第13話 臨時株主総会・そして

 取締役会で豊国正一が代表取締役を追われて一週間後、豊国自動車は臨時株主総会の開催を予定していた。その決議事項は二件。

 第一号議案が『取締役豊国正一の解任の件』

 第二号議案が『代表取締役社長代理の中西直義の社長昇格』

 であった。

 当日の朝、株主総会が開かれるパシフィコ豊国へ出発する前、中西は社長室に高山専務を呼び出し最後の確認を行なっていた。

「結局、議決権はどうなりそうか?」

「はい、社長代理。インターネット及び郵送による議決権の行使は全株数五パーセントに対し行われており、議案への賛成が三パーセント、反対がニパーセントです。また十五パーセントを持つECAは議案に賛成を予定しておりますし、我々中西社長代理グループの役員の持分十六パーセントを合わせると、賛成票は三四パーセントに達する見込みです。本日時点でも意識不明で欠席される豊国前会長の四二パーセントの株は無効となりますので、有効株式数は五八パーセント。その内三四パーセントの確保ですから、議案の決定は揺るぎません!」

 中西は満足そうに頷くと執務席を立ち上がった。

「それでは高山君。臨時株主総会に向かおうか」

「はい、中西社長代理。いえ、中西社長!」

 二人は社長室を出ると地下の駐車場から社用車に乗るためにエレベーターホールに向かった。


【パシフィコ豊国、臨時株主総会会場】


 本株主総会は株主と委任状を持つ代理人以外の参加を厳しく制限していた。それでも話題のこの株主総会には多くの少数株主を含め三二四四名もの株主が出席した。

 社長代理の中西が壇上に立ち臨時株主総会がスタートする。

「皆さまお早うございます。豊国自動車社長代理中西直義でございます。本日はご多忙の中、臨時株主総会にお越し頂き大変ありがとうございます。まず、当社定款の定めに従い私が本総会の議長を務めさせて頂きます。尚、今回の株主総会は欠席されている投資家の皆様の為にインターネットによるライブ中継をしております」

「それでは豊国自動車株式会社臨時株主総会を開催致します。本日の出席株主及び事前議決株主を合わせまして総議決件数の五六パーセントに相当致しますので決議の定足数に達しております。それでは本日の議案については既に事前に配布しております、総会招集ご通知に記載の通りでございます。また、各案件の説明が終了致しましたら、質疑応答の時間を設けますので、質問や動議がございましたらその時間でお願いします」


 理紗は車椅子を押し、パシフィコ豊国の臨時株主総会の受付に向っていた。雄二が理紗の後ろに続いている。

「申し訳ありません。総会は開始しましたので、もう入場は出来ません」

 受付の女性がそう理紗達に頭を下げた。しかし車椅子の人物がそれに異を唱えた。

「当社の定款には株主総会に遅刻した株主の出席を認めないとは書いていない。通して貰うぞ」

 その鋭い眼差しに女性は反論する事も出来なかった。

「あっ…… それでは議決権行使用紙をお願いします」

 車椅子の人物が用紙を提出する。

「それと申し訳ありませんが、本日は同伴の方は会場には入れません」

「私も株主よ。はい議決権行使用紙」

 理紗は鞄から用紙を取り出し受付の女性に渡した。

 二枚の用紙に書かれた名前と二人の顔を交互に見比べて、受付の女性は驚いた様に目を丸くしている。

「後ろの男性も株主様ですか?」

「彼は父の代理人よ。父の委任状を持っているわ」

 雄二は委任状と議決権行使書を受付に提出した。

 そして、三人は大騒ぎをしている受付を横目に臨時株主総会の会場に向かった。


 壇上の中西は議案の説明に入っていた。

「それでは第一号議案の説明を行います。第一号議案は『取締役豊国正一の解任の件』です。豊国正一氏はプライムの暴走事故による豊国自動車の社会的信用の失墜、それによる国内営業成績の大幅悪化の経営責任が大であると判断され、当社取締役会にて代表取締役職を解職致しました。当社と致しましては豊国氏の取締役の職についても解任する事が相当であると判断しております」

