第11話サキュバスの最後

となりでぜえぜえと荒い息を吐いている探偵神宮寺那由多を見て、明人は決意した。

ドラッグストアーの時とついさっきの二度にわたり、自分はこの小柄な女探偵に助けられた。

彼女はなんの見返りも求めていない。

純粋な自己犠牲と良心によって明人を助けた。

インバネスコートの男ホーエンハイムが言うには神宮寺那由多が時間をまきもどすのには自らの寿命を機械じかけの王に捧げるという。

ほとんど面識のない自分に彼女は文字通り命をけずって尊い行動をおこした。

今度は僕が助ける番だ。

もう誰も泣かせるものか‼️


「やはりそちらの方がいいのお。誰かを傷つけるよりも誰かを守る戦いのほうがはるかに良い」

林檎の声が頭に響く。

「ああ、僕もそう思うよ」

明人は言った。


左腕に意識を集中させる。心が熱く燃える。今まで感じたことのない高揚感であった。心臓の鼓動が高鳴り、血液が全身を駆け巡るのを実感する。


「さよなら、帆村くん。あなたの生命力を吸いとってあげるわ。安心して、その時の快楽はこの世のものとも思えないものだから」

ふっと百合子は微笑む。

それは悪魔の微笑みだった。


コンクリートの床をけり、百合子は必殺の一撃を繰り出す。

銀色のレイピアは流星となって空を切り裂く。

その攻撃をじっとみつめた。

左腕がさらに熱くなる。

燃えるような感覚とはこのことだろう。

百合子と明人の間の空間に紅蓮の炎が出現する。

それが紐状に変化し、空中に漂う。

ちょうど鞭の形に近い。

紅蓮の炎の鞭だ。

明人はその末端を掴む。

普通のものがそれを掴めば手が焼きただれ、燃え尽きるだろう。

だが、明人は違った。

彼は左腕を炎の王にささげ、そのかわりに炎の力を自由に使うことを許されたものだ。

自身の大事なものを王に譲り、九人の王のそれぞれの力を現世に使用するものを王権の守護者という。


ビュンという鈍い音が空気をゆらす。

炎の鞭が空間を目があけてられないほどの明るさで照らし出す。火の粉が舞散る。それはサラマンダーの鱗が飛び散るようだった。

炎の鞭を振り上げ、一気に振り下ろす。

ガツンと金属音が発せられ、レイピアに衝突する。

一瞬にしてレイピアを溶かしてしまった。

鼻をおおいたくなるほどの焦げ臭さが辺りに漂う。

なんとすさまじ炎の力か。

サキュバスの剣撃などなにするものか。


カランと乾いた音がし、溶け残ったレイピアの柄の部分が床にころがる。

もうひと振りすると炎の鞭は百合子の細い腰に巻き付いた。ジュウジュウと肉の妬ける匂いがする。あまりの苦痛のため、百合子は涙をながし顔を苦悶に歪めた。


「それでどうする?」

呼吸を整えた那由多がきいた。


彼女が質問している間も炎の鞭は百合子の肉を焼き続ける。

耳をおおいたくなるほどの悲鳴をあげ、百合子は泣き叫ぶ。

「殺したくはない」

明人は言った。

「たとえ相手が人の命を奪うサキュバスでもあってもか」

那由多がさらに問う。

「ああ、それでもやっぱり僕は人殺しになりたくない」

「あれが人とよべるかね」

すでにその瞳は金色になり顔は黒い鱗におおわれ、耳はナイフのように尖っていた。西洋絵画に描かれる悪魔そのものだった。

「それでもです」

百合子の醜い正体を見てもなお、少年は答えた。


「優しい王さまだな。だが、嫌いじゃないよ」

笑顔で那由多は答えた。


「手伝ってもらうぞ、錬金術師ホーエンハイム」

スカジャンのポケットからカロリーメイトを取り出すと一気に口にいれた。

「あいよ、イノウ探偵」

ソフトハットをかぶりなおし、ホーエンハイムは答えた。



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