第5話 ポスト・コロナ『アメリカン』2
トランプという存在
1946年、裕福な不動産会社の第4子としてニューヨークで生まれる。ペンシルベニア大学の経営学部を卒業、父親の後を継ぎ、不動産王として名前を売った。自己顕示欲が旺盛であり、代理人を使い各種メディアに積極的に露出、自らが開発・運営する不動産に「トランプ・タワー」、「トランプ・プラザ」、「トランプ・マリーナ」など、自分の名前を冠している。
大統領選予備選には2000年改革党より、2012年の大統領選挙には共和党候補として支持率2位であったが、ロムニー支持に回った。泡沫候補と揶揄されても、このように大統領選には並々ならぬ意欲を示していた。2016年大統領選挙には共和党より出馬すると表明。
共和党予備選では、圧倒的な彼の存在感であった。彼の過去の言動から、共和党に所属する連邦議会議員、州知事331人のうち少なくとも160人がトランプを批判し、うち32人はトランプに選挙戦からの撤退を要求した。ネガティブキャンペーンがあればあるほど彼には有利に動く不思議さであった。対抗候補にも人を得ず、共和党の人材不足を感じさせた。唯一対立候補になり得たテッド・クルーズも保守強硬派、政策考え方はトランプと同じ、ならトランプの派手な存在感が目立った。
2016年大統領選、ヒラリーとトランプ、嫌われ者同士の選挙戦と云われたが、誰もが実績のあるクリントンと思った。米国の新聞・雑誌の支持動向では、ヒラリー425に対してトランプは僅か12。支持率では選挙戦スタート時点では(5月)ヒラリー45%、トランプ35%、10ポイントの差があった。7/22〜7/26 ではヒラリー37% トランプ39%とトランプが一時逆転している。そのあとヒラリーが6ポイント差に戻したが、注目すべきが「どちらでもない」が、スタート19%が7/25〜7/29では25%になっていることである。両者のTV討論会や選挙戦を通じて、どちらも嫌われたが、ヒラリーの人気のなさが特に目立った。
それとトランプ陣営選挙参謀スティーブン・バノン(評価されて首席補佐官になったが関係は決裂)の作戦勝ちがあった。オハイオを制する者が大統領選を制すると言われている。アメリカは赤い国・青い国と云われているように西海岸と東海岸は民主党、中西部・南部は共和党というように州によってはっきりと分かれているが、オハイオ州は選挙のたびに変わるという州であった。5大湖周辺の従来民主党が地盤としていたペンシルベニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州のラストベルト地帯で、「製造業を戻して雇用を!」と訴えるトランプ、白人労働者層の不満を背景に僅差で勝利を重ねたのである。
得票数ではヒラリーが上回ったが選挙人獲得数ではトランプが上回るという結果を生んでしまったのである。
逆に言えば、ヒラリーの作戦負けである。民主党予備選ではこのラストベルト州はサンダースが勝ったところである。サンダースを副大統領候補としていれば、トランプの勝利はなかったことになる。ヒラリーは外交面では共和党に近いタカ派であるが、がそれ以外ではリベラルと見られていた。クリントン大統領のもと特別委員会委員長として健康保険問題(皆保険)にも積極的に取り組んだ。性的マイノリティにも理解を示していた。政策的にはサンダースと共通する部分もあった。
サンダースを熱烈に支持するのは若者層であった。彼らの多くは高額な学生ローンに苦しんでいた。全額学費無料を訴えるサンダースに「何処にその様な財源があるのか、素人」と切り捨てた。サンダース支持層はヒラリーを所詮ウオールストリートの上層の代弁者と見てしまった。彼らの多数はヒラリーには投票しなかった。
ヒラリーは大統領選を意識し出してからは、銃規制に反対に回ったり、中道右寄りにシフトし、その変節が彼女の主張を分からないものにした。サンダースとの苦戦はそこにあった。トランプとの選挙戦ではオバマが熱心だったTPPにも反対の変節をした。
ヒラリーは何故相手がトランプなのに勝てなかったのか、私も不思議で一生懸命考えた。世論は彼女が嫌われていたことを上げるが、トランプもそれには充分負けていない。彼女は「ガラスの天井」女性の壁を嘆いた。ファーストレデイ経験者でなく、キャリアとして政治の世界を登り上がって来た女性であったなら当選したかも知れない。それだけではトランプが勝った理由にはならない。
