難攻

 俺とエリーザは前の方の椅子に座り、アーダルベルトは立ちながら会議進行するらしい。

 会議室はピリピリとした緊張感に包まれ、皆がアーダルベルトへと視線を向ける。

 そんな重々しい雰囲気の中、アーダルベルトは周りを見渡す。


「勇者殿が参ったので、もう一度確認したいと思う。我らの残存兵力は千二百程、敵はここからそれほど離れていない小高い丘に陣を敷いている。その数およそ六千。数の上では圧倒的に不利な状況である」


 誰もが唸り声をあげ、押し黙る。

 言われるまでもなく解っているだろう。

 しかし、こうして現実を告げられると胸に重くその重圧がのしかかる。

 それは当然俺も同じだ。

 前回の戦いよりも圧倒的に数に差がある。

 士気の力ではどうにもならない気がする。


「更に物資に食料も底を尽きかけている。なんとか砦に籠城することで抑えられていた均衡も崩れようとしているのが客観的に見た今の現状である」


 再び押し黙り、重々しい空気が更に増す。

 良い情報が何一つとしてない。

 これじゃあ士気が上がる筈がない。

 皆不安で押しつぶされようとしている筈だ。

 前回は何が何やら解らない状況で戦いを余儀なくされた。

 でも、今は幸か不幸か、時間があり、否が応でも現状の厳しさを突き付けられる。

 胸のざわめきが収まらない。前回同様に絶体絶命。一体どうしたらいいんだ。


「ラクサール殿。ドルフェトからの援軍は期待できないだろうか?」


 藁にもすがる思いでクラーク将軍が尋ねると、ラクサール将軍は一度口を結ぶ。


「・・・本国より援軍を送るとの報告がありました。数は千」


 おお! と、歓喜の声が上がる。

 やっと良い知らせがもたらされた。

 とは言うものの数は千。劣勢であることに変わりはない。

 勿論嬉しいし頼もしくはあるけど、一気に形勢逆転とはいかないだろう。


「・・・ですが。行軍には時間がかかり、到着まで急いでも三日はかかりましょう。その間守り切れるかどうか」

「・・・三日」


 僅かに見えた希望から、再び絶望へと落とされる。

 耐えられるのか、三日も? エリーザは次はもう厳しいみたいなことを言っていたけど。


「やはり打って出るしかあるまい!」

「馬鹿な、砦に守られているからこそ、不利な戦況でなんとか持ちこたえているのだぞ。正面からぶつかればひとたまりもあるまい!」

「では卿はこのまま立て籠ると? 結局は時間の問題ではないか!」

「そうは言っておらん。援軍を待つのだ。到着したドルフェトの軍に横合いからぶつかってもらえば道は開けよう」

「果たして三日の籠城が可能であろうか? 兵は傷つき、兵糧も底を尽きかけている。三日所か、次の戦いを乗り切れるかどうかも・・・」

「だからこそ、打って出るしかあるまい! 一気呵成に突撃し、奴らの喉元を噛み千切るのだ!」

「玉砕せよと言うのか! 無駄死にがしたいのなら卿の部隊だけでやってくれ!」

「おのれ!」


 将軍達が口々に意見を出し合うも、次第に喧嘩腰になる。

 会議は苛烈を極め、建設的な意見は出ず、誰も彼もが苛立っていた。

 無理もない。俺はたった今、初めて現状を知ったけれど、皆はこの絶望的な緊張感の中、戦い続けていたんだ。

 兵糧も残り少ないんじゃ満足に食事もできないだろうし、ストレスは限界ギリギリのはずだ。


「静まれ! 姫様の御前であるぞ!」


 アーダルベルトが一括すると、周りが静まり返る。

 気が荒立ってエリーザの存在を忘れていたようだ。

 皆が気まずげにエリーザに頭を下げる。

 それにしても流石だなエリーザ。俺はきょどってばっかりなのに、こんな荒れた会議の中でも冷静だ。

 俺と二人でいる時は、年相応な表情を見せるけど、今のエリーザは一国の王女の顔をしている。とても俺じゃマネできない。

 まあ、生まれた時から国を背負う責任を持った彼女と、一般市民の俺を比べること自体が間違っているんだろうけど。


「皆の不安は痛いほど解る。しかし、冷静になるのだ。我らの後ろには守るべき民がいることを忘れるな」


 アーダルベルトの声に、将軍達面々は頷いて冷静さを取り戻す。

 だけど、結局名案は浮かばずに、沈黙の時が続く。うう、胃が痛い。


「白夜殿。何か意見はありませぬか?」

「う、うぇ!?」


 思わず変な声が出ちゃった。お、俺? 俺の意見? え、戦争のド素人の俺に意見を言えと!?

