第10話炎王の決断
両手を合わせ、百合子は精神を集中させる。
空間に複雑な魔方陣が浮かび上がり、そこから一本のレイピアが出現した。
銀色に輝くその剣の柄を握る。
ひゃっと一振すると空気が切断されるのかと思わせるような金属音が響いた。
「やる気まんまんだね」
ホーエンハイムが減らず口を叩く。
「私の正体をつきとめられた以上お前たちを生かして返すわけにはいかない」
百合子は言った。
拳を握り腰をおとす。爪先だけで那由多は立つ。ちょうど野球の内野手の体勢に近い。
どの方向から攻撃がきても対応できる体勢だ。
まさに臨戦態勢といえた。
またもやスカジャンの青竜の瞳がギラギラと輝く。
このスカジャンには九王のひとりである竜の王がとりついている。
竜王の力は絶大だが対価として彼女の生命力を要求する。ただ、那由多もだまって生命力をゆずるわけではない。彼女は生命力の代わりに食べ物から摂取したカロリーを使用する術を身につけていた。那由多が大食いなのはそのためである。
たんっと床を蹴ると、百合子は一気に間合いをつめた。
鋭い切っ先は矢のような速さでせまりくる。
必殺の攻撃だ。
腰をもう一つ落とし、その攻撃をすれすれでかわす。
レイピアは那由多の後ろ髪だけをきりさいた。
パラパラと黒髪が舞い落ちる。
一歩間合いをつめ、那由多は拳に体重をのせ、百合子の下腹部に叩きつける。
ボクシングのボディーブローである。
身をひるがえし、百合子はその拳をかわす。
だが、かわしきれずに拳が百合子の細い腰にあたり、もんどりうって倒れてしまった。
那由多は倒れた百合子の体に馬乗りになり、手刀を首筋に叩きつけようとした。
その攻撃が遮られた。
なんと那由多の腕に理恵が抱きついたからだ。
「くそ、邪魔をするな」
「百合子、私、百合子のためならなんでもするから」
二人の声が同時に倉庫内に響く。
渾身の力でしがみつく理恵の体はなかなかひきはがせない。
その隙を見て、百合子は脱出する。
レイピアを拾いあげ、あろうことか理恵ごと那由多を串刺しにしようたした。
「危ない」
そう短く叫ぶと明人は駆け出した。
目の前で人が死ぬのは嫌だった。
人が死ねば母親のように誰かが泣くのだ。
人を悲しませることをしたくなかった。
那由多と理恵は明人の突撃で吹き飛び、位置がいれかわる。
そして、レイピアの刃が深々と腹部に突き刺さった。だらだらと血が流れる。赤黒い血液がどろりと刃をつたい、コンクリートの床を汚していく。
「ああ、なんて素晴らしいの。私は大好きなあなたを殺してしまったのね。この肉が引き裂かれる感触、たまらないわ」
うっとりと恍惚とした表情で百合子は言った。
「させるか‼️」
短く叫ぶと、スカジャンの胸ポケットから銀色の懐中時計を取り出した。
蓋がぱかりと開く。
強く握りしめると熱いほどの熱が肌に伝わる。
時計の針が逆回転する。
ああ、自分はここで死ぬのか。
また、お母さんを泣かしてしまうな。
そう思った瞬間だった。
明人の目にはいったのは魔方陣からレイピアを取り出す、百合子の姿だった。
腹部を見ると傷一つついていない。
左横で那由多がぜいぜいと熱い息を吐いていた。
「彼女は機械じかけの王の力を使ったようだね。機械じかけの王の力は時間逆行だ。対価は使用者の寿命だよ」
そうホーエンハイムはかたりかけ、那由多の体を支える。
とっさに機械じかけの王の力を使ったため、彼女はすぐに動けないようだ。それだけ、かの力は体への負担が大きいのだ。
「やらせはせんよ」
そう言い、背後に忍び寄ろうする理恵にソフトハットを投げつけた。柔らかい布製の帽子のはずが、なぜか硬い個体となり、理恵の額に衝突した。
理恵は脳しんとうを起こし、気絶する。
「さて、どうする。明人くん。あのサキュバスと戦うかい」
「はい」
と明人は宣言した。
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