 その時、中西は三人の人物が会場に入って来るのを見た。一人は豊国正一の娘の理紗、もう一人は現在自宅謹慎中のEV開発部の川上雄二。そして理紗の前の車椅子に座っているのは……。

「えっ? 豊国正蔵前会長……」

 壇上のマイクに向かい中西が声を発した事により出席者全員が後ろを振り返った。大きな騒めきが起こる。運転ミスで母娘の死亡事故を起こした正蔵に対し非難の声を上げる株主も居た。

 正蔵は会場に居た運営担当者からマイクを受け取ると、壇上の議長に対し声を掛けた。

「中西議長。私には構わず、早く総会を進行しなさい!」

 正蔵はマイクを持ったまま、理紗と雄二と一緒に前方の車椅子エリアに移動した。

 中西は衝撃を受けていた。前会長の持っている株数は四二パーセント。このままでは全ての案件が否決されてしまう。しかし、彼には総会を進行するしか術は残っていなかった。

「えー、本第一号議案に関して質疑応答を行います。質問のある方は挙手をお願いします」

 何名かの株主が質問に立った。しかし正蔵は目を瞑ったまま微動だにしない。

 中西は第一号案件の採決に移った。

「それでは第一号議案の採決に移ります」

 中西がそう宣言した時、正蔵が声を上げた。

「待った。本議案、私達三名は棄権する!」

 正蔵のその宣言に中西は目を見開いた。そして後ろに居る大山専務を振り返った。大山も首を傾げている。中西は正蔵の意図が分からなくなっていた。

「えー、それでは採決を行います。第一号議案、豊国正一氏の取締役解任に御賛成の方は拍手をお願い致します」

 会場から大きな拍手が鳴り響く。

 中西は大山を再度振り返った。中西は正蔵達の棄権によりどの様な判断となるのかが分からなかったのだ。大山が株主総会担当と確認している。そしてメモを作って中西に渡した。

「えっと、豊国正蔵前会長他二名が棄権された為、本議案の有効株式数は総会開始時点と同じ五六パーセントとなり、過半数の株主の賛同が得られたと考えます。この為、豊国正一氏の解任は原案通り決議されました」

 もう一度中西は正蔵を見たがやはり目を瞑っている。

「それでは第二号議案の説明に入ります。第二号議案は私『代表取締役社長代理の中西直義の社長昇格』でございます。先程の豊国正一氏が原案通り解任されましたので、現在、代表取締役社長代理として二番目の序列におります私の社長昇格のご承諾を頂きたいと思っております。それでは質疑応答に入ります。挙手をお願いします!」

 その時、正蔵が真っ先に手を挙げた。仕方なく中西は正蔵を指名した。

「豊国正蔵前会長、お願いします」

 正蔵は車椅子に座ったまま話始めた。

「ありがとう中西議長。私はここで緊急株主動議を提案する!」

「えっ? 何ですって?」

 中西が目を丸くしてる。

「株主動議だ。議長は受託するしかないぞ」

 正蔵が鋭い眼光で中西を睨んでいる。

 中西がまた大山を振り返った。大山は仕方ないですと口を動かした。

「それでは株主動議をお受け致します。説明をお願いします」

 正蔵が大きく頷く。

「説明は私の後ろの二人にお願いする」

 雄二と理紗は顔を見合わせて頷くと壇上に向かった。そして理紗は壇上で中西からマイクを受け取ると話を始めた。

「これまで新型プライムは発売から三ヶ月で八回の暴走事故を起こしています。殆どの事故は物損でしたが、残念な事に先週二名の尊い命が失われました」

「プライムの事故は高齢の運転手が多かった事もあり殆どがブレーキとアクセルの踏み間違えが原因と言われています。祖父が起こした先週の事故も豊国自動車は運転ミスと発表しています」

「しかし私は祖父の車に乗っていて祖父がブレーキを踏み込んでいるのを見ています。なので真因が別にあると考え、ここに居る豊国自動車の技術者である川上雄二さんに不具合の調査をお願いしました」

 壇上袖の役員席に下がった中西は驚いた様に理紗を見つめている。理紗は雄二にマイクを渡した。続けて雄二が説明を続ける。

「豊国正蔵前会長が計画した豊国市立図書館には新型プライムの全ての部品、データーが保管されています。私はそれらを使って『暴走の真実』の究明に取り組みました。そこから分かった事を今からスクリーンでお見せします」

