第9話リリスの使徒
いきなりあらわれた黒いインバネスコートの男をじっと見る。
その恐ろしくも妖しい視線を男は涼しい顔で受け流す。
「残念ながら僕には魅了の魔法はきなかいよ」
コンコンと指先でロイド眼鏡を叩いた。
「こいつは我がホーエンハイム一族が造り出した逸品でね、あんたらのような魔眼から身を守ることができるんだよ」
ソフトハットをかぶりなおし、ホーエンハイムは言う。
今度はトントンとホーエンハイムは明人の肩を叩く。
熱病から覚めたかのように、明人は意識が覚醒するのがわかった。
「ぼ、僕は……」
額に流れる汗を明人は手の甲で拭う。
「このお嬢さん、いや、年上にお嬢さんというのもなんか違う気かわするが、まあ、いいか。このお嬢さんの魔眼に君は魅いられていたのさ、なあ女探偵」
ホーエンハイムがそう言うと一陣の風が舞った。
猛スピードで銀色のスカジャンを着た小柄な女が駆け寄る。そのスカジャンの背には青い竜が刺繍されている。背中の青竜の瞳がギラギラと輝いている。
あらよっと。
身長150センチほどのその女性は理恵を肩に担ぐと後方数メートルに飛び退いた。素手で手錠と鎖を引きちぎる。鎖が細かい破片となって床に舞い散った。
手をパンパンとはたく。
「そこで大人しくしてな」
怪力の女は言った。
またもや風よりも早く動き、今度は明人の隣に立つ。
ポケットから数個のミルクキャラメルをとりだし、ごりごりと一気に食べた。
明人は隣に立つ背の低い女性の顔を見た。
愛らしくも秀麗な容貌は見覚えがある。
ドラッグストアーで出会ったあの女探偵だ。
「奇遇だね、少年。いや、王権の守護者になったのなら必然か」
唇の口角をあげ、女探偵は言った。
「あ、あんたはあの時の」
記憶が甦る。
少年にお菓子をくれた優しそうな私立探偵。
「貴様は何者だ」
美しい顔を鬼のように変化させ、百合子は言った。
彼女がいたぶろうとしたおもちゃを盗られ、激怒していた。
「神宮寺那由多、探偵さ」
不敵すぎる笑みを浮かべ、那由多は名乗った。
那由多は数枚の写真をスカジャンのポケットから取り出し、それを明人に見せた。
「見てみな」
色褪せたカラー写真。そこにはセーラー服の少女が。
さらに古そうな白黒の写真。そこにもセーラー服の少女。
もっと古い画像の荒い写真。かなり古いが着物を着た女学生。
驚くことにそのすべてに森咲百合子そっくりな人物が写っていた。いや、そっくりなものなどではない。その人物は同一人物に見えた。
「この写真にうつっているのはすべて同じ人物だ。目の前にいる森咲百合子だよ」
那由多は言った。
「彼女はリリスの使徒だ。リリスってのは世界で最初の魔女の名前だよ。森咲百合子は人の生命力を吸って生き永らえてきた悪魔さ」
ごくりと生唾を明人は飲み込んだ。
探偵が言うにはなんと森咲百合子の正体が悪魔だというのだ。
だが、それなら説明がつく。
写真に写っていた人物がすべて森咲百合子本人でそれぞれの時代で撮られたということだ。そして長い時間を生きていたということ。
「一番古い資料ではこうある。戦前の帝国陸軍には霊的障害に対抗する組織があってね、特務機関黒桜というのだけれど。彼らの記録によると東欧より来訪した吸精鬼を迎撃するも一体を取り逃がすとある。また、吸精鬼とは人の命を食らうものと書かれていた。この一番古い写真は特務機関黒桜の諜報員が撮影したものだ」
写真を百合子に見せつけ、那由多は言った。
歯をむき出しにし、瞳を血走らせ、誰でもわかるほどの殺気をみなぎらせながら、森咲百合子は探偵を睨み付けていた。
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