、兄2人とも転勤と就職で家を出てしまった。美咲は、母親が電話越しに身振り手振りつけて喋っているのが容易に想像ついた。

「寂しそうだから今週末帰るね」

「ほんと、忙しいんじゃないの?あんまり無理しないでね。」

母親の声のトーンが上がった。

「うん、大丈夫!仕事量も減って余裕出てきたし!お土産もっていくね」

「そう、じゃあ、みさちゃんの好きな唐揚げ作って待ってるわね」


土曜日、美咲は実家の最寄りの駅に降り立った。

車で迎えに来ていた母親の車を見つけて乗り込んだ。

会って早々、母親は美咲のメガネに驚いていた。

「あんた、目悪くなったん?仕事しすぎじゃない?」

「そんなことないよ!心配しすぎ!ただの気分転換だよ。」

「そう?それならよかったわ、さすが東京で働いてるだけあっておしゃれやね」

ここまで邪気なく自分を褒めてくれる人など周りにいない。美咲は、照れくさかった。


実家に着いて、飼い犬と戯れ、寡黙な父に少しばかり近況報告をした。美咲の話を頷きながら聞いて、たまにそうかと短く返答するやり取りが心地よかった。

美咲は犬の散歩をした後、自室でくつろいでいた。晩ご飯のいい匂いにつられてリビングに向かった。母親の予告どおり、美咲の大好きな唐揚げが皿いっぱいに盛られて出てきた。

父親と、母親と久しぶり食卓を囲んだ。

唐揚げを一口食べると、少し塩辛いことに気付いた。しかし、折角作ってくれた母親にいえなかった。

美咲は最近の仕事のことや、友達の話をした。特段代わり映えのない話だが、父親も母親も美咲の言葉の一つ一つを大事そうに聴いた。

食後、風呂に入り、自室戻る前に美咲はリビングでくつろいでいる母親におやすみと告げた。

おやすみと、美咲の方を向いた母親の顔がメガネ越しにかすれた。

美咲はまさかと思った。美咲は母が大好きだった。

男が多い家族で女性同士ということもあり、二人で色んなところに遊びに行った。

社会人になって、家をでてからも友達と同じぐらい頻繁に連絡を取り合っている。

こうやって帰ってきてもいつもと同じようにくつろいで会話も楽しんでいる。

なのにAAGは母親を美咲が見たくないモノだと判断して焦点を外したのだ。

美咲はショックだったが、何かの故障だと自分に言い聞かせた。

それから東京に帰るまでは、メガネを外して過ごした。

メガネを外しても、真っ直ぐに母親の顔を見ることができなかった。


東京に帰る日、最寄りの駅まで送ってくれた母親に美咲はまたくるねと伝えた。

「なんか困ったことあったら相談しなさいね。あんた我慢するタイプだから。」

母親は心配そうな顔をしていた。


母親が入院したという知らせが美咲に届いたのは、東京に帰って2日後だった。

急に体調が悪くなり、病院で検査したところ過労だった。

美咲は会社を休み、入院先の病院に向かった。

父親、兄と一緒に、担当医に容態をきいた。

皆の心配そうな顔を見て、そんなに構えなくても大丈夫だと担当医は答えた。

ただ、そんなにもう若くないので、あまり若いときのような無理はさせないようにとのことだった。


美咲が病室に向かうと、母親は眠っていた。

寝顔を見て改めて、シワがたくさん増えていることに美咲は気が付いた。

いつまでも、若い母親のままだと思っていた。

先日あった時にメガネ越しで母親の顔がぼやけていたことを思い出した。

美咲は内心そのことに気付いていたのだろうが、母親の老いを嫌なものだと蓋をしまっていた。

無意識とはいえ母親の老に目を背けた自分を責めた。


「みさちゃんごめんね」

涙を流す美咲にいつの間にか起きていた母親が小声でいった。

美咲は慌てて涙を拭い、首を振った。

「この前来てくれたばっかりだったのにまた来てもらっちゃって。」

母親は自分が倒れてもなお、美咲のことを気にかける。

美咲は無言で母親の手を握った。

「お母さんごめんね、この前帰ってきたとき、もっとお母さんのこと見とけばよかった。」

「いいのいいの」

母親は美咲に優しく微笑んだ。

「また唐揚げ作ってまってるから、いつでも帰ってきてね。」


美咲はこれまでたまりにたまった有給休暇をとり、母親が退院するまで身の回りの世話をした。

入院中、美咲は母親と久しぶりに心を開いて話した気がした。

普段話せないこと、これまで会社や友達関係であったいいことも悪いことも全て話した。

美咲は嫌なことがあっても、心の中で埋めてしまうか、見て見ぬふりをしてきた。

しかし、吐露したり、向き合うことで得られることは大きかった。

母親との対話を通して、自分の好きなもの嫌いなもの、思考などが整理されていった。

なんだか、とても爽やかな気持ちになった。


母親が無事退院してすぐ、美咲は会社に復帰した。

出社して、まずやることは決めていた。

先輩のデスクに向かった。

「おやすみいただいてました。ご迷惑おかけしました。」

「いえいえ、お母様大丈夫でよかった。」

談笑した後、美咲は切り出した。

「先輩、この前はすみません、テンパってて仕事受けられなくて」

先輩は驚いた顔をして答えた。

「いやいや、むしろ私が謝らなくちゃ。私が頼りすぎてたところあるからあの後めちゃくちゃ反省した。こちらこそごめんなさい」

美咲は先輩の素直なところが好きだった。

「いえいえ、これからも迷惑にならない程度になんでも言ってくださいね」

「じゃあ今度、暇なとき美咲の好きな辛いもの何か食べに行こう!」

先輩は嬉しそうに言った。美咲は先輩が辛いものが苦手なのを知っている。

美咲は今、自分が無意識にどう感じているかは到底わからないが、この先輩が好きだと思った。

「はい、ぜひいきましょう!」


終業後、酔っ払いが吐きそうになっている姿を横目に通り過ぎた。

ただの住宅街なのになぜこうも吐く人が多いのだろう。

冷静に考えると少し面白かった。

美咲は寝る前に、AAGをメガネケースに収めた。


翌朝、カーテンを開け、スマホでSNSを見て、適当にいいねを押した。

前回の掃除から1ヶ月が経っていた。

美咲は覚悟して排水溝の蓋を開けた。

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