 雄二が手を挙げると壇上後ろのスクリーンに映像が映し出された。

 それを見た中西が大山に叫んだ。

「どうやって奴等はあのスクリーンの映像投射を準備したんだ? 社内の誰かがサポートしているのか?」

 しかし、大山は首を傾げるだけだった。

 そのスクリーンに映ったのはマイクを持った川橋麗奈だった。画面の左上には『パシフィコ豊国駐車場・ライブ』と表示されている。

「はい、こんにちは皆さん。『麗奈のお昼寝テレビ』へようこそ。今日私はスタジオを飛び出して豊国自動車の株主総会が行われている神奈川県のパシフィコ豊国に来ています」

 カメラが少しパンすると。麗奈の横に在る銀色の車が見えて来た。

「さて、この車は新型プライムです。先週、お母さんと娘さんがお亡くなりになった痛ましい暴走事故の加害者側の車です。豊国自動車はその事故の原因を運転ミスと発表しました。しかし『暴走の真実』は別の所にある様です」

 麗奈の横に『もう一人の協力者』の男性が現れた。それは……。

「それでは豊国自動車の前社長、豊国正一さんに解説して頂きます」

 中西が更に目を見開いてスクリーンを見入っている。総会事務局の男性がスマホを持って中西の側に駆け寄った。

「社長代理、この番組はみずほテレビで生放送されています」

 中西はスマホのワンセグ画面とスクリーンの画面を交互に見ながら

「何だと?」と叫んだ。

 正一が麗奈の横で説明を始めた。

「私は先週の記者会見で暴走事故は父のアクセルの踏み間違えと発表しました。しかし、それは誤りでした。残念ながら別の大きな問題がプライムに潜んでいたのです。それを皆さんに理解して頂く為に今から暴走事故を再現してみます。麗奈さん、カメラさん。私と一緒にプライムに乗って頂けますか?」

 麗奈が頷く。

「はい、喜んで。それで『暴走の真実』が分かるなら……」

 正一がプライムの運転席に座ると麗奈がマイクを持ったまま助手席に、カメラマンが左後席に乗り込んだ。そして全員がシートベルトを装着する。プライムの前方には三百メートルくらいの広いエリアが確保されている。

「それでは再現します。プライムのレベルⅡ自動運転『パイロットセンス』を起動させます」

 正一がハンドルのスイッチを押して『パイロットセンス』を起動させた。

「ここで太陽が真正面で『ある』条件が揃うと自動運転用のカメラにハレーションが起きます。ここでは便宜上ライトを当ててみます」

 外側から棒の先に付けられた大型のLEDライトがプライムのカメラ上部を照らし。少し角度を変えていると、突然、プライムが急加速に入った。

「これがプライムの暴走モードです。麗奈さん、カメラさん。私の足を見てください。アクセルは踏んでいません。そしてブレーキを踏みます」

 正一はブレーキペダルを一杯に踏み込んだ。

「見てください。ブレーキを踏んでいますが加速が続いています」

 それは恐ろしい映像だった。ブレーキを一杯に踏み込んだプライムが更に加速を続け、急激に駐車場の端の壁が近付いて来た。速度は八十キロを超えている。

 正一はシフトレバーを右横に長押しし、ギアをニュートラルに入れた。そしてセンターコンソール上にあるパーキングブレーキスイッチを引いた。暴走が収まり急速に減速される。それでも壁の前で停止するのは無理だったので正一はハンドルを左へ切って壁からの衝突を回避した。

 麗奈もカメラマンの男性も余りの衝撃に声を失っている。

 株主総会会場の役員と株主も同様だった。一人、中西のみが激昂している。

「何だ、この映像は! 直ぐに止めろ!」

 中西が立ち上がり、株主総会事務局の男性に詰め寄っている。

 会場で、正蔵がマイクを持って再び声を上げた。

「止める必要は無い! 豊国自動車の役員は、この『暴走の真実』にしっかり向き合わなければならない。そして如何に早く対策をお客様へお届けするかを一生懸命考えるのが我々の使命だ。また株主の皆様は、この『暴走の真実』への豊国自動車の対応を見極めて株主として判断をすべきだ」