トランプには「アメリカンファースト」と云う言葉があった。ヒラリーには思いつかない。彼女は自分の実績を語った。女性大統領の歴史的意味も語った。政策もいろいろ語ったが、「自分は社会主義者である」とするサンダースにも、トランプにも対抗する言葉がなかった。届く言葉がないことは政治家として致命傷である。オバマは「チェンジ」や「イエス、ウイキャン」と語って大統領になった。
「アメリカンファースト」、アメリカは一番であり、一番のアメリカを守るという意味であり、政策より政治手法を手短に語った。全ては「ディール」であると。無茶苦茶な発言も、極端な政策も、敵を作ることも、脅すことも、国際組織から脱退することも、貿易ルールを変更することも、全てこの二つ言葉の中に納まってしまうのである。
トランプの政策はと聞かれたら、オバマのしたことを全部ひっくり返した「ちゃぶ台返し」と答える。至ってシンプルである。オバマケア反対、不法移民寛容政策反対(メキシコ国境に壁を作る)、イラン核合意反対、TPP反対、パリ協定離脱、キューバ国交回復に反対etc・・これほど見事に前政権をひっくり返した例はない。まさに青い国・赤い国である。
オバマはこの分断を語り、統一を期待されたのである。初の黒人系大統領として人種間の分断も期待された。外交政策では、ブッシュ前政権の外交を否定、それはアフガニスタン、イラクからの完全撤退を意味した。2つの戦争で疲弊した国民の厭戦感をとらえ歓迎された。
圧倒的な陶酔感の中で現れた「国民統合」の象徴がオバマだった。熱狂的な大観衆を前にして、オバマが勝利宣言で語ったのは、「われわれはもはや民主党員や共和党員ではなく、白人や黒人でもない、われわれはユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカだ」という統合のメッセージだった。
そして事実、彼の2期8年間は、人種や所得や宗教で分断された国民を統合するための努力に費やされた、実現のほどは問わなければであるが・・彼は、人種や性別や性的指向にかかわりなく、すべての人の人権と市民権が守られることを求めた。できるだけ多くの人が医療保険の恩恵を受けられる制度の導入をはかった。
移民政策に寛容を説き、所得格差を縮めるための施策をも取った。そして彼は、他宗教への寛容を説き、イスラム国家との友好関係を築き、テロが起きてもけっして相手やその宗教を批難せず、乱射事件が起きるたびに現地へ飛んで、涙を流しつつ傷ついた人びとを慰めた。彼は、EU諸国とともにイランとの核合意に共同歩調を取った。隣国キューバとの国交を半世紀ぶりに回復し、現職の大統領として88年ぶりに同国を訪れた。そして、現職のアメリカ大統領としてはじめて広島を訪れ、慰霊碑に献花し、被爆者を抱きしめた。オバマは、ほとんど「国家の祭司」だったのである。そして核なき世界を語りノーベル平和賞に輝いた。
「核なき世界」、核こそアメリカを最強にしているものではないのか、広島はパールハーバーの代償である。これは多数のアメリカ人の本音である。妊娠中絶や同性婚などといった主題でも、キリスト教保守派の神経をことごとく逆撫でする結果になった。
1期目の最初の2年間は上下両院で民主党が多数派だったため、リーマンショックからの回復を目指した大型景気刺激策、医療保険改革(オバマケア)、ウォール街規制などの画期的な政策を何とか実現できた。だが、2010年中間選挙の大敗で、下院多数派が共和党に奪われた後は、重要な政策はほとんど動かず、特に、財政をめぐる共和党との対立は、予算をめぐって対立で2013年10月には16日間にわたって、連邦政府の機能の一部停止という閉塞感を生み出した。
「アフガニスタン、イラクからの完全撤退」、これこそがオバマ外交上の最大のレガシーになるはずだったが、この読みが大きく外れた。イラクについては、2011年末までに米軍最後の部隊のイラク撤退が完了し、約9年にわたる戦争を終結させた。しかし、この撤退についてはかなり拙速の感があり、2014年に入ってからのイスラム国の台頭を招いてしまった。アフガニスタンについては一時期には撤収方針を明らかにしたが、見直しになり、逆に増派に至った。
オバマが「脱ブッシュ」を強く意識したように、次の大統領が誰になっても何かしらの「脱オバマ」を標榜することが予想された。トランプを生んだのはオバマとも言える。どうせなら、リーマンの後がトランプで、アフターコロナがオバマであったらと考えてしまう。
トランプ誕生によって「国家の分断を」更に深め、固定することになってしまった。アメリカで今もっとも懸念されている課題はこの「国家の分断」なのである。