 ブアっと汗が噴き出した。

 アーダルベルトは軽く笑って見せ、俺を落ち着かせる。


「何、なんでも構いませぬ。御覧の通り会議は停滞しています。白夜殿の御意見が会議を進める循環材となるやも知れません」


 そんなことを言われても、俺の意見なんて馬鹿にされるか呆れられるかの二択じゃないのか? いや、まあそれでもいいのか。要はこの沈黙を崩せればそれで。

 この空気が軟化するのなら、恥の一つもかいてみようか。

 俺は一応頭を絞る。

 何でもとは言うものの、適当に言うつもりはない。俺なりに、この戦況を打破する何かを考えないと。


「・・・やっぱり、奇襲かなぁ」


 源平合戦の一ノ谷の鴨越の戦いを例に挙げるまでもなく、少数で大軍を崩すのに最も効果的なのは奇襲だろう。

 正面からの正攻法が通用しないなら、奇策で挑むしかない。


「「「「「ううむ~」」」」」


 全員が唸った。

 あ、やっぱりだめですよね素人意見。

 うん、分かってた。凄く的外れなことを言ったんだ俺。

 言った後で俺は恥ずかしくて穴があったら入りたい気分になった。

 いいじゃん、いいじゃん。俺を笑い者にして落ち着いて会議が進むなら、恥をかいた意味があるってものさ。は、はは!


「・・・いや、白夜殿。決して悪い意見ではありません。むしろその策は、何度か議題として取り上げております」

「え、そうなの?」


 よ、良かった。あれ、じゃあなんで皆唸ったんだ?


「問題は敵の陣の位置です。辺りが見渡せる小高い丘に敷いていますからな。周りは平原で死角はなく、何処から攻め込んでも直ぐに発見されてしまうでしょう」

「あ、そうか・・・」


 辺りが見渡せる位置に陣を敷く。なるほど基本だ。

 それに気が付かずに、なんて間抜けな意見を。


「いや、しかし勇者殿が言うように、突破口があるとすればやはり奇襲だろう」

「しかし、どうする? 四方が見渡せる丘の陣だぞ」

「横穴を掘って進むのはどうか?」

「無理だな。今からでは時間がかかりすぎる。それに丘の上まで掘り進めるのは相当に骨だぞ」

「では、少しでも手薄の場所からの夜襲か」

「・・・それが一番現実的か」

「そうよな。問題は五千の数に手薄な箇所があるのか」

「円形上に陣を敷いている。難しいだろう」


 うう~~むぅ。

 再び唸る。

 俺も頭を抱えた。


「あ、じゃあ空からとか?」


 下がダメなら上から、そう安易に思ったのだが、直ぐに首を振る。

 飛行機も無いのに空襲も何もあったもんじゃない。また呆れられてしまう。


「確かに可能性はある」

「しかしな~」


 あれ?


「空襲、出来るの?」


 恐る恐るアーダルベルトに問いかけると、意外にもすんなりと頷いた。


「出来ます。“飛行”のスキル持ちがおりますから」

「スキルか!」


 うおおお、すげーファンタジー世界。

 人間が普通に空を飛べるのか!


「いけるじゃないか! それじゃダメなの?」

「問題は数です」

「数?」


 俺は首を傾げた。


「我が国の飛行スキル持ちは十人。流石に十人で奇襲をかけるには・・・」

「え、それだけ!?」

「白夜様」


 俺が驚くと、今まで黙っていたエリーザが声を発した。


「以前にも申しましたが、スキル所有者は希少なのです。更にその中から同スキルを持つ者になるともっと絞られます。遠距離からの牽制攻撃ならばともかく、部隊編成をして特攻となると」

「そっかー」


 上手くいかない。

 再び頭を抱えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移であっちこっち さく・らうめ @sakuma0815

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