 中西は正蔵のその声を聞き、その場に立ち止まった。

 元の場所に車を戻し、車から降りると、麗奈と並んだ正一は続けた。

「先週、父の車で起きた暴走はこれと同じ問題でした。本日、豊国自動車は国土交通省に対し、本件のリコールを届け出ました。既に新型プライムをお使いのお客様の車は本日の夜間処理でリモートリプログラムにより対策ソフトウェアを書き込みます。それまでは『パイロットセンス』の使用をしない様にお願いします。また万が一暴走が発生した場合は、先程の様にニュートラルにしてパーキングブレーキで停止する事が出来ます」

「豊国さん、結局、これは豊国自動車の開発問題だったのですね?」

 正一はカメラの前で大きく頭を下げた。

「はい、その通りです。前社長としてこの様な品質不具合で死亡事故を起こしてしまった事を深く反省しております。しかし、それ以上に悔しい事があります。ある人物の隠蔽工作が無ければもっと早く『パイロットセンス』を使用禁止にして、先週の死亡事故は防げた筈です。勿論、社長だった私に全面的な責任がありますが、それ以上に『ある』役員の罪が重大だと思います」

「それは誰の事を仰っているのでしょう?」

「それは、これを聴いて頂ければ分かると思います」

 録音された激しい叱責の声が聴こえてくる。画面には字幕が出ている。

「お前は何を言っているんだ! そんな事をしたらプライムの暴走事故は開発トップの俺の責任になってしまうじゃないか? 良いか! これは品質保証部へも連絡する必要はない! 工場にもだ! 情報を秘匿したまま直ちにリモートリプロを始めるんだ! 分かったな?」

「それはリコール隠しとなります。それは犯罪です!」

「お前は何も考える必要はない! 俺の命令を聞けば良いんだ! 分かったな?」

「はい……中西社長代理。命令通りリプロ作業を開始します。口答えをして申し訳ありませんでした」

 株主総会壇上で中西が力無くその場に座り込んだ。

 画面の中で麗奈が正一に確認する。

「この声は中西社長代理と言う事ですね。彼が主犯と言う事ですか?」

 正一は大きく頷くと続けた。

「私達、豊国自動車は大きな失敗を犯しました。それにより失われた尊い命には私達は真摯に向き合い一生償わなければいけません。一方で、この不具合を限られたデーターのみで特定した素晴らしい技術者も豊国自動車には居ます。そして、その他にも豊国自動車社内には中西社長代理に反旗を翻し、徹夜で対策プログラムの準備をしてくれた者や、国土交通省へのリコール届けを実行してくれた従業員も居ります。全員が二十代、三十代の若い従業員です。私達、古い人間は、今回の責任を取って豊国自動車を去りますが、どうか豊国自動車には未来を支える若い人財が居る事を忘れないで頂きたいのです。豊国自動車は彼等と共に更に素晴らしい企業になっていきます」

 麗奈が感動した様に正一を見ている。

「豊国さん、ありがとうございます。この後、株主総会で驚く様な提案があると聞いています。それも楽しみですね。それでは、『麗奈のお昼寝テレビ』、一旦、コマーシャルに入ります。皆さん、また後で!」

 株主総会会場のスクリーンが消される。

 そして一旦会場に戻った理紗が正蔵の車椅子を押して壇上に上がった来た。壇上で正蔵はマイクを握ると話を始めた。

「それでは会社の定款に基づき株主動議の議長として筆頭株主である私、豊国正蔵が務めさせて頂きます。まずは株主動議の議案について説明させて頂きます。既に原案として提案されている、第二号議案『代表取締役社長代理の中西直義の社長昇格』を修正提案するものです。以下を提案します。

