第8話魅了される炎の王

コンクリートむき出しの床に素足で座らされ、山崎理恵の足は真っ赤に晴れていた。

その彼女の背後の暗闇からのそりと森咲百合子が姿をあらわした。

最初、闇がゆらゆらとゆれているのかと思った。

だが、そうではなかった。


彼女の衣装のせいであった。


漆黒のワンピースを着ていた。喪服よりも黒い、闇夜の色であった。

その衣装のためか、百合子の肌の白さが際立って見えた。

そこにいるのは地味で、教室にいているのかいないのかわからないほどの存在であった彼女ではない。

三つ編みをぼどいた黒髪が天井から放たれる電球の光によって艶やかに輝いていた。

化粧を施されたその容貌は文字通り妖艶であった。

赤く濡れた唇が魅力的で蠱惑的である。

悪魔的な美しさといえよう。

その顔を見たとたん、明人は我を忘れ、ふらふらと百合子のそばに立った。

うふふっと微笑むと百合子は明人の腕に自分の腕を蛇のようにからめ、柔らかな胸を押し当てた。


「見てちょうだい、この憐れな姿を」


涙をながし、自分の顔を見る山崎理恵の惨めな姿を目にするとなんだか馬鹿らしくなってきた。なぜ、自分はこのような人物を恐れ、死ぬことを選んだのか。

うーうーとうなりながら、しかも涎まで垂らしている理恵を見て、憑き物のようなものが落ちるような気がした。

「さあ、あの時のようにしてちょうだい」

と百合子は懇願する。


その言葉を聞き、冷静さを取り戻そうとしていた意識が一気に狂気へとゆり動かされた。


情けをかける必要はない。


目の前にいるのは自分を死の淵まで追い込んだ人物ではないか。

自分が受けたもの以上の屈辱をあたえなければ、憂さは晴れない。


勢いよく百合子は猿ぐつわがわりの荒縄を外した。

だらしなく唾液と血を撒き散らし、理恵は咳き込んだ。

「許して、許して、百合子。私はあなたに言われるままにしてきたのよ。誰かを傷つければあなたが喜ぶから。私ね、あなたのためならなんでもするから。お願いだから、また気持ちよくさせて」

あの自信と自尊にあふれていた理恵とは思われないほどの狼狽を見せつけられた。

渾身の力で百合子は理恵の頬をひっぱたいた。

パチンと乾いた音が倉庫の中に鳴り響く。

口のなかが切れたのだろう、細かい血液がコンクリートの床に飛び散った。

「私はね、強い人が好きなの。そして、人がいたぶられるのが好きなの。より強い人を好きになるのは当然のことよ。あなたはもうお払い箱なの。せいぜい楽しませてちょうだい」

あははっと実に楽しそうに百合子は高笑いをした。


左腕に意識を集中し、真っ赤に燃える炎をイメージした。

その画像イメージを理恵の腹部に重ねる。

一瞬にして、炎が理恵の腹部に細い炎が走り、器用に下着だけを焼き付くした。

あまりの熱さのために理恵は床をのたうちまわる。体につけられた戒めがさらに食い込み、激痛を倍増させる。

「ああっ……たまらないわ……」

恍惚の笑顔でその光景をながめ、さらに体を密着させた。彼女の甘い体臭をかぐともっと彼女を楽しませたいという汚れた欲望がむくむくと湧いてきた。


「楽しいかい、炎の王様」

突如、男の声がした。

声の方を振り向くとそこには病院で出会った黒いインバネスコートの男が立っていた。

彼はソフトハットで顔をあおぎながら、にやりと笑った。

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