アメリカには白人中産階級を起点にした「メインストリーム(主流)」の価値観があるという意識があった。ヒラリーもそれを言った。しかしそのイメージは良き時代のアメリカ、白人の中流である。最早そのような中流神話を信じる者はいない。人口構成上、いずれ白人が総体としては、マイノリティになる状況が現実的になり始めたという危機感がある。
アメリカの平均的な労働者の実質賃金は1990年代以降、ほとんど上昇していない。これはグローバルリズムが始まった時期と重なる。それ以降アメリカの富は飛躍的に増えている。グローバリゼーションは一部の人には大きな恩恵をもたらしたが、大多数の人々にはそれが与えられなかったことを意味する。途上国との競争に直面した先進国の労働者は雇用喪失を経験し、増え続ける移民・難民は受入国に経済的、社会的、政治的な摩擦を引き起こしつつある。
こうした反動は共和党のトランプ候補に限らず、民主党の予備選挙でベニー・サンダース候補が自由貿易協定の破棄を主張したことにもうかがえる。民主党はより左傾化し、共和党はより右傾化する。実はサンダースは民主から出ているが無所属議員である。トランプも2000年に改革党の大統領候補に名乗りを上げたこともあったように共和党純系ではないのである。人々は所謂ワシントンと呼ばれる既存政治家にないものを求めていた。実業家トランプなら何かをやってくれると期待したのである。
反知性主義、ダイバーシティ(多様性で語られることが多い)を排除し、人種差別発言を繰り返すトランプの勝利が「反知性主義」の文脈で語られることも多い。実際トランプの言動には「知性があるの?」と疑ってしまうことも多い。衆愚的な系譜で語られ易いが、知的権威やエリート主義に対して懐疑的な立場をとる主義・思想を意味し、必ずしもネガティブな言葉ではなく、健全な民主主義における「必要な要素としての一面」もあるとされている。
ヒラリーとトランプの3回に渡るTV討論を読んでみたが、酷い中傷合戦はお互い様として、その知的権威やエリート主義とも受けとられかねない発言をヒラリーはしてしまったのである。
「ドナルド・トランプの支持者の半分は嘆かわしい人種差別主義者で、男女差別主義者で、同性愛嫌悪症で、外国人嫌いで、イスラム教嫌いだ」と述べたのである。
これに対してすかさずトランプは「彼女は私たちの支持者を嘆かわしい人たちと呼びました。とても多くの人たちです。救いようがない人たちと呼びました」と非難し、こう続けたのです「私はすべての国民のための大統領になります。私は大統領として、貧困街の状況を好転させ、人々に強さを与えます。そして、人々が経済に参加できるようにし、雇用を取り戻します」
次回討論会で、司会者はヒラリーに「あなたは後日、半分と言ったことを後悔している、と述べました。数千万人の国民を見かぎるのなら、国を結束させることなどできますか」と問い質されたのである。上から目線、トランプに1本取られたのである。
政策的な細部を省けば、トランプは「逃げ出した製造業を戻し、雇用を増やす」「世界との協調と云う縛りより、アメリカの利益優先」という、反グローバルの考え方で一貫していた。これに対してヒラリーは、オバマが推維して来たTPPに選挙戦を睨んで反対に転じたのである。TPPは少なくともアメリカの農民にとっては有利なものになる筈だったのだが、ヒラリーはその優位を語らなかった。中西部の農民の多くはトランプに投票した。
高学歴でない白人労働者がトランプに入れたと語られているが、あれだけ女性蔑視発言をしたトランプであるが、ヒラリーはこの女性票を意外と獲得していないのである。黒人票はさすがに少なかったが、ヒスパニックらのマイノリティの20%がトランプに入れている。結構幅広く票を取っている。でないと半数近くは取れないのである。
ヒラリーはオバマ政権で国務長官を務めた前期の4年だけだったのだが、トランプは名前で呼ばず、常に「長官」と云う呼称を使い、オバマ批判を通じて彼女をも批判した。その辺に彼の選挙戦術の巧みな知的を感じた。
トランプは、これ以上アメリカは世界に関わらないと云いながら、世界をかき混ぜた。コロナで大失敗しても、敵を中国に絞り、支持率は落とさず、再選を目指す。トランプの中には「協調してお互いの利益」と云う考えは微塵もない。「片方が得をすれば、片方は必ず損をする」という発想である。これは大衆には通じやすい論理である。彼のアメリカンファーストはトランプファーストであるだが、アメリカはそれほど余裕をなくしているのだろうか?