 第二号議案の一『代表取締役社長代理の中西直義の解任』

 先程の報告にもございましたが、中西直義氏は犯罪行為を行なっており、取締役及び社長代理の職を解く事が相当であると考えられます。質問がある株主は挙手をお願いします」

 誰からも質問が上がらなかった。

「それでは採決に移ります。本第二号議案の一、中西直義氏の代表取締役社長代理解任に賛成の方は挙手をお願いします」

 出席者ほぼ全員が賛成に回る。

「過半数以上の株主の賛同が得られたと考えます。この為、中西直義氏の解任は修正提案通り決議されました」

 株主の大きな拍手が起こる。

「それでは、次の議案の説明に移ります。第二号議案の二 『第二号議案一の承認を条件として、私、豊国正蔵を代表取締役社長に選任』する件です」

「本日の株主総会で二人の代表取締役が解任され、このままでは代表取締役社長が空席となってしまいます。次の社長候補者は決まっておりますが、未だ経験不足の為、私が暫定的に社長業を担います。尚……」

 そう言って正蔵は車椅子から立ち上がった。会場に響めきが起こる。

「私は事故による後遺症も無く回復しておりまして、社長の重責を担うのに健康上の問題はありません。また昨日、遺族の岡本俊輔氏の元を訪れ、改めて今回の事故を陳謝し、この事故の原因のご説明を差し上げると共に、責任を取って社長と社長代理が退任する事、そして次の社長候補が育つ迄、暫定的に私が社長を拝命する事をご説明差し上げ、御了解頂いています」

「それでは、本件の質疑応答に入ります。質問がある方は挙手をお願いします」

 一件だけ質問が出た。

「先程の説明に有った次の社長候補と言うのは誰ですか?」

 正蔵は大きく頷くと、こう言った。

「それは、この後の第二号議案の三で提案させて頂きます。他の質問が無ければ、採決に移ります。本第二号議案の二、豊国正蔵を代表取締役社長選任に賛成の方は挙手をお願いします」

 出席者全員が手を挙げた。

「過半数以上の株主の賛同が得られたと考えます。この為、私の代表取締役社長選任は修正提案通り決議されました」

 再び大きな拍手が沸き起こった。

 正蔵は大きく頷くと続けた。

 それでは最後の第二号議案の三の説明に入ります。後ろのスクリーンを御覧下さい」

 それを受けてスクリーンに情報が表示される。それは雄二の写真・名前・生年月日・経歴を記載した内容だった。所有する当社の株数の欄には『〇株、ただし豊国正一氏の全株式三万二千株を譲り受ける予定』と書かれている。

 壇上の雄二はそれを見て驚いた様に理紗を見た。理紗がニッコリと笑って言った。

「雄二さんの出番よ」

「えっ……?」

 正蔵が続ける。

「第二号議案の三『第二号議案一及び二の承認を条件として川上雄二氏を代表取締役 最高執行責任者COOに選任する』件です。彼は今回のプライムの不具合を特定した技術者です。彼の才能と閃きが無ければ今回の不具合の特定には更に多くの時間を有したと考えられます。それによる事故の拡大や豊国自動車の経営に対するインパクトを考慮すると彼が果たした社会的・経営的な貢献は計り知れません」

「これから自動車業界は百年に一度の変革の時期を迎えます。CASEと呼ばれる、コネクティッド、自動運転、シェアカー、電気自動車が急激に拡大していき、グローバルの様々な企業との苛烈な競争が待っています。今、豊国自動車に必要なのは私の様な老人ではなく、川上雄二氏の様な若くて才能に溢れた人財です」

 株主総会の会場から大きな拍手が沸き起こる。雄二は起こった事が理解できず、呆然としていた。それを見て横で理紗がクスクス笑っている。

「それでは、質疑応答に移ります。質問のある方は挙手をお願いします」

 三人の株主が壇上の雄二に対し質問を投げかけた。雄二は自分の考えでそれに応えたが、その内容は彼が豊国自動車の未来に大きく貢献すると感じさせる素晴らしいコメントだった。

