第12話次元の扉
「それで、どうする」
とホーエンハイムは那由多に尋ねた。
「彼女をもといた世界にもどす」
那由多は答える。
「もといた世界って魔界にか。それでどうやってだ」
「竜の王と機械じかけの王の力を同時に使い、別次元の扉をひらく。座標の設定はまかせる。できるよな、錬金術師」
「いやな言い方だな。二人の王の力を同時に使うとなればおまえの体がどうなるかわからんぞ。探偵、おまえがそこまでするのにできませんとは言えんな」
そう言うとインバネスコートのポケットから一本のチョークを取り出した。
ロイド眼鏡をとんとんと叩く。
「ふんふん。おっ、あったあった。どうやらロジャー・ベーコンの手記におあつらえむきのがあるな。ちょっと待ってな」
ホーエンハイムは床にかがみこむとチョークで巨大な円を描きはじめた。まるで何かにとりつかれたように複雑で奇怪な文様やみたことのない文字をその円の中に描いていく。
作業は十分ほどで終了した。
額に浮かぶ汗をぬぐいながらホーエンハイムは言った。
「できたぜ」
明人はゆっくりと百合子の体を抱き上げる。
百合子をホーエンハイムが描いた魔法陣の中央においた。
しゃがみこみ、今や悪魔の形相となった百合子の唇に口づけをする。
みるみるうちに百合子の表情がもとの人間のものとなる。
百合子に生命力を吸わせ、肉体のダメージを少しだけ回復させたのだ。
「なぜ……」
と百合子はきいた。
「僕は君のことが好きだったみたいだ。だから、殺すことはできなかった。操られながらも心の一部分では僕自身の意思で君に惹かれていたようなんだ。だから、これはお別れのあいさつがわりだよ」
生命力を吸われため、ふらつく頭を押さえながら明人は言った。
サキュバスの瞳には涙が流れていた。
銀の懐中時計を握り、那由多は意識を集中させる。
「さがっていな、少年」
その言葉をきき、明人は魔法陣の外にでる。
懐中時計が熱をおびる。握っているのがやっとのほどの熱さだ。背中の竜の刺繍の瞳がギラギラと光る。それと同時に魔法陣がうっすらと光った。
那由多のこめかみに血管がうかびあがる。汗が滝のようにながれ、呼吸がかなりみだれ、肩で息をしている。
「さあ、こちらにおいで……」
きいたことのない優しい声が倉庫内にこだました。
次の瞬間、百合子の姿は跡形もなく消えてしまった。それと同時に那由多は意識を失い、前のめりにたおれた。地面にあたる前にホーエンハイムが抱き抱えた。
それから一週間ほどが過ぎた。
明人は普通に学校に通っている。百合子が消えてから嘘のように山崎理恵らのグループはなりをひそめた。まるで最初からなにもなかったかのような静けさだった。
学校帰りに偶然、明人は神宮寺那由多にであった。
少年はこんなときのためにあらかじめ買っておいたオレオクッキーを手渡した。
那由多はそれを実にうまそうに食べた。
明人もオレオを一つたべる。
クリームの甘さが身にしめる。
「誰かとなにかを食べるってのは楽しいな少年。死のうなんて思うのが馬鹿らしくなる」
とイノウ探偵神宮寺那由多は言った。
「はい、神宮寺さん」
頷き、明人は答えた。
終わり
イノウ探偵神宮寺那由多の冒険 ニュートンの林檎 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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