第4話 別れ

 中層は先ほどとは異なり少し薄暗くて、通路の途中においてある光る鉱石の周りには小さな羽虫がたかっていた。ここから先は魔物の挟み撃ちなんて日常茶飯事のレベルになってくるらしいので、ツバサは言いつけ通りジェラードのそばを離れなかった。



「おかしいな」



「確かに聞いていた話と違うような気がするのだけれど」



 と竜也と樹が会話をしている。確かに、中層は質よりも量が危険だといわれていたはずが、歩き始めて20分くらいしてもツバサたちは魔物とエンカウントすることはなかった。



「ウーム。俺らが訓練の時に全部刈り取っちまったかな?がはは」



 ちなみに迷宮では魔物は自然に湧くのでそれはあり得ないことをツバサは知っていたが



「マジっすか!!カッケー!さすが団長、マジ尊敬っす!」



 ツバサがちらりと樹と文月の顔を見ると、ふたりとも苦笑いをしていた。おそらく訓練の時はこれが日常茶飯事だったのだろう。もしかすると、団長も知性を捨てた脳筋なのかもしれない。まあさすがに一国の騎士団長ともあろう人が……



「竜也、いいことを教えといてやる。力っていうのはな、単純なものじゃねえ。一言で表すなら、力っていうのはパワーだ!!」



「うおおおおおおお」



 ツバサの人生で史上二人目の脳筋族を発見した瞬間であった。



 すると急にジェラードの顔つきが変わる。3人も何かを察したらしく武器を構えた。おそらく魔物がいるのだろう。確かに、通路の奥から何やら気配を感じる。



 ーーなんか嫌な予感がするな



 この世界に来てから、ツバサは意味もなく嫌な予感がすることが多かったが、ここまではっきりと感じたのははじめてであった。



 しかしそれは自分が弱いから過敏に警戒しているだけだろう、とツバサが1人で納得していると、




「っっっっ逃げろおおおお!魔法陣の位置に戻れェ!」




 急にジェラードが自分の中のエネルギーを練り上げる。突然のことでみんな反応できていない。しかし対応能力だけは優れているツバサはすぐさまみんなの背中をたたき、走り出す、自分でもわからないが、自分の中の何かが、アラートを鳴らし続けている。



 とにかく全速力で走った。まったく魔物がいなかったので通路の真ん中を4人は駆け抜ける。しばらくするとジェラード団長がすごいスピードで追いついてきた。



「何があったんですか!?」



 樹が走りながらも、自分を落ち着けながら訪ねる。



「テレポータって魔物だ。あいつはいったんこっちを認知するとすげえスピードで追っかけてくる。破壊すればこの迷宮のどこかに飛ばされるし、近づかれたらあいつらは自爆する。厄介だがいったん巻いてきたからここからすぐに脱出するぞ」



 角を曲がると転移魔方陣が見える。



 依然険しい表情のジェラード団長だが、巻いてきた、という言葉と魔法陣が見えてきたことに4人は少し安堵する。刹那、ツバサの頬を風圧がかすめる。



「な・・・、別個体だと!?」



 後ろを向くと、奇妙な円盤型の魔物が宙に浮いていた。その魔物が風圧を放ってくる。それをかわしながら5人は魔法陣まであと5メートルというところできた。魔物との距離も5メートル。



「もう少しだ!」



あと4メートル。魔物との距離も4メートル。



「とびこめええ」



残り3メートル。魔物は静止する。



「きゃあっ!」



 見ると別方向からもう一体同じような奴が風圧を放ってきていた。風圧をもろに食らった文月の体が宙に浮く。この距離だと、もう文月は間に合わないかもしれない。ジェラードが、舌打ちをしながらイチかバチか魔術を放とうとすると、銀色の剣がジェラードの横から伸びてきて、剣先が触手のように広がって文月の体をつかむ。



 ジェラードが思わず振り向くと、そこには汗だくになっているツバサが剣を伸ばしていた。しかしつかんだだけでは魔物との距離感は変わらない。ツバサはその持ち手を思いっきり引っ張ると、文月がその勢いのまま魔法陣の方に飛んでいく。



「よくやった!!」



 そう叫んだジェラードは転移魔方陣を起動させ、樹と竜也もその中に滑り込む。



(なんかよくわからないけどうまくいったぞ・・・)



 そう思いながらツバサは体勢を立て直そうと壁に手をかける。



「カチリ」



 ツバサの中で時間が止まる。



(そういえば団長が不用意に壁に手を触れるなって言ってたっけな)



 と次の瞬間、ツバサの体が動かなくなる。転移魔方陣はもうすでに起動してしまっている。魔法陣の中からは竜也、樹、文月、ジェラードが必死の形相で叫んでいる。



 横をちらりと見ると、なにやら真実の口みたいなのがこちらを向いていた。



(あれ?こんなのここにあったっけ。まあいいや、急がないと)



 と体を必死に動かそうとすると、急にその円盤の口が三日月状に歪んだ。そしてその円盤が爆ぜた、と思ったら足元に何かの魔方陣が展開される。そしてツバサは中層に来る時に感じた浮遊感とともに意識がだんだん薄れていくのを感じる。



 魔法陣の中からはジェラードがうつむいて目をつぶりながら、今にも飛び出そうとしている文月を食い止めていて、文月は泣きそうになりながら



「ツバサ‼ いやあっ!離して!ツバサ!!」



 と大声で叫んでいるが、だんだん声も聞こえなくなっていく。



(ごめんな、文月、竜也、樹、団長ここで俺はお別れみたいだな)



 と、自分の3メートル前で光っているもう一つの魔方陣の中を見渡すと、









・・・・・・・・・お前何で笑ってるんだ?









 その瞬間、意識が飛ぶ。走馬灯のようにこの世界に来た時の記憶がツバサの中で再生される。そして、



(そういえばさっきなんで俺バランス崩したんだっけ?)




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 もうそこにいはジェラードたちも、ツバサもいなかった。奇妙な笑顔が刻まれている円盤だけが、そこにぽつんと、落ちているだけであった。











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