下層

 「どこだここ・・・」


 ツバサはあたりをきょろきょろと見まわす。目を開けているはずなのに何も見えない。とりあえず立とうとして地面に手をつくと、ぐちょ、と気持ちの悪い生暖かい感触を感じる。顔をしかめながらゆっくりと前かがみ気味に立つ。この間にもだんだんと暗闇に目が慣れてきたのだろうか、うっすらと壁のようなものが見える。


 ツバサは普段通り冷静に今の状況を分析していく。今の一番の課題はもちろん仲間のもとへ帰ることだ。

幼馴染ってだけであんなにも心配してくれる奴だっているんだ、絶対に帰ってやらないとな。ふと、別れる間際に口元をゆがめていた奴がいたことを思い出す。


「まあ見間違いだろう。俺もあせっていたしな。」


 体勢を崩したのも全部偶然だろう。あれだけ強く引っ張ったのだ。自分がその力で体勢を崩してもなんらおかしいことはない。


 わけのわからない場所に飛ばされてしまったツバサだが、一応帰還する作戦は立ててあるのですぐさま実行しようとする。飛ばされたのなら、もう一度飛ばされればよい。それを繰り返すうちになんか出口に近づくのではないか、と。


 ということで早速、テレポータを探すか、と歩き出そうとすると、


 その瞬間、急に脳内でアナウンスが響く。


ーー感知魔術を習得しましたーー


「は?」


 聞いたことのあるようなないような無機質な声に少しの間戸惑っていると、急に、体内の細胞すべてが

ドクン、と波を打った。本能に従い、すぐさま身をそらす。刹那、目の前を鋭い刃物のようなものが飛んで行った。


 一瞬だけ視線をそちらの方に向けると、ツバサはすぐさま逆方向に走った。何も見ていない。自分は何も見ていない。まさか、目の前で自分の体の何倍ものサイズの蜘蛛が、馬鹿でかいダンゴムシになんて、信じられるわけがない。


 感知魔術を得たからであろうか、先ほどよりも詳細に、生々しく情報が頭の中に流れ込んでくる。今は安全な場所に行きたい。できるだけ安全な場所に。今は自分の手がなぜか赤黒い、ドロッとした液体でぬれていることだってどうでもいい。


 ツバサは急に立ち止まると、すぐさま嘔吐をする。少なくとも今ツバサが通ってきた道は、ずっと魔物の死体でいっぱいだった。そして必ず、食い散らかされていた。いつもより何倍も強くなっている嗅覚が強烈な生臭さを伝えてくる。


 この層の魔物は大体、ツバサを一瞥すると、興味を失ったように視線を外し、去っていくことだけは不幸中の幸いであったが、ツバサは今にも崩れ落ちてしまいそうな心を抱きしめるかのように自分を抱くと、そのまま通路の端で少し休もうと、震える足を懸命に動かし、壁によろうとする。


 すると壁を曲がったところに、小さな洞穴があるのを発見したツバサはすぐさま駆け込むようにそこに入っていった。


 普段の冷静さを保っていた彼ならこんなこと絶対にしなかっただろうが、この行動が、のちにツバサの命運どころか、世界の命運すらも変えてしまうことになる。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 何時間ほど気を失っていたのだろうか。ツバサは目を覚ます。どうやらこの洞穴についたと同時に倒れてしまったようだ。


 あらためてまわりを見渡すが、特に壁以外見えるものはなくただの洞穴であることは間違いなさそうだった。ツバサは、少しづつ平常心を取り戻していくが、途端にあることに気づく。


「何でここだけ床がこんなにきれいなんだ?」


 そう、その洞穴の床はまるで大理石の床のような滑らかさだった。暗くてあまりよく見えないが、明らかに先ほど通ってきた洞窟の感触とは異なっている。


 その瞬間、再び自分の中で何かの危険を感じる。もうこのことを不思議に思う時間も、余裕もなかった。


「くそっ、どうして気づかなかったんだ!!」


 暗闇の中で赤い8つの球が並んで浮かんでいる。その方向からは、ギチギチと鳥肌の立つような音が聞こえてくる。ツバサは息をひそめて、というより圧倒的なプレッシャーの前に息ができなかったのだが、なるべく端によってやりすごそうとする。どうやらここはさっき見た巨大蜘蛛の巣であるようだった。


 ツバサは、ばれないようにそーっとすれちがって逃げようとするが、


「パキッ」


 足元で音が鳴る。何やら球体のようなものを踏みつけてしまったらしい。足元にべちょっとした液体が広がる。モンスターの巣の中で、球体のもので、踏んだら液体が出てきそうなものはあれ以外にない。


 ツバサは何も言わずに全力疾走を開始する。と、同時にその蜘蛛もこちらを向いて


「キッッッッッシャァァァァァ!!」


 と耳をつんざくような鳴き声を発しながらこっちを追いかけてくる。


「何で蜘蛛が声出すんだよ!」


 と叫んだ瞬間、後ろから網のようなものが飛んできた。感知能力を取得していなかったら確実に当てられていただろうが、スピードも比較的ゆっくりであるので何とかよけることができた。


 頻繁にある角を駆使して射線を切りながら、暗闇の中を疾走していく。すると間もなく大きな空間に出た。先ほどとは異なり、上の天井も高すぎて感知することができないし、奥の壁も広さと暗さのためか見えなかった。


 もう射線を切るのは難しそうである。後ろを見ていなかったため、蜘蛛との距離はよくわからなかったが、足音が聞こえるので追ってきているのは間違いない。嗅覚でも持っているのか、その音はだんだんと大きくなってきて、的確にツバサに近づいてきているのがわかる。


「はあはあ、剣手放さなきゃよかったな」


 肩で息をしながら思わず空に向かってつぶやく。もうエンカウントするのも時間の問題であろう。近くに岩場があったので、そこで身をひそめ蜘蛛の裏側に回り込めば、この空間の入り口から入れ違いで出ることができるかもしれない。そうして準備しているうちに、ドシン、ドシン、と足音が入り口の方から聞こえ始める。


 ツバサはそれと同時に再び走る準備をするが、


(ドシン?)


 蜘蛛の足音にしては大きすぎるな、と思った次の瞬間、


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!」


 何かの鳴き声とともに隠れていた岩がはじけ飛ぶ。その衝撃波でツバサも3メートルほど飛ばされる。そうして声のした方を見上げると、


「いやあ、こりゃ無理っぽいかな」


 入口方向から感じる圧倒的なプレッシャー。相対するものすべてを委縮させる金色の眼球。間違いなくあの生物は、ツバサが宮殿にあった書物の中で読んだ伝説の生き物であった。


 ツバサがもう一度息を吐いた時には、もうその生物の口は開かれていた

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無能と言われ続けた普通の高校生が無双で世界を救うまで @axsis

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