シャカミス紀行文【2019沼津編】

らきむぼん/間間闇

シャカミス紀行文【2019沼津編】

 2019年 シャカミス合同オフ in 沼津


 駅のホームの寂れたベンチで、僕は一冊の本を読んでいた。駅員達は訝しげな視線を僕に向ける。それもそのはずだ。僕はかれこれ四〇分ほどもここに座っているのだから。その間に何度も電車はホームに出入りした。遂に誰も僕がいつからここにいるかを知らない状態になったことだろう。そんな状況が少し楽しくもあった。

「時間か」

 僕は読んでいた麻耶雄嵩のミステリ『螢』をラスト一〇頁を残してパタリと閉じた。そしてホームの階段を降りていく。

 二〇一九年十一月十六日土曜日、時刻は正午。旅が始まろうとしていた。


 改札の前で、乗り越しの清算を行いながら、僕はちらりと駅前を覗く。そこには見慣れた顔が集合していた。

 サラさんやえりさんは関東シャカミスで会っていたが、真尋さんやちくわさんは久しぶりの再会だった。しかし毎月開催されるオンラインの定例会で会っているため、違和感は全く無い。らりぶさんは初対面だがTwitterでのキャラクターそのままだった。ハルヒトさんは米津玄師のような服装で違和感があった。たぶん殺されると思う。

 僕よりも後に到着したのはアキラさんと鹿太郎さんだ。アキラさんは関東シャカミスで、鹿太郎さんは初対面だがやはり定例会でのやりとりがあったのでイメージそのままだった。

 そんなこんなで再会に心を熱くしていると、すぐ近くに銀色のトランクが置いてあることに気づく。どうやら我々の持ち物ではないようだ。ハルヒトさんが通りかかった交番の勤務員にそれを伝える。

 この時はまだ、既に事件が起きていたことに気づく者はいなかった。


 昼食は、駅から一〇分ほどのところにある日本食のお店で、各自事前に予約していた料理を食べることとなっていた。二階の座敷に通された僕達は、とりとめのない話をしながら食事が届くのを待つ。僕は一人読み終えていなかった『螢』を読む。この作品は今回の旅の課題本なのだ。

 シャカミスとは、社会人ミステリ研究会の略である。巷では「釈迦」との関連性が疑われているが、我々と釈迦の関係は、一般的な日本人の宗教観に基づく仏教のそれと同値である。シャカミスは大きく分けて東西の団体にほとんどの会員は該当する。西は名古屋読書会と呼ばれ、真尋さんを中心とするシャカミス外のメンバーも含めたミステリ好きの集まりだ。東は関東シャカミスと呼ばれ、アキラさんやサラさんを中心としたミステリ好きの集まりである。今回は年に一度の合同オフ会。名古屋と関東の中間地として沼津が選ばれた。

 と、ここである事件が起きた。

 アキラさんの荷物がどうやら消えてしまったとのことだった。


 ことは思ったより複雑な様相を呈していた。

 アキラさんは荷物を熱海駅で電車に置き忘れて出てしまったようなのだが、問い合わせてみると熱海駅で荷物は見つからなかった。僕も熱海駅を経由してきたので判るのだが、熱海駅は終点になっていて、そこで置き忘れられた荷物は全て降ろされる。つまりこの時点で荷物は何者かによって持ち去られたこととなる。

 しかし、とりあえずのところ、アキラさんは熱海駅へ向かうこととなった。この判断が、我々の旅が恐怖で彩られる一因となったのは今思えば残念でならない。


 先程食べたうなぎの余韻に浸りながら、我々は次の目的地に向かった。もちろんアキラさんはここにはいない。彼は駅員の意味深な言葉を聞いて熱海駅に向かった。それはこんな言葉だったという。

「お客様の仰っている荷物は見当たらないですが、鍵の掛かったトランクが一つ届いていますね」

 そのトランクはアキラさんが置いてきたトランクと同じ銀色のトランクだった。

 結果的に、アキラさんはそのトランクを自分のトランクだと判断して戻ってきた。それは我々が読書会や企画を行うために用意した会場に向かう途中だった。

「同じトランクなんですが、いたずらなのか、鍵がかけられてしまっていて。肝心の鍵自体は一緒に届けられていなかったみたいなんですよ」

 アキラさんはそう言っていた。開かないトランクとはいえ、放棄するわけにもいかない。持ち歩くしかないだろう。


 次の店は蕎麦屋と居酒屋の混ざったようなお店で、そこの二階がフリースペースとして利用できる仕組みだった。到着すると、すぐに我々は今回の課題本『螢』の読書会を行った。今回この作品を勧めたのは僕なので、僕は最後にレビューを話すことになった。僕の隣りに座っているハルヒトさんから反時計回りに手番が回ったのだが、賛否もしっかりあり、様々な視点から考察が行われた。麻耶雄嵩特有の形容詞し難いセンス「麻耶み」についても様々な言及があり、非常に面白い読書会となった。