世界大学ランキングベスト10
1位オックスフォード大学、2位ケンブリッジ大学の英国を除けば、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学、カリフォルニア工科大学、ハーバード大学、プリンストン大学、イェール大学とアメリカが続く。世界から留学生を集めて、トップクラスの研究機関が存在する。
世界時価総額で企業を見れば、ベスト10
1位はサウジアラムコ、7位中国、アリババ、8位中国テンセント・ホールディングスを除けばマイクロソフト、アップル、アマゾン、フェイスブックとアメリカ企業が占める。GAFAの時価総額合計は3兆ドル(約330兆円)を超え、ドイツの国内総生産(GDP)に匹敵するほどである。
世界製薬売り上げベスト10、2位ファイザーを入れて5社、
世界の食品・飲料業界ランキング10、穀物メジャー、食肉を入れて7社
世界銀行総資産ベスト10、上位4社は中国、アメリカ3社、だが、投資銀行となるとアメリカ勢が並ぶ。
種苗業界売り上げベスト10、1位、2位はアメリカ、その両者で半分を占める。種を制する者は食糧を制すると云われ大事なものである。日本の〈サカタのタネ〉は7位にある。
GDP、軍事力、世界の食糧庫農業生産額NO1、そして世界通貨ドル。アメリカの危機感とは常に1番でなければならないという危機感なのだろうか、日本の女性議員が云った「2番ではダメなんでしょうか?」という言葉が浮かぶ。人種の多様性があるから人種問題がある。不法移民があるから底辺の労働力が確保される。特権階層とプロフェッショナル階層は、総世帯のたった5%未満しか占めないが、そこに全米の富の60%が集中していると云われている。格差の矛盾が云われるが、しかしこの層がアメリカの強さをリードしていると思わざるを得ない。格差こそがアメリカの強み。1位がこれを担保する。
自国で10万人が死んでも大統領は再選される?
ベトナム戦争 アメリカ人死者数5万8千人 ベトナム人190万人
コロナ戦争 アメリカ人死者数10万人 ベトナム人 0人
この数字を見てアメリカ人は何もショックを受けないのだろうか?
「強いばかりが、能ではない」と私は言いたいのだが・・いちいちショックを受けていては一番におれないという感じである。
今回のコロナショックで、アメリカの凋落が始まった。時の大統領の名前は、ドナルド・トランプと書きたかったのであるが、アメリカと云う国は私には何とも理解不能である。ましてや再選されたトランプなら、コロナは米中に関しては協調より対立を生む。この対立に巻き込まれることなく、各国は自国のポスト・コロナをデザインすることである。アメリカのポスト・コロナを書くことは私には到底、無理という結論に達した(笑)。
こんな話がある。9・11はアメリカ人全てに取って大ショックであった。アメリカ人は飛行機に乗るのを嫌がったし乗らなかった。しかし2年が過ぎるとそれは忘れ去られた。コロナで人々の考えや、暮らし方は変わる。世界は変わらねばならないと云うが、民主党、共和党、青い国、赤い国、時計の振り子のように振れながら、なんだか、アメリカだけは変わらないように思えてしまう。
今でこそ大統領制は多くの国が取り入れているが、古代ギリシャ、ローマは別として、共和制も大統領制もアメリカで始まった。独立宣言はフランス革命に多大な影響を与えた。自由の女神像は建国100年を記念してフランス市民たちの手によって寄贈された。ワシントンから建国の父達の時代4代、南北戦争のリンカーン、大恐慌戦時のルーズベルトまで、大統領制を通して、自由と民主主義と云う価値観を築き上げて来た。そして大国になって、世界をリードしてこれたのである。今その価値観はと疑問を呈さずにはいられない。
リーマンショック、そしてコロナショック、アメリカ、中国の2大国から発している。
次回は建国の父達の時代、ワシントンから4代、南北戦争のリンカーン、そして大恐慌から戦時、例外的に4期務めたフランクリン・ルーズベルトまで、大統領を辿ってアメリカが大国になり得た歴史を見てみよう。
ポストコロナ・世界と日本 北風 嵐 @masaru2355
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