第14話 エピローグ

【暴走事故から四年後、茨城県下妻市 下妻市立技術図書館オープニングイベント】


 この日、雄二と理紗は全国で八番目となる下妻市立『技術図書館』オープニングイベントに参加していた。この図書館は理紗が全国に展開している『技術図書館』で初めて、サーキットに隣接した施設であった。

 雄二はこのオープニングベントで豊国自動車の歴史で最大のエポックメイキングとなる発表を計画していた。

 オープニングスピーチの壇上の前にはモデルチェンジしたばかりの新型プライムの他、豊国自動車の主要車種が左右に四台並んでいた。

 まずは麗奈が壇上に立ち煌びやかな衣装で祝福のコメントを述べた。そして麗奈が壇上から降りると、理紗と雄二が一緒に壇上に上がった。そして雄二がマイクの前に立ち彼の想いを語り始めた。

「皆さん、今日は下妻市立技術図書館の開館イベントにお出で頂きましてありがとうございます。豊国自動車を代表致しまして代表取締役社長の川上よりオープニングスピーチをさせて頂きます。この技術図書館は四年前に豊国市にオープンした最初の技術図書館のコンセプトを踏襲し、新型プライムの三万点にも上る部品やデーターを展示しております。そして新たな試みとして、車を更に好きになって貰える工夫にも取り組みました。この図書館の地下駐車場には百台以上の市販車、レースカーが準備されており、隣の筑波サーキットでの試乗が可能となっております。また豊国自動車としても様々な試乗会や安全啓蒙イベントをこの施設で実施したいと考えております」

「私の社長就任以来、豊国自動車は交通事故による死亡者を〇にする事を最大の目的に活動を進めて参りました。当社の全車両は昨年までに踏み間違え防止アクセルを全車種に搭載し、高齢の方も含め、踏み間違え事故は一切発生しておりません。併せて交通事故の遺児に対し大学卒業までの全費用を制限なく拠出する『弥生・久美』基金を設立・運営しております。既に世界中で五千名以上の遺児の方がこの基金を使って頂いています。皆さんご承知の様に、この基金名は四年前のプライムの暴走事故で亡くなった岡本弥生様・久美様のお名前を使わせて頂いています。あの事故は豊国自動車の社員全員が生涯忘れては行けない教訓として胸に刻み込んでいます」

「道路から事故を完全に撲滅する為の取組も進めています。来週からレベル四の自動運転システム『パイロットセンスⅣ』搭載車の実証実験を開始します。全ての道路を自動運転が可能で、運転手が居眠りしても事故も起こさず、目的まで走行出来る車です。これを実現する為、百万のシーンの通常(ノーマル)、緊急動作(エマージェンシー)、冗長性(リダンダンシー)の動作を三重系で評価しております。そして常時ドライブレコーダーのデーターをクラウドサーバーへアップロードし、プログラムの脆弱性を監視し問題があればリアルタイムでプログラムのOTA(オーバーザエアアップグレード)を行います。これにより『パイロットセンスⅣ』搭載車の事故発生率を現状の一万分の一に出来る見込みです」

「実はこの会場でその実証実験車の披露を行わせ頂きます。豊国自動車の『セイフティ』です!」

 雄二が振り返り手を差し出すと、壇上の後方から卵型の小型自動車が低速で走って来た。その車の運転席には誰も座っていない。

「この『セイフティ』は自動運転の市場走行による実証実験を主目的に開発されましたが、もう一つ特別なオプションを装着可能です。そのオプションはスマホで呼び出します」

 雄二がそう言いながらスマホを操作して空を見上げている。少しすると複数のモーターが唸る音が聴こえて来た。雄二が見上げている方向を見ると四つの垂直プロペラを持った大型のドローン様な機体が図書館上空に現れて緩やかに壇上の『セイフティ』に向けて高度を落としている。そして滑らかに『セイフティ』の屋根上にドッキングした。ロック機構が働き『セイフティ』と大形ドローンが固定される。

 会場から響めきが起きた。

「これが『セイフティ』のもう一つの機能、空飛ぶ車オプションです。実証実験をするのは二次元の自動運転走行だけでなく、三次元の自動操縦飛行を含みます。既に国土交通省の審査を終え、実験機としての認可を頂きました。これからの移動は人と車を三次元に分離し更に車による交通事故を撲滅させたいと思っています。空を飛べば歩行者を跳ねる事はありませんから……。勿論、飛行の安全性の担保は前提条件となりますので、その確認も今回の実証実験の目的となります」

 そう言うと、雄二は『セイフティ』の助手席のドアを開け、理紗に乗り込む様に促した。理紗が助手席に座るとドアを閉めて、自分は反対側に廻り運転席のドアを開けた。

「それでは、私のスピーチはこれで終わります。皆さん、是非、『下妻市立技術図書館』を楽しんで下さい。ありがとうございました」

 雄二は会場の観客に頭を下げるとマイクを司会の女性に渡して『セイフティ』に乗り込んだ。

 四つの垂直ファンが大きな音を立てて回り始めると、雄二と理紗を乗せた『セイフティ』は緩やかに壇上を離れて浮かび上がった。そして高速で一気に高度を上げ、『市立図書館』を後にした。

 雄二は『セイフティ』を手動操縦していた。シミュレーターで充分に訓練はしていたが、実機を飛ばすのは初めてだった。メータースクリーンを見ると高度は三千フィート、速度は六二ノットと表示されている。方位を東に向けると霞ヶ浦とその先の青い太平洋が見える。

「綺麗……。こんな空飛ぶ車が普及する未来が来るのかしら……?」

 理紗が前方に広がる風景を見ながら呟いた。

「来るさ! そして移動速度は劇的に上がり交通事故は〇となるし、車のエネルギーは風力や太陽光から得られる電気だから地球環境への負荷も大幅に下がる。そんな未来を僕は必ず実現させる!」

 そう宣言した雄二を見て、理紗はとてもカッコ良いと思っていた。そして、この男性が考える未来を一緒に創って行きたいと強く考えていた。



 了

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プライムミサイル 美玖(みぐ) @migmig

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