「それでは採決に移ります」

 雄二が理紗の横で呟いた。

「僕みたいな若輩者じゃ、承認されないよ」

 理紗が雄二を見てニッコリ笑った。

「大丈夫よ。会場の全員が否決しても、おじいちゃんと私の持ち株。そして父が雄二さんに委任した株を合わせれば全部で五四パーセントあるから。自動的に選任されるわ」

「えっ?」

「本第二号議案の三、川上雄二氏を代表取締役 最高執行責任者COOに選任する事に賛成の方は挙手をお願いします」

 株主総会出席者全員が手を挙げた。雄二が想像もしていなかった全員の承認が得られたのだ。

「過半数以上の株主の賛同が得られたと考えます。この為、川上雄二氏の代表取締役COO選任は修正提案通り決議されました。川上君おめでとう」

 正蔵が雄二に握手を求める。雄二は照れながらもその右手を力強く掴んだ。

「それでは本日の株主総会は以上で終了いたします。株主の皆様の御出席、ありがとうございました!」

 正蔵がそう宣言し、臨時株主総会は閉会した。


 雄二は未だ自分に起きた事を信じられず呆然としていた。

「雄二さん。私からもお祝いしても良い?」

 えっと思って雄二が振り返ると、理紗が雄二にキスをした。

「これは、お祝いとお礼。ありがとう『暴走の真実』を見つけてくれて。そして私の家族を助けてくれて。貴方のCOOとしての活躍、期待しているわ!」


 その時、株主が退場する流れを割って、一人の男性が会場へ入って来た。そして彼は壇上に上がると、未だ呆然として床に座り込んでいる中西『前』社長代理の前に立った。

「私は神奈川県警交通部交通指導課の木本と申します。中西直義さん。遺族の岡本俊輔氏より出ている被害届及び豊国自動車の従業員の方々からの内部告発を受けて、貴方に業務上過失致死傷で逮捕状が出ています。御同行をお願いします」

 中西は大きく目を見開き木本を見上げていたが、諦めた様に立ち上がると首を垂れて、木本に続いて会場を出て行った。この後、彼は岡本久美さん・弥生さんへの殺人罪でも起訴される事になる。


 新型プライムの暴走不具合と、中西副社長が主導した不具合の隠蔽と死亡事故の発生。それによる代表取締役二名の解任と雄二の最年少COO就任は、それから数ヶ月メディアを賑わした。

 法人としての豊国自動車と豊国正一前社長は業務上過失致死傷罪とリコール隠しに伴う道路運送車両法違反でも起訴されたが、法人としては五億円の罰金が、正一には懲役一年執行猶予三年の判決が下った。

 そして中西前社長代理は殺人罪で起訴され一審で懲役十五年の実刑判決が出たが控訴中であり判決確定には更なる時間を要する見込みだった。


 豊国自動車は翌年の組織改正で、中西社長代理に近かった八名の役員が全員退任し、正蔵が会長に退き雄二が社長に昇格した。そして雄二は若い世代の役員を登用し役員の平均年齢を十歳以上若返らせた。その筆頭は二十五歳の代表取締役社長の雄二だった。

 雄二は社長直轄の部署としてCASE事業本部を設立し、三十六歳で常務取締役に昇格した元EV開発部課長の武川にその本部長として将来の(C)コネクテッドカー、(A)自動運転車、(S)シェアドカー、(E)電気自動車の企画・開発のリードを任せた。

 そして雄二はもう一つの部署を設立した。部署の名前は『技術図書館本部』。豊国市立図書館に正蔵が計画した物と同じコンセプトで日本中の若者に技術を伝承する為、自治体と協業して、各都道府県への図書館設置を促進する業務を担っていた。この本部長に帝国大学を卒業して豊国自動車に入社したばかりの理紗が就任し、早速、彼女は日本中を飛び回り、各自治体の首長と論議を進めている。この『技術図書館』のキャンペーンには川橋麗奈がサポートしてくれており、図書館のオープンイベントには必ず参加し、若い男性の集客に一役買ってくれていた。


 プライムの事故の解決には もう一つの副産物があった。理紗の祖母、豊国敦子が使っていた電動車椅子も自動運転の光学ユニットにプライムと同じ『モバイルグラス』製のカメラを使っていたのだ。この車椅子もカメラのハレーションで暴走をするソフトが組み込まれており、プライムと同様のプログラムの改修が行われた。『モバイルグラス』製の光学ユニットは他の自動車会社も採用していた為、雄二が発見した不具合は多くの車両の安全性を飛躍的に向上させる事になった。

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