 読書会が終わると次にワードウルフが行われた。ワードウルフとは、言葉を使った人狼ゲームだ。全員にワードが配られるのだが、一人にだけは他の皆と違うワードが配られる。その一人を他の多数派が見つけ出す。少数派は多数派に紛れ込み逃げ切る。しかし自分が多数派か少数派かは明かされない。そういったゲームである。

 途中で歌えない米津玄師がお題を口走るという失態を演じた。夢ならばどれほどよかったでしょう。まだ死んでいないが、もうそろそろ死ぬと思う。ハプニングはあったが、それはそれで楽しいハプニングだった。


 企画も終わり、駅に戻ると三台のタクシーに分かれて今回の宿へと向かった。時刻は夕方十七時を過ぎ、辺りはすっかり暗くなっていた。

 夕食までの間は買い出しチームや入浴チームに分かれた。

 十九時前となり、夕食が始まるとサザエの壺焼きや、刺し身などの海の幸が次々と運ばれてくる。途中で鹿太郎さんのサザエが炎上し、飛び移った火の粉がハルヒトさんを灰にしたという事件はあったものの、今回三人のメンバーが持参した犯人当てを解くなど、ミス研らしい話題に興じながら食事を愉しんだ。


 夜十時、一つの部屋に八人皆で集まって次の企画が行われた。

 今回、コレクターとして一線を画すらりぶさんのお陰で、過去最大の「放出本」企画が行われた。各自、メンバーに勧めたいものや手放してもいい本などを持ち寄った。その総冊数は五十冊ほどにもなり、非常に盛り上がった。

 そして犯人当ての答え合わせも行い、盛り上がったところで、最後の企画「朝までそれ正解」が始まった。

 ミステリ関連の回答という縛りで、頭文字を制限して全員の回答を合わせる企画なのだが、これがまた盛り上がった。簡単に思われるお題も完全一致しないのが意外性があり、楽しい企画だった。



 翌十七日日曜日、朝七時。

 相変わらずアキラさんのトランクは開かなかったのだが、『螢』の平戸よろしく真尋さんが針金を鍵穴に差し込みカチャカチャと頑張っている。そうこうしている内に時間となり、出発となった。


 沼津港。北に富士山、南に駿河湾が広がる伊豆半島の入口。

 駿河湾の豊かな恵みを受け、サバ、イワシ、アジ、タイ、シラスなどが水揚げされる。特にアジの干物の生産量は日本でも有数である。

 僕らは楽しみにしていた深海魚水族館に入場した。そこはシーラカンスミュージアムと呼ばれ、日本でも珍しいシーラカンスの剥製がある水族館だ。普段は冷凍保管されているシーラカンスが見られるそうなのだが、今日は冷凍庫が故障して見られないらしい。

 とはいえ、らりぶさんから教えてもらったのだが、珍しいハリモグラやメンダコが見られ非常に満足の行く展示だったと言えるだろう。できれば――ハルヒトさんにも見て欲しかった。僕らは目に涙を浮かべた。そのきらめきは、まるでヒカリキンメダイの儚いきらめきのようだった。


 昼食は幾つかのチームに分かれたのだが、僕は真尋さんとサラさんと一緒に寿司を食べることになった。久しぶりに語彙力を失う三人だったが、その満足感だけは記憶に残っている。深海魚の寿司や、普段はあまり見かけない地元の魚など、新鮮なネタを楽しめ値段も手頃だったのが嬉しい。アジのなめろうは特に絶品だった。


 そうして、僕らの旅は終着点の沼津駅へと辿り着いた。

 



「開いた!」

 叫んだのは真尋さんだった。沼津駅に着き、解散しようとしていた一行を引き留めるように、トランクの鍵が開いたのだ。

「ありがとうございます!」

 アキラさんは何度も真尋さんに感謝を告げてトランクのストッパーを外し中身を確認しようとした。

「うわああああああああああ」

 中にはバラバラの死体が入っていた。


 空を舞っていた小さな小さな塵が少しずつ風に乗って一箇所に集中していく。僕らはその塵が人の形へと変わっていくのをただ見つめるばかりだった。

「謎は解けた」

 塵はキメ細やかな灰だった。段々と灰は色付き、一人の人物を創り出していく。そう、それはまるでSEKAI NO OWARIから復活したかのような風貌、そう高音の出ない深瀬、進藤ハルヒトだ!

「犯人はあなたですね」

 そう言ってハルヒトさんが指差した先には――――